2004年9月アーカイブ
アリャ、ある日突然である。よくあることだがコンビニの閉店。たぶん予告もなくの閉店で通勤や通学で弁当を買っていたお客様は困ったろう。むかし私たちがオーラ化粧品を立ち上げるため、それまでの化粧品の販売を止めたとき「断りもなく」と一人のお客様に叱られた事があった。お客様とすれば尤もな話だ。その方はそれまでの商品を気に入って買っていた。それを勝手に断ち切ってしまった誤算があり反省した。コンビニのビジネスはお客様本位ではない、売れそうな場所で始め、売れなければさっさと引き上げてしまう。ビジネス方程式では当然だが大きな組織にしてはあまりに安易ではないか、計算高くはないか、開店するときも閉店するときもお客様の方を向いていれば今後いいコンビにが増えると思うが。

▲シャッターがあると言うことは閉店の予測があって建てたのだろうか???
オーラ化粧品を男性雑誌BIDANの広告に載せる。1ページを使うが充分高い、構想は息子が持ってきたが、かなり特異な販売方法でオーラ化粧品のHPショップページを更新しなくてはならないほどのもので連日この作業に追われた。11月号は10月1日発売、あわよくば注文が入るかも知れない。いや入らなければならない。INでの受注体制の整備で朝からヤマト運輸に来てもらいコレクトサービスの整備、荒井先生に作り直してもらった新しいショップページの動作確認、その間にもお客様の対応、友人を含めた来客、4日後に迫った松江市の詩画展ツアーのさまざまな確認、そして荒井先生とのHP動作の確認もリーズナブルな料金なのに荒井先生は本当に懇切丁寧に対応してくれる。回転の悪い私には本当に神様だ。荒井先生=私のPC師匠、オーラ化粧品のHP製作者サポータ

▲2枚の名刺、新しい発送票、ツアーの名簿などなど、はぁ~アッタマ疲れるゥ
台風21号の影響で悪い天候が続く、今日は十五夜だが月は見られないだろう。私は季節の行事が好きだ。毎年義母は茶の間のテーブルにススキと花を飾り、だんごや果物を飾る。四季の中で一番好きな季節の始まりセレモニーであり、実りの秋も感じ豊かな気持ちになれる。昨年の怪我以来すっかり元気をなくした義母は「今年は大変だからしないよ」と言う。大変というのはけんちん汁やその他のご馳走を作るのが大変と言うことだが今の私は連日のキノコ三昧をしたから、たくあんと味噌汁だけでいい、それよりやっぱり茶の間にはお月様が見ていなくても立派なだんごとススキは飾りたい。

▲んなわけで和菓子の日盛堂へ行って来た。午前3時からの作業で夕方にはあらかた売れたようだ
孫6人の生活とは言っても同居しているのは一人だから夜の家の中はほぼ静かである。平日も何人ものGSが揃うこともなさそうだからとりあえず嵐にはならない。1歳ごろまで使うサークルはグループで4台ある1台は借り物でサロンのお客様から借りて、また他のお宅へ貸すこともある。汚さず使えば何年でも使えるし他の家にも貸せる。いま私の家にあるのは元々どこで買ったのか知らないが今年春から3人も出来た孫の共同受け皿ベッドで親は子をここへ入れてメシ食って帰る。

正に味覚の秋、私の一番好きな季節。飽食の時代も久しいが田舎に住んでいながら子供の頃は天然のきのこを食べた記憶は少ない。男手のない家庭で山菜などは望めない時代だったし実用的な食品を手に入れることのほうが先だったろう。豊かな時代になっても山菜取りには縁が無いから採ったものを知人に頂くのがせいぜいで近頃はその素人が山へ入っても採れないらしい。30年も前にお盆ほどの大きなきのこ「ししだけ」を頂いて感動した。その頃から我が家の家族はきのこは「しし」が一番と思っている。マツタケには元もと縁が薄いから、このきのこに傾倒していった。だから毎年父親が行きつけの八百屋に頼んで買い占めてくる。しばらくはうどん煮込みが続く。

▲独特の香りはマツタケより上だし食感がいい
体調の良い女房は昨夜からせっせとGS1♂の運動会用弁当作りに精を出していた。天候が怪しいのでインターネットで最新情報を夜遅くまで検索させられた。甲斐あってか降水確率50%予想も昼ごろにはやや暑い位に晴れ、弁当つくりの情念が勝ったようだ。私を除く家族7人が応援に駆けつけたが例年のように徒競走はラスト2、その他の種目やガイド役では役割をこなしたようであった。なんと幸せなことか5年生になっても7人の観客を動員出来るのだから。徒競走の順位はどうでもいい、女房が、その上の年寄りが、孫が元気に楽しめたのならいい運動会だ。

▲妹、弟も応援に観戦
インターネットで「OKバジ」とか「ok baji」で検索すると、いくつかのページが出てくる。息子さんが管理してるサイトのほかに「ネパールの田舎であった日本人」とか「本で知った」とかさまざまだが10年前までは普通の高校教師だった。私が所属するOKバジを支援する会は全国にたくさんのバジ支援グループがある中で草分け的で10年が過ぎた。今春は念願であったバジの活動拠点、ネパールのドリマラ村を訪れる事が出来た。貴重な体験をしたのにろくなレポートも作らずきっと後で後悔するだろう。救われるのは10月16日から半月間、桐生市の明治館で会員の大澤さんの作品を使い「OKバジを支援する会写真展」を開催する。これを機会に整理がつかなかった写真やレポートをしっかりまとめよう。

▲人懐っこい顔にどこの村や町でも子供たちがとりかこむ
こんな話は書きたくない、桐生が衰退してゆく事なんか認めたくない。といっても事実そうなってる。広域圏との合併もうまく行かない。物事は一つダメになるとどんどんくずれてゆくようだ。車社会がこんなに進まない頃の桐生市は山に囲まれてはいるが活況を呈した時代が長かった。私が子供の頃から何でも発展するのみだった。写真は昨年まで、みずほ銀行ビルだった。みずほのずーっと以前、私が子供の頃は第一銀行という、名前からして格調の高い銀行だった。それも赤いレンガ造りの重みのある、そして経済に潤った街にふさわしいシンボルでもあった。商業地のど真ん中でもあったから「第一銀行から左に行ったところ」などと殆んどランドマーク的だった。今、どの街でも銀行の統合で店舗の閉鎖が行われているが、この「ランドマーク」を地元の企業が買い取り「ランドマーク」b

▲写真提供はしんしん取材班中山さん
正式スタッフを目指すXさんは今日もまつ毛パーマのモデルさんとの約束で出てきた。指導員である女房が長時間の外出で指導なしでのチャレンジであるが度胸もいい。時間はかかるものの立派にこなし、上手にきれいにかかってモデルになってくれたSさんも満足気だった。SさんとXさんの二人は今度はマスターがモデルになれと言い出した。充分時間はある、Xさんが勉強のために拒む理由が見つからない。あるとすれば「男がまつ毛パーマかよ」とか「短いし少ないよ」と言ってみた。すると「これからその様なお客様もこなさなければならないでしょう」ときた。弱弱しく「あまりパッチリしないでね」とお願いして椅子に乗った。仕上がった目を見て、さすがに57歳だからそれなりだが何とかいける。癖になりそう。

▲ 短くて少ないまつ毛があるように見える。2日続きの登場なので反転写真で自粛します。
昨日から背中が変だなと思っていた。みょうに痒いので手を伸ばすと、なにやら幾つもの腫れ物があるようだ。思い当たるフシはある。19日のMMCハイキングでたくさんの山栗を食べたので吹き出物が出たようだ。初めてのことである。子供の頃、たらふくは食べなかったが季節の折に食べられる木の実は好んで食べた。同年の子供はそれでよく「オデキ」を作っていたが抵抗力の強い私はなんともなかった。年齢で体質が変わったのだろうか、いやいや、あれだけ沢山ナマで食べれば誰だってと言われそう。

▲ ?俺の背をみろ~くじけちゃあ~ならあぬ~♪
仏教でいうお盆と秋の彼岸は、ひと月あまりしか間がないが季節の流れを感じさせる時期だ。昨日のハイキングの疲れとGS-1♂が泊まり外出で何となく気分がさえない。休日だが、こう云う時は出来るだけ日常の時間サイクルに戻して過ごすのがいい、MSは祝日で休みだから自主トレ、掃除も洗車もバタバタ終わらせ墓参りと母のところへ行こうと準備をしてると女房が一緒に行くというので回って来た。菩提寺の石を敷き詰めた境内にたった1本の彼岸花が咲いている。まるで砂利の中に突き刺したようで赤い花が異常に見えた。彼岸花は球根だから毎年同じところに出るのだそうだが田んぼの畦とは違い暑いだろうに、水桶の水を差しエールを送った。

▲誰も抜かない、倒さないやさしさが広がっている。
西上州、荒船山。関東にお住まいの山好きの方なら海原に浮かぶ軍艦のような独特な山容に覚えがあるだろう。私の好きな山の一つで今日はハイキングクラブMMCの山行で初秋の一日を楽しんできた。暑い夏が果物や木の実を豊かに実らせてくれ、ここ、荒船山のハイキングコースも山栗がたっぷり落ちて歩きながら拾い集めるのが楽しかった。ポケットにたっぷり突っ込んで歩きながら口で皮をむき手のひら一杯ほどナマで食べてしまった。もうすぐ熊が木の実を食べに出てくるようだが熊は木上で熊床を作りそこで一心に栗などを食べるという。今日は先回りして私がたらふく食べた。

▲ハイキングコースに2枚ある懐かしいホーロー製案内板、マツダランプ(現東芝)のPR入りで40~50年たっても風化していない
私も大切な友達と思っている金ちゃん、一人高崎に住んでいるが必ず調髪は我がヘアーズに来てくれる。ほとんど私のいない店に来てくれるが彼は「月に一度マスターに会いに来るのが楽しみ」といってくれる。私もうれしい、だから調髪の帰りはサロンへ寄ってもらう事にしている。今日土曜日はヘアーズにいたら桐生の実家に来た帰りに寄ってくれた。いつも特別な用事があるわけじゃない、友達だから顔を見ればいい、ただ、日に日に会話が困難になって行くような気がする。そのための提案で以前から筆談を薦めているが、なかなか応じない。プール内で歩行訓練すると会話のリハビリになるから週1回通っているというが私は「甘い」と手厳しく言った。行くなら毎日、たっぷり時間はあるはず、その他に筆談の努力を希望する。友として有意義なコミニュケーションが取れるよう、厳しい注文つけた。

▲ありがとう
富弘美術館を囲む会変革の中、長野県軽井沢町の中に新支部が出来る。すでに長野県支部というのはあるが一県に一つとは定義していないからOK。今日、午後支部発足の準備関係者7名が富弘さん宅へ来るというので須藤会長、富沢氏と私でお会いした。その中で軽井沢で蕎麦屋と和食レストランを経営しているK氏はその両方をご馳走すべく15食分を用意してきた。居間は一気に和食レストランに変わり見た事も無いような珍しく美味しいものを戴いた。支部長予定のS氏の奥様は歌手小林幸子の実姉で酒も入っていないのに妹の歌を3曲も歌った。

▲赤いスーツは妹からの「お上がり」だそうで声はやっぱり姉妹と思わせるほど似ていた
「桃栗三年、柿八年、柚子のばかめは十八年」なんて昔から言われるほど栗は早く実が採れるらしい。早朝のMSでご一緒のNさんは手植えの栗が実を付けたとメールで写真を送ってくれた。この「興味しんしん」の大事なお客様の1人で「いつも感心する、楽しみだ」と褒めてくれる。そんな方の言葉で人は幸せになる。やる気にもなる。だから決してマイナスな事は言うまいと思っても軽薄な私はつい軽口が出てしまう。柚子だって「馬鹿め」なんていわず「きっと美味しいだろうな、早く食べたいな」なんていえば九年くらいで実を付けると思う。Nさんの栗は五年で1kgほどが採れ栗ご飯にしたそうだが私も先日食べた市販の栗はとても甘くて美味しかった。今年は果物好きの当たり年。

▲私の家にも昔大きな木があったが毛虫がつきやすく怖かった。
どうなってんだろう。サロンのお隣に広大な敷地を購入して越してきたリサイクル会社、今春からここ地元は建設反対、操業反対の組織をつくりこの会社の代表に伝えた。その後一度反対組織の会合はあったがそのままで建設は進み完成してしまった。事務所にデスクなどが運び込まれすでに操業体制が整って何人かの社員が出入りしている。今のところ広い敷地に産廃らしいものは無いようだが嵐の前の静けさ的雰囲気もある。私も当初運送会社のターミナルだと思っていたからここの社長と何度か親しく話していたが方向が変わり、操業挨拶に来てはくれたが気まずい顔だった。正面から見る会社の風景はスッキリ爽やかだがこれからどうなる事やら。

誰かが何処かでやらなくてはならない事なんだけど
めっきり日が詰まったようで,早朝のモーニングスイートへ自転車で向かって行くと美しい日の出に会える。しかし日中はまだかなり暑いからシャツは半そで、クリーニングで仕上がったシャツの入ったビニールに必ず紙片が入っている。毎朝いそがしくシャツを取り出しビニールと共に捨てていたが気になったので読んでみた。アンテナというのだろうか多分同じものが以前も入っていたに違いないが身辺に感じることがあり今日のアンテナにキャッチされたのだと思う。、消す事は出来ないだろうがいつまでも同じ濃さでは残っていない。必ず時間が風化させてしまう。

▲富弘さんもたくさんの慰めより聖書の1説で運命を開く事が出来た
真藤先生は真向法の先生、そのキャラクターがユニークで私も好きだし紹介した方にも好評だ。半テンポ遅れるというか、ま~、いいかといった雰囲気がある。正に癒し系で貴重である。ノートパソコンを持っているがWIN98で囲碁しか使っていない。もっぱら文書はワープロ専用機でこなしていたが最近立派なデスクトップPCを買った。ニコンクールピクスも買った。やる気である。教室が活況を呈してきたので会報を作ると張り切っている。チャレンジエネルギーは「ま~、いいか」では無いようだ。

今朝から女房殿の体調が思わしくない、今日の私はサロンへ出勤しない予定だったが出た。パートのXさんが来るので準備をしなくてはならない、mago1号にあとを頼んで出勤してきた。Xさんは意欲的で一生懸命に仕事を吸収しようとしている。近い将来本腰を入れるつもりでいたが、ここのところの女房殿の不調に不安を感じブレーキがかかってしまったらしい。もっともな考えである。先ず不安にさせた我が方が悪い、何はともあれ健康を害しては信用まで失うと感じた日だった。

▲スクリーンの向こうでXさんは二人のお客様を同時にこなしている。
今夜の会議は午後7時、富弘美術館を囲む会群馬県支部の全体会議を初めて開いてみた。県下の会員さん全てにハガキなどで連絡し、その効果はあった。囲む会の会議はこれまで桐生市を中心にきまった方だけが出席し協議していたが来年の新富弘美術館のオープンを睨んで囲む会の改革も進んでいることもあり、その様な事情を須藤会長にお話いただき全会員の方に知っていただき今後の囲む会の方向などを確認した。何より成果は遠くは大泉町からの方を含め初参加の方が4名もいた事で弾みがついた。

▲新囲む会が発足すれば裾が広がり若い人材も期待できる
昨夜は二男の家でmago3号と過ごした。私が到着した10時ごろはすでに寝ていたが産気づいたママはパパと病院へ行ってしまったのでここが年寄りの仕事、3号と待機することになった。待機といっても布団の上にいない3号を引き戻したりタオルケットを掛けたりの世話で熟睡は出来なかった。二男の家は母の留守宅で私の実家でもあるから向かいが観音院という寺で、若い住職は律義に白足袋をはいて朝の6時には鐘楼にのぼり6回の鐘を突く、久々に寝床で聞く日本の音色だ。やきもきしていた出産も午前には無事男子を作り安心した。私の6人目の孫誕生。
6号の新米お兄ちゃんは周囲の状況を感じてか布団から出るなり「保育園には行かない」とごねてる
次男のお嫁さんが出産間じか、7日の夜に産気づき入院したが、その後その兆候が消えてしまった。院内では手持ち無沙汰、運動にもならないので今朝一旦退院してサロンで仕事をしてみるというのでムリの無い程度の仕事をした。男には分からないが女にも生まれてくる感覚を捉えるのは難しいようだ。安産であればいいが難産であると大変な苦痛になようで今日のお客様は口を揃えて「あれが男性だったらガマンできないだろうね」とすっかり男は馬鹿にされている。実際そうらしい、痔の病院で看護婦をした経験者さんは「女性は大体痛さにガマンする、男はいつも大騒ぎ、しまいには泣くもんね」と言われ立つ瀬がなかった。女はただ鈍感なだけじゃないの。

▲また産気づいたので少し仕事をして帰った。直前記念写真
商品が入る前のオーラ化粧品の箱だが、この様な機材を企画して商品に仕上げる。とうぜん印刷やさんなどのお世話になるが数件の印刷やさんと取引しているがその内の一社が数ヶ月前、自社閉鎖をした。「あとの仕事がうまく行くように手配しておきました」と挨拶に来たから安心していた。ところが商品製造発注をかけるのに箱の抜き型が無いことが分かった。あとを引き受けた印刷やさんも慌てた。閉鎖した印刷やさんに問い合わせると「処分してしまった」ととんでもないことを言う。抜き型は本来発注主のもの、その資材を勝手に処分されては困る。100%弁償で折り合いがついたが仕事は遅れる。

昨今のリサイクル法で化粧品なのに無骨なリサイクルマークの印刷を義務付けられている
関東地区にもわずかしかない真向法道場、私は7月から会員となり励んでいるが、それより、ここの先生のキャラクターが魅力でもある。元小学校の教諭、中学体育の教諭を希望していたが事情でなれなかったそうだ。そこ後、腰を痛め自分の健康維持のため真向法を始め段を取り道場を開いている。アットホームな道場は新しいが畳のだだっ広い部屋、隅に茶だんすが置いてあるのも好ましい。休みなので朝から出席できた今日は年に1回の検定日だそうで2度の体操の後私を除く6名が検定を受けた。角度、時間、態度まで細かくチェックシートに書き込む姿は教師そのものだった。検定が終わり茶だんすから茶碗を出し持ち寄った茶菓子でお茶にする、これがまたいい。

▲検定を受けられない私は補導体操の練習、隣の検定が気になって身が入りませんでした
午前は宇都宮の平野夫妻が今年の新米を持ってきてくれると言うので午前に予定していた別の約束をずらせるか相談したらOKが出たので夫妻を待ち、我が家で昼食をともにした。午後から会合があるので街に出てきた。この会合は1週間前から決まっていた。富弘美術館を囲む会のA氏、B氏そして私の3人で午後から市内でお茶を飲みながら協議した。B氏と私は少しの希望を確認してあとはA氏の話を聞いた。2時間半に及ぶ会合はやや疲れた。疲れた私の目の前に富弘さんの詩画で知った花キリンが可憐な花をつけて外を向いていた。

▲夕飯は今年の新米第1号、おかずなどなくても良いほど甘くてうまかった。ご飯で疲れが取れた。
更年期が原因なのか遺伝的に高血圧症が出てきたのか、まったく分からない。しばらく落ち着いていた女房殿の体調は数日不安定のようである。午後からアートメイクの新たなお客様が2人予約されていたが断りにくいようで、ぎりぎり我慢していたようだ。簡易血圧計で図ったら上が200というとんでもない数値になっている。これは3度目で普通の人は切れてしまうそうだが、かなり丈夫な血管の持ち主らしい。大丈夫ということで一人車に乗ってかかりつけの病院へ行った。私はお客様に事情を説明して後日の予約に廻ってもらい、急ぎ彼女の病院へ駆けつけた。診察室へ行ったら元気な声が聞こえたので安心したが冷や汗モンである。

▲かかりつけだが日曜日でアルバイトの女医さんが対応、やや不安
父でもない、乳(ちち)でもない、もう一つの致知、広辞苑によると学問修養法の一「格物致知」とある。シマフクの会長、島田氏からのプレゼントで毎月送られてくる人間学の雑誌。今号の特集は「わが心の先師先賢」とある。私の前にはめったに出てこない熟語のようだ。たくさんの著名人がこのタイトルについて語ったり対談したものが組まれているが巻頭の文章を読んでビックリした。安岡正篤を師とした人が保育園を開き活動し、昨年亡くなった。葬儀のお別れの言葉に私でも絶対書けないような格調高い文章が続き、最後に「私たちは、園長先生に教えて頂いた事をいつまでも忘れず深くさぐって強く引き出す人になります。天から受けたものを天にむくゆる人になります。そしてこの世に役立つ人になります。園長先生、ありがとうございます。」これが6歳とはとても信じられないよ

▲よき師、よき先達にめぐり合うとは、こういう事か
オーラ化粧品の製造責任者C社のK氏、春日部に工場があるので私がそこへ出向くのは久々だがC社の代表取締役であり技術者であるからめっぽう忙しい。私どもで電話をしてもめったに出られない、伝言で電話をくれるようにしても半日後だったり翌日だったりするから歯がゆい、こんな時の電話はまったく不便でメールで仕事をしたいがデジタルに縁がない人だ。携帯電話二つ、ソファの間にも固定電話を置き、今日、私が急のアポイントをとって出向いても面会時間の半分近くが受話器を握っていた。私たちと同世代だからかなり体にガタが来ていると思う。「健康に留意してうちの仕事お願いね」と言って早々に引き上げた。

プレジデントの仕事をして技術者じゃ身が持たんでしょう。
ペチュニア種のブリエッタという可愛い花、私がこんな事かくと女々しいようだが7月頃この事を書いたように手をかけて、それに応えてたっぷりの可憐な花をたくさんつけてくれると本当に可愛い。肥料と水やりがうまくいったのか2回、大きくきり戻しをしたがそれでも、たわわに花をつけて枝葉が伸びるので9月に入ったので遅いかも知れないが、もう一度きり戻しをした。ペチュニア種は切花にしても持ちがいいので小さな花瓶や水盤のようなものに飾ると、また楽しめる。ひとつ気になるのは液肥(ハイポネックス)を週に2回やるが濃すぎるのか有機肥料のような嫌な匂いがする。どなたか良い方法知ってる?

▲切戻しを飾るなんてヤッパシ女々しい?
「富弘美術館を囲む会」という全国組織のボランティアグループは、人工3000人余りの群馬県勢多東村に過去最大では1日で6000人近い入館者を迎えた富弘美術館のためにある。星野富弘さんの作品だけの美術館だが驚くほど遠くからこの美術館を目的にいらっしゃる。ボランティアの発足は13年前、いくら詩画展が好評でも交通の不便な東村までお客様は来てくれるだろうか。その時はボランティアの会員が何とか入館者を動員しようとの事だったが、以来、一度もその不安はなく、反対に春、秋の混雑時のためのお手伝いとなった。これも来年は新しい美術館で囲む会の姿は変わるかもしれない。

▲地元会員の女性アマチュアマメラマン大澤さん作品で飾られた季刊誌
