2005年10月アーカイブ
昨日の学童祭りの会場で市会議員のSさんとしばらく学童教育の問題やこれからの市政の話をした。とりわけ私の家から近い相生町の大型スーパーのオープンが間近なこと、久しく桐生市は商圏が渋滞した事がないので環境の変化と道路渋滞を心配していた。スーパーヤオコーをメインにファッション、ファミレス、ファストフーズなどのミニショッピングモールのようで近くで商売をしている方は大変だろうがチャンスと飛躍して欲しいもんだ。しばらくの渋滞を市内へ抜けるために私は自転車の活用を考えている。

▲太田、足利方面からの日光へのドライブイン的要素もある
今月は二人の孫の行事で2日仕事にならない日ができた。14日のむさしの村と今日の学童まつり、他の父兄の方にも全員参加で負担をかけてしまうので朝から出動した。4つの学童クラブが広大な桐生市市民広場で年に一回のイベント、若いパパママは朝から手際よくテントなど設営し、あっという間に10店ほどの模擬店をオープンさせ20ほどの遊びのテーマを作り大人も子供も一緒に楽しんだ。私も初めて参加だが殆どが学童児とその家族で一般へのPRが届いてないようだ。こんな楽しい集いは他の人にも知らせたい、来年は模擬店で用意してないビールを持って一般で参加させてもらおう

▲原始的な火おこしとかベーゴマ、ダンスに太鼓と楽しいものばかり
成長著しいとは着る物、履く物の買い替えが忙しい。私の子供のときの記憶では1年間に何足もの靴を買ってもらった記憶がない、時代が違い物価も高かったから無理もないだろうが成長期によく1足のズックで過ごしたものだ。GS1のプルオーバーが友達とのふざけあいで破けたがサイズもきつそうで買い替えに丁度よかったがスニーカーも数ヶ月で履けなくなる。今日はGS1からスニーカーのお下がりを受けた。25cmでやや大きいが彼にはきついというので貰ったがまったく痛んでいない、痛まないうちにサイズが合わなくなるようだが次の25.5cmは大きすぎて私は貰えないぞ。

▲スニーカーといえないほどの高価なのを履く子もいる
真向法教室の階級表、数日前までは階級ナシの末席に名を連ねていたが9月の段級試験で成果が作れて5、4級をとび一気に3級の栄誉に恵まれた。私のこれまでの人生で2階級特進という場面はなかった。この段級試験は実技だけの評価ではなく真向法貢献度というのが含まれるそうで私は意図的ではなかったが「絶対にいい」と確信していたから沢山の方に勧めた。結果6人の方が入会した。私と一緒に2階級特進のAさんは貢献度ナシでも女性だから美しい実技の進み方が早かった。ん、そうか思い返せば私たちのできちゃった結婚も2階級特進かv(^_^ v

▲この1年はじっくり励んで1階級昇進を確保しよう
男の料理が続いている。しかしカルチャーだな、料理など面倒だと思っていたが必要になったらそれはそれで興味が湧く、味噌汁、ひじき煮、稲荷すし、と四つ目のレパートリー野菜炒め世間では男の料理といったら野菜炒めかカレーぐらい、私にとっては初トライで冷蔵庫の中のものだけで作るという制約というのも気が向く、アドバイスはTVに夢中になっている孫のGS1から「野菜をいためる順番は?」「硬いものからだよ」塩はいつ入れるのかなどフライパンに山盛りの野菜が小さくなるのか不安だったがご覧のように何とかなった。

▲しかし、GS1も息子も「今夜は夕飯イラナイ」とテーブルに座らない、折角の処女作なのに
4日前にDMPの事を書いたがその翌日私はこの小さなDMPを手にしていた。代表的DMPのipodよりはるかに小さく使い捨てライター程度、1MBメモリータイプを買ったのでこんなに小さくも通常のポプッスなら500曲が入る。いつかも書いたように特別な音楽ファンじゃないが時々は聞いてみた曲、ウエストサイト物語のサウンドトラック、やブーべの恋人、森高千里の渡良瀬橋、アリスの今はもう誰もやジョニーの子守唄、九ちゃんの上を向いて歩こう、春日八郎のお富さん、三橋美智也の古城、サザンのいろいろのパーなど歳は分るだろうけど人格は分りにくい?

▲川崎麻世も好きだといってたG線上のアリアは私も好き、ますます人格分らない?
昨日までしっかりアタマにあったのに昨夜の寝不足で危うくスケジュールを見逃すところだった。ここが文明の利器、携帯にアラームを入れておいたからすでに朝起きたら今日のこの予定を知らされた。熊本県芦北町に来春完成する富弘美術館の姉妹館芦北ギャラリー星野富弘美術館の経過報告と新任担当課長H氏を含むS先生、K氏の3人が富弘美術館を訪問しその後、富弘さん宅を表敬訪問した。S氏の説明の中で原画の借り条件などの話がでて「原画も常時数点お貸しします」と富弘さんから提案があった。これは芦北町大収穫。

▲表敬後に囲む会の役員さんなどで歓迎宴会を開催し親睦をはかった
厄介な事になるなと思っていた。この春A市の親戚の方が亡くなった。義父のイトコで私は夫婦ともとても気持ちの良い人だと思っていた。しかしその葬儀になぜか義父は行かなかった。行く事を勧めたが、いいという。そのうちにそこのご主人の方から電話があり不満を示してきた。ただ、酔った威勢で掛けてくるから半分以上事情が分からなかったが2日前、正気で抗議してきた。私はもっともだと思った。義父に伝えたがやはり行かないという。年を重ねると難しいようだ。私はA市のご主人の気持ちが分かる。大変遅ればせながらだが今日は女房と謝罪を含めて焼香に行ってきたがご主人はすこぶる気持ちよく迎えてくれほっとした。

▲行くまでは大変な剣幕で怒られるだろうと覚悟をしていたが会えば許していただける
付き添い看護で病室から毎日未明の風景を見る。昨夜は寒いと思ったら北に見える袈裟丸山がうっすら白くなっていた昨夜の雨は山では雪になったか、左手に見える赤城は雲がかかり頭が見えず確認はできなかったが、きっと白いだろう。久々に朝日が出て送電鉄塔を赤く照らし無骨な建造物もこう見るとなかなかいいもんだ。

▲無塗装の塔と赤白コンビに塗装してあるものとなにが違うのだろう
小さくて音のいいCDラジカセが欲しいと思っていた。10年前デザインがいいのでAIWAを買ったがすぐに故障し修理したがまた同じ故障で諦めた。特に音楽好きではないが時々はいい音でリラックスできる音楽を聴きたいと思う。ヘアーズのスタッフがよく首から掛けているデジタルミュージックプレーヤー(DMP)を借りて見たらこれは良い音だった。30年前ならウォークマンだが今はこんな小さなボディーに100~1000曲もの音楽を詰め込む事ができ、簡単に選曲もできる。CDを買わずに音楽配信から1曲200円程度で買うので極めて合理的。これじゃレコード屋さんなくなるわけだ。

▲1万円程度から4万円ほどと価格もいいね。音楽新時代
つくづく私は仮眠の天才だと思う。義母の看護をしていて毎晩わずかのスキを狙って横になる、1、2、3で熟睡し短い時は5分でパッと起きちゃう、また看護をしてすぐ寝付く一晩に何回となく繰り返してもトータルで3時間はきついが4時間眠れれば何とかなる。その場所が椅子だろうがベンチだろうがOKである。以前はこんな芸当はとても出来ず神経質に寝ていたが、これも20年近い登山経験から得たもので我ながらタフになったものだと自画自賛、どんな声や音の時に起きなくてはならないか、または起きなくてよいかの判断も無意識にこなしている。

▲最初から「短時間」と感じたときは椅子に寝る
昨日の貰い事故は相手の方がオーラ化粧品の近くの会社の方だった。相手も私と同じように車の損傷だけで怪我がなくてよかった。1時間後には保険屋さんと来て話は簡単についた。私の車はディーラーが引き取りに来て代車を置いていったが古い小型のセダンだった。で言ったら同型でやや新しい物を持ってきた。所詮代車で使い勝手が悪いがガマンかと思っていた。今日になって保険会社から電話で「困っていないか」と聞くので「代車の使い勝手が悪い」といったらレンタカーで私の同新型を用意してくれた。1週間から半月くらいかかるのじゃ矢張りこの程度の車を用意して欲しいからね。

▲今日も相手の方が「大丈夫ですか」と訪ねてきてくれた。事故後のマナーですね
ともに生活している孫、GS1の教育現場には時折顔を出さなくてはならない。もちろんイヤではないが仕事の合間で時間が取れないこともある。夏休みの自由研究課題で魚の解剖をやったGS1を含む4人は校内で選ばれ中央公民館で開かれて研究発表会に出られた。めったにない機会でもありすれすれの時間で間に合った。間に合ったというのはサロン事務所を車で出たらすぐ側面から一旦停止違反の車にぶつけられた。車の怪我だけだったので名刺だけを貰い発表会に駆けつけた。1時間後に加害者の方と会い100%の非を認めてくれたので物損だけで済ませた。

▲研究成果をプロジェクターで映しポインターで説明する。本格的だ~、
約1年前に学童保育の事を知って我が孫GS1がお世話になり、改めて所属するあおぞらクラブの素晴らしさを感じる。そもそも学童保育とは親が帰るまで校内などの施設で専門の学童職員さんが面倒を見てくれる施設、100%あそび場である。経営は父兄が運営しそこに4人の専従者が付く、その専従職の方が皆素晴らしく全ての子供を心から可愛がって遊ぶ、そこにやや早めに来たお母さん方が混ざって遊ぶ事もある。男子専従職のYさんはふざけあってGS1を嘗め回すらしい、もともとムツゴロウーさんのように野生的は人だが「今日は足までなめられてチョーマイッタ~」というが「楽しかった~」も含むようだ。

▲とにかくスキンシップの学童教室、一場面を見ても家族のひとコマのよう
マイサイクルのエアーも足らなかったが、GS1のBMXのエアーも不足、古いポンプはスカスカして入らないしBMXの狭いスポーク間にあるニップルには口金を変えないと入らない。で、780円でポンプ新調これが98%くらいほとんどプラスチックで出来ているのには驚いた。旧来型は逆にほとんどが金属でスカスカしないように油を注した。780円は4種類の口金アタッチメントが付いてどんな形状でもOK、軽いし踏まない限り壊れそうもない。プラスチック製品が世の中を制しているが樹脂だけでここまでの機能とは素晴らしい。

▲私自身もプラスチック部品に変えて空気を入れたい
まだ東村の秋には早いのか国道122号の通行量も少ない、今期2回目のボランティアに昨夜仕上げた樹木名札の部品を持って会員さん3人と一緒に参加した。植物学者S先生の指示された通りの場所に15枚ほどの樹木名札を取り付けた。2時間ほどで終了し、エントランスでチケットもぎりをしていると職員のMさんが山岸さんロスアンゼルス支部の方が来館されてますと伝えてきた。二世の方など3人を連れ、M.Iさんがいた。これまで2年に1回ほど支部のミーティングでお顔を会わすが、お話をする機会はなかったが今日は皆で交流がはかれた。

▲撮影の仕事で富弘さんが来館していたので一緒に歓談した
新富弘美術館秋の繁忙期、だからここ数日で樹木名札を付けたいと思い準備をしてるが最後の最後まで時間が足らない。10日にテストで2本立ててみたが杭が太すぎて製材したままの白木ではカッコ悪かった。一本を縦割り1/4にしてペンキは使わずバーナーで焼く事にした。美術館の備品であるバーナーとボンベを箱び込み作業を開始したらなんと中身(ガスボンベ)がほとんど空。これでは作業がすすまないわけだ。自前の小型バーナーを持ち出し作業してみたらとても使い勝手がよい。明日はこれを立てるのが楽しみ。

▲十三夜のススキもとれず杭の焼き作業は23時を回っていた
いま早急にやらなくてはならない事、義母の付き添い、美術館の樹木名つけの作業、そして今日のGS3錬くんの遠足。昨夜はほとんど眠れないまま前橋の次男宅へ来てGS3をつれ保育園の仕立てたバスに乗り込み埼玉県の遊園地むさしの村、ころあいを見てバスで寝ようとしたがそのような環境ではなく最後尾の席に座らせられたGS3は体調を崩し嘔吐してしまった。目的地に着く前に彼も私も衣類は汚れ周りの人や保母さんに迷惑をかけてしまった。保育園の保母さんは手際よく対応してくれ着替えまで用意してあったのには感心した。他の保母さんもみんないつまでも錬くん大丈夫?と気を遣ってくれお陰で楽しい遠足に仕上がった。

▲お弁当の時間にはすっかり元気になってママのおいしいお弁当を二人で食べた
ふと思い出してモデルカーをとり出した。私とO・Gは中学から無類のカーキチで教科書やノートの余白は全て車の絵で塗りつぶした。そんな訳だから勉強などアタマに入るわけがない。当時は実車の名車など見る事も触る事も出来なかったしプラモデルもない時代、少年の夢は身の回りの素材で30から1/40のスケールで模型を作った。ボディは紙、リーフスプリングは下敷き、工作用まめラッカーで仕上げた。私より彼のほうがうまかった。今でも彼は紙でモデルカーを作る、数年前彼に会った時私の憧れMG-Aを注文しておいた。

▲近くに住むのになかなか会うチャンスがない、MG-Aを受け取りに行こう
ピッピッピッ、ピー、ピー、トルルー、トルルーどこに行っても今や携帯電話を含む電子音の洪水である。○○がいる病室の隣の部屋が夕刻慌しくなった。パーテーションで入り口を目隠ししたが医師や看護士の声と電子音はそのまま聞こえる。ピッピッピッ「あーっ、×××だ。もう無理だ。」と医師の声、ピーーー。その時が隣の方の最後だったようだ。私は一瞬、何かのゲームが終わったような不快な気持ちだった。偏見かも知れないがその場の空気は電子ゲーム世代を経験している若いスタッフばかりだった。ゲームの終わった機器のコードを手際よく片付け30分後には何事もなかったように隣の部屋は静かになった。

▲倒れてもリプレーできるGS1の電子ゲーム機を私は1年前に取り上げた。(写真は内容とは関係ありません)
同じ商品でも目先、デザインなどを変えると新しい商品として生まれ変わる事がある。車中のラジオで聞いたがカップ酒の販売が頭打ちなので若い女性向けのデザインを取り入れているそうだ。オヤジ向けでなくオヤジ好みのお嬢さんに的を絞ったんだな、写真のチョコレート、中身は従来と何の変化もない、形態の変化だ。小型キャラメルの箱のようで蓋がニューである、一枚ものの蓋が開くのではなく引くと蓋が中に倒れ中身が出る仕組み、チョコの味には変化はないが意匠でうまく稼いでいる。

▲たかが紙箱だがアイディアはいくらでもあるもんだ
昨日のS先生とT氏の樹木名札取り付けは終日雨のため取り止めだった。代わって本日ボランティア当番の私に会計ご夫妻が手伝ってくれ小雨の中をいくつかの札を付けて見た。ところが札は良いのだが私が発注しておいた杭との相性と見た目が極めて悪い。これじゃあ囲む会のセンスが問われてしまうしゴツくてうっとうしい、2つ着けたところで中止して他の方法を考える事にした。何でもあまたの中だけで考えるだけじゃダメ、実際のサンプルを作ってみるべきだったと反省。それにしても昨日は天候が悪くてS先生とT氏は取り付けなくてよかった。S先生とT氏が全部取り付けてから「やっぱりカッコ悪いから抜きます」なんて言えないよ。

▲ハンカチの木、隣にメグスリノ木がある
車のトランクン腰をかけた二人の植物学者。私の師であるT氏、そしてかなりの植物学者であるS氏、S氏はもともと教諭で自然観察の森の監修などを努める知識人である。今回お二人にお願いしたのは新富弘美術館の敷地に植えられた沢山の植物、特に樹木の種類が多いため、また変わり種もあるため来館者の方から尋ねられるというので囲む会が樹木名札を設置する事にした。といっても正式な名前を判別するのは極めて難しい。植物に詳しいとされるT氏も「ここはS先生にお願いしよう」と慎重

▲桜の板に樹木名を書き杭に取り付ける作業に出かける
昨日も今日も二人の母の事で明るい話にはならない。義母の回復はほぼ約束されているが私の母はむずかしい、会うごとに変わってゆく、母のいる病院への道は人通りが少なく山へ向かってゆくというのがことさら寂しい。向かいながら思う、母のベットに着いたら「ゲンキ~!」と声をかけよう。ベットに近づくと母は軽くニコッとはしたがすぐ何かを結ぶしぐさを始めた。私はかまわず我が家の近況を話した。半分は分らないかも知れないが時おり真剣に聞いている。母の記憶の濃い名前などを登場させジョークを混ぜて笑いを取って、レスポンスがないからラジオみたいだが次回は好物の草加せんべいを持ってくるね、というとまた軽くニコッとした。

▲担当の看護士さんも「何でもいいから話で刺激してあげて」という。そのために行く
もう1ヶ月以上、義母は足腰が痛くて動けない。そばにいる義父もやや疲れ気味で心配であるが原因がハッキリしないのも不安である。もちろん専門医がついているから回復はするだろうが動かないゆえの痛さもあるようで本人にすれば大変だ。日常の痛みには家庭薬を使っている。中でもYさんが愛用しているというアメリカ原産のスポーツマッサージ薬が良いようだが薬店には販売はなく注文したが1週間をすぎても届かない。急場しのぎに後ろの2本を買ってきた。インドメタシン1%入り、これはわたしの登山筋肉痛にも良く効いた。他にインメタの入ってないスポーツ薬は効かなかった。

▲インメタは結局ステロイドであるから習慣化してしまうと良くない
半月前は初めて本格的に草むしりをした。今日は初めて芝刈りをした。この1ヶ月というもの初めて味噌汁を作ったりゴーヤチャンプルを作ったり初めてづくしだった。大年寄りの不調で庭の手入れを公共のシルバーセンターへ頼んでみたが依頼が多くて2ヵ月後という事だった。2ヵ月後では芝も枯れて始末がつかないから私がする事にした初めて、今までやっていた義父のようには行かないがその分手際はいいと思う。午後4時から初めて8時に終了した。

▲6時は庭園灯だけでは暗く投光器をつけて作業を続け、終了させてしまった。
ちょうど40年前、私は1年間だけ自転車の問屋へ勤めていた。その頃この自転車店F商会の息子さんが大学を終えて家業を継ぐ時だった。私より3~4歳上だが穏やかで品のいいお坊ちゃんという感じだった。9月25日の「興味しんしん」に書いた公園のBMXのあざやかさをGS1に話したら1年前に買ったきり放置しっぱなしのフリースタイルBMXを整備して乗るという市内のBMXを扱える店がここF商会でGS1とBMXを積み、この店に来た。白髪の初老のご主人らしきは軽トラで店に戻ってきたところ、失礼とは思いつつゆっくり観察すると40年前のあの穏やかな青年の面影がよみがえった。

▲仕上がってご主人は孫にBMXの話をしてくれたが私は昔の話には触れなかった
昨夜は疲れて18時には餓鬼岳山荘の布団に包まって寝てしまった。夜中に眼が覚めると雨と風がガラスを叩く音がした。昨日は好天に恵まれ大パノラマを楽しんだから今日の雨は諦めがつく、計画では中房温泉へ下山を予定していたが変更して昨日登って来た道を戻ることにした。雨で視界も悪く足元も滑って危険だ。滑落危険箇所は無数、鎖やワイヤーはしっかり掴み、安全を声掛け合って慎重を喫した。が、参加のS氏は5段ほどの板階段を滑り、1m下の川に落下した。私はドキッとした。顔面から落ちた回りは鋭利な岩の川原で強烈な打撲で大変なことになったと直感した。手を差し伸べS氏がゆっくり起き上がるとなんと無傷、丁度その部分だけが小さな滝で砂だけになっており難を免れた。

▲その後は時間がかかっても急峻な箇所は特に慎重になった。それでもHさんは橋を踏みはずしてしまった
北アルプス餓鬼岳(2647m)標高こそ高山というほどでもないがその急峻な登山道の限りない続きはプロのコースだった。中高年の登山が流行っているが険しい、この山だけを登るための一般的登り口から休憩を入れて7時間半、通常8時間をかけて登ってくると餓鬼岳小屋の小屋番さんは言っていたから私たちの4人のパーティーが決して遅くないことを確認した。ここ数年来本格的な登山をしなかったから強烈に足に堪えた。しかし、恵まれた天候の山頂で四方を望むと何もかも許せるような大きな気持ちになるのはいつもながら不思議を感じる。

▲山頂より南を望むと燕岳、その向こうに槍ヶ岳、奥穂高などが微笑む
北アルプス餓鬼岳登山のため10月2、3日の興味しんしんを休みます

身振り手振りのパフォーマンスで解説しているのはM先生、10月8日から始まる富弘美術館を囲む会群馬県支部のボランティア勉強会風景。1ヶ月あまりの間に延べ60人くらいの会員さんが参加するため参加者を対象にマナーなどを確認しあった。囲む会のボランティア歴は長いが新富弘美術館になった事や別のサポーターの方たちとの事も含め伝えることは多かった。おかげさまというか群馬県支部の参加者の皆さんは高齢の方が多くそれゆえに気が利き、お客様への対応の如才なさは光っている。自前の交通費、手弁当で本当に感謝、今夜はみんなでおいしいお弁当を食べて勉強会をしました。

▲先月役員になったM先生「えっ、いきなり私が解説するのですか」といいながら上手に解説してくれた
孫たちの運動会が続いているがこれが最後か、そして祖父として最初から最後まで初めて見た運動会でもある。二ノ宮保育園の運動会もアットホームで楽しめた。昨年までは昼食をはさんで午後までプログラムを組んだそうだが今年初めて、父兄の案ですべての演技を午前で終了するというもの、園庭でお昼を広げるのもいいもんだがそれは家族や友達が居てのこと、広い意味では半日で終了してゆっくり家庭で楽しかった事を話しながらの食事がいいかも、我が孫GS3はその詰ったプログラムに忙しいように登場して私を楽しませてくれた。何より徒競走では絶対勝てないと思っていたが1着を取ったので楽しい昼食の話題になった。

▲年長さんの演技、つかんでいた布に一瞬でテントを作り全員が中に隠れた、スゴイ
