2005年12月アーカイブ
理想、一人ひとりへのコメントを入れた年賀状を20日ごろまでに、普段出来ない掃除箇所を27日ごろまでに、28日にしめ飾りを済ませ、30日はお供え餅を飾り31日午前は洗車。私はこんな暮れを迎えてみたい。はるか昔の16~18歳までの会社員だったころはお金は無いが時間はたっぷっり、ただ閑を潰すのに苦労した。結婚以来の生活はこんなに時間は早いのかと追われっぱなしの生活、今日も今日とて仕事の合間に7箇所のガラス拭きを寒風の中でやった。あれこれマメに動けるうちが幸せね。

▲女房も私も仕事以外にもよく働いた。メデタシメデタシ
桐生は麺どころだ、うどんはもちろん、そばの美味いところも多い、いずれも好みがあるから一様には行かないが車で5分の所に美味いそば屋があった。過去形である。行って見たら突然、張り紙で「20年間のご愛顧ありがとうございました」って、やめちゃったの、がっくりして近くのそば屋に行ってみたが程遠い味だった。美味いものを失った感じがする。500円というリーズナブルのハンバーグランチを食べに行った。看板メニューだったので期待したがう~ん!だった。

▲耐震構造疑惑でビートたけしが週刊誌で言っていた。安物にユニクロ以外いいものあるわけねーだろ。
なぜか年末にそれも押し詰まってから色々なものが壊れる事がある。昨年末は電球や蛍光灯が一斉に切れたような気がする。一昨年は洗濯機が壊れ忙しく届けてもらった。今年もあった。いちばん頻度の高いダイニングの小型TVのリモコン、ビデオがアウト、水戸黄門を録画して楽しみにしている女房としてはガンマならないところ、GS1もマイTVを要求、よし!すぐ行こう。閉店1時間前の電気店に飛び込み小型TV2台、デッキ、電気ストーブをパッパッと決め支払いを済ませるときは店内に「蛍の光」が流れていた。

▲時間がないからキャパやスペックは把握しないで買ったが、そんなとこでいいかも
官製年賀状は毎年11月1日に発売される。配達日まで2ヶ月もあるのだから早々に書き上げて準備しておけばいいのは分かっている。今年も女房から「年末の土壇場に寝不足しないように12月までには終了しておけば」なんて言われていた。私だってそうしたい、しかし何でだろう、どうしてだろう、特に裏面のデザインの事を考えるとまとまるまで手がつかない仕組みになって毎年土壇場である。これも思えば小2の時、兄に来たきれいな猿の絵が描かれた年賀状に釘付けになったからだ。

▲その後イノシシがオープンカーに乗った絵を描いた年賀状を描いた時がこだわり年賀状の始まりだった
私は聞いたことはないが小6のGS1は最近ラジオを聴くのが楽しいという、だんだん大人になるな。FMかAM局かは知らないがある番組でリスナーのメールや手紙を採用するとステッカーをくれるんだそうだ、で、そのステッカーをドライバーの右下フロントガラスに貼る。その対向してくるステッカー車のドライバーに向かって親指(good luck)!を立てると返してくるのだそうだ。運転中気をつけてフロントガラスを見ると数%の確率で付いていた。こんな同志者意識があるのなら是非本物の国旗を車に貼り、元旦には国旗を立てて欲しいもんだ。

▲相手のドライバーが気がついての話、GS1がやったら確かに何人かのドライバーが指を立ててきた。
5年更新の車のゴールド免許も一昨年の40kmオーバーのスピード違反で立ち消え、また3年更新の免許に戻った。これはチトまずい、免許更新でも違反のあった者は2時間の講習を受けなければならず交通センターの寒い講堂に2時間座った。午前に仕事があり昼食が取れなかったので受講間際にハンバーガーをほおばって来た。程よく胃が落ち着き着席して間もなく眠くなってしまい半分くらいは寝てしまったかも知れない。「おい、そこのおじさん、居眠りしないでしっかり聞けよ」なんて言ってくれれば良かったのに優しい講師で違反者の薬としては弱かった。

▲10年ほど前の違反講習では身が縮むほどの怖い事故現場写真がとても効いたのだが
年末の土日曜日ヘアーズにいる。未だに30年来、上野村から来てくれるお客様、Iさんがいる。そしてそれとは別にボランティアのお仲間のIさんはやはり遠くから私の好きな菓子を届けに来てくれた。特別なカリン糖のようでスーパーなどで探してもなかった。Iさんは手に入ったからと嬉しそうに話し、参加している他のボランティアの体験なども話してくれた。特製カリン糖な歯の弱い人には向かないかもしれないが「カリン糖がこんなに美味しかった?」と思えるほどの一級品だと思う、そして何より宅配便じゃなくてわざわざお届け頂いた事に感謝しきりだ。

▲やはり仲間のYさんが道案内してくれた
昼食をとったレストランの相向かいのケーキ屋さん、防寒着で頻繁に入れ替わるケーキ注文者の車をさばいていた。あー、クリスマスイブだ、幸せの忙しさだと傍観していた。私的にも仕事中に数人の方と贈り物などでお会いしたりで忙しかった。S市の友達からの贈り物に長電話したりもした。夕刻は私が贈り物をしたY市の友達から電話、1年音信がなかったので、これがショックだった。父母二人が障害を残す病気になり、Aさんも介護の仕事中、認知症の入所者に殴られ一方の耳に障害が残ってしまった。二人の子がありながら3人の家族が入院というパニックに息子(小6)の将棋大会優勝が光明だったと言ってくれた。来年はきっといい年になるよ!

▲幸、不幸は独り占めできない、Aさんにもきっと楽しい日が来るよ。
たしか半月前までは水の中にあるイクラだった。GS2が通っている小学校から預かったもので各々が発泡スチロールの中に入れ育てたらしい。春になるとあちこちの小学校で鮭の稚魚の放流をTVなどのニュースで見るが本物の稚魚を見るのは初めて、オレンジ色のイクラから出た「めだかサケ」はそのままオレンジ色のイクラを燃料タンクのように抱えたまま泳ぎ、休む時は不自然に横になる。この幼気ない稚魚が数年後には放流された川に戻る姿もよくTVで見る、必死な姿に声援したくなる。新しい命の育み、今日天皇陛下72歳お誕生日。

▲沢山の日の丸が天皇を祝福している
ルー、カタカタ、カタカタタ、、、今どきの車かと思えるほど使い込んでる女房殿の車は軽自動車だから特に傷みが激しいのだろうか、サロン地主家の朝ちゃんが面倒見てメンテナンスしてくれるから動いているが、乗り手も乗り手で2年ほどオイル交換せず、一滴のオイルも無いという荒っぽい使い方でもある。そんな風だから現車を新車に乗り換えたいとも言わない「走っているからいい」とファションの必要性も無いようだ。「乗り換えたら」と言う意見にやっとその気になりWebでカタログ検討し今日、あるメーカーのショールームへ行き試乗してみた。昨年仕事で春日部に行ったときN車のショールーム訪れ担当者のサービスマナーの良さに関心したがこの店も充分な対応でよかった。

▲急に吹雪になり外の展示車を見る気になれず、お茶を飲みながらカタログ説明を受けた
4月から特別練習として始まった真向法朝練習も7月からは朝教室としてのコースとなり更に12月からは他の3教室ともフリーになり通いやすくなった。もともと朝練習は私が強く望んだものを先生が受け入れてくれ、それも桐生市の早朝体繰MSの休みに当てはめた。極めて個人的なプログラムだが朝だけしか来られない人、朝の方が都合いい人、私のように回数をやりたい人など今年の朝教室も年内は今日で終わりだが私を含め6人が未明の道場の床に腰を立て、4ポーズの練習納めをした。

▲4月の道場は先生と私の二人だった
一昨日、MMCバスハイクで犬吠崎と那珂湊港へ行ったときの車中からの写真だが私たちの生活圏内ではすっかり見ることのなくなった交通標識だ。那珂湊へ向かうときのセンターラインの引き方も群馬県内とだいぶ違うように感じた。いまどきどこも一般道は追い越し禁止かと思うがこのときのセンターラインは3本で書かれ中央に白、その両横が黄色で場合によっては追い越しをしても良いのだろうかなどと車中で論議になった。それにしても黄色の線があれば追い越し禁止なのだからこんな標識は不要と思う。

▲茨城県のドライバーのマナーが悪いんだろうか
残念ながら言葉を失っている母。もちろん私が訪れれば分かるが私の名前を呼ぶ事は無い、眼で「分かってる」と言っているように感じるだけ、夕食時に訪れ食事の介護をしたが看護士さんのようにスピーディーに口に運んでやれない、40分掛けたが三分の一程度、あまり早く運んでやると租借が大変だろうと思うがのんびりしていると食事をしながら寝てしまうという。エレベーターに向かう私の方を見ることもなくなって来た。 
▲確認の為背後のXマスツリーを「門松!」「盆かざり!」といってみると「違う」と首を振った
ハイキングクラブ12月の例会は本日、バスをチャーターして、新潟の弥彦神社、寺泊港と決まっていたが猛寒波が来ているというので昨日急遽太平洋側に行く先を代え鹿島神宮と那珂湊港とした。犬吠崎灯台を見学してから訪れた鹿島神宮ではボランティアの方によるガイドをしていただいた。これはありがたかった。多分定年後の趣味で勉強をしてガイド奉仕を買って出ているのだろうが親切で分かりやすかった。神宮の歴史や成り立ちはもちろんだが樹木の説明とシイの実拾いは特に楽しかった。初めて食べたその小さな実は神様からの駄賃菓子のようだった。

▲参道に対して並列に立つ本殿の意味を説明するガイドさん
自宅の年末の用意が忙しい、普段からやっておけばせわしない12月にやらなくても済むのに2.5m四方のカーテンを4枚洗ったが写真に見えるプラスチック部品カーテンフックを外さずに洗濯機に入れたので縫製糸の劣化もあるが、かなり縫い目がほつれてしまった。手縫いで済むような長さではないのでミシンのお世話になったが、このフックのギザがなんだか分からなかったがカーテンレールのリングに掛ける位置が縦スライドで調整できる事に初めて気がついた。17年も前から使っていたから新しい機構ではないけど、今日感心した。

▲世の中知らないことだらけ
友達Sの写真の師匠で日本画の経歴も長い金子氏は聞くところによると、ある年齢を境に環境保護のために大きな車をやめ軽自動車に代え、その他の生活姿勢も変えたという。豊かで楽な生活から逆戻りをするのは凡人には出来ない事、仕事や他の趣味もあるのに絵筆を執ることも惜しまず、また堂々と市民文化会館の展示室を個展会場として使う大胆さも金子氏の魅力で回りに人がついてくる。作風はレンズを通した金子氏独特の美を岩絵の具に置き換え、特に浅間山の頂の雄大さは見る価値アリ。

▲桐生市民文化会館地階展示室で18日(日)まで
今年の生りものは良いようでミカンも美味しくて安い、柿などは買わなくても甘い大きなものを沢山戴き食べきれないほどだった。ノーベル平和賞を受賞した、ケニアのマータイ環境副大臣は 日本語の「もったいない」という言葉に感動し、 国連の委員会でも環境保護のキーワードに、この「もったいない」を紹介したらしい。 今年ほど「とらず柿」の気になった事はない。甘柿はもちろん、渋柿も干し柿に加工すればカロリーたっぷりの保存食、日本は飽食の時代がまだ続いていると見え役に立てず地に落ちる柿の無念さに同情してしまう。モッタイナイ、もったいない。

▲北朝鮮のように飢餓状態であれば1日干し柿3個で生き延びられるのにと思ってしまう
昨日は夕刻から急に風邪症状になり夜中に嘔吐と下痢の同時ダブルパンチで参った。今年の風邪の特異形らしい、それでも決意した真向法朝教室は行けなかったが6時には起きてしまった。ありがたいことに体力があるから風邪との付き合いも4時間だけに済ませた。とに角朝からきちんとした食事を摂ることが健康に第一、クッキングに目覚めた私はご近所の豆腐やさんが恋しくなってきたから不思議なもんだ。おかげで今日も豆腐の味噌汁で風邪に打ち勝った。

▲昭和史の映画に出てきそうだが商品たる豆腐はやっぱりスーパーとは明らかに違う一級品。
いつものようにMSへ行くために5時起床、空を見れば星なのに暗い庭がキラキラ光っている。ふと見るとうっすら白い初雪だった。私が知らない昨夜に降ったようで道路も凍結していた。MSの陸上競技場もグラウンドが危険なのでストレッチだけで終了解散。今年の冬は特に寒いような気がするのは私だけではないようだ。この寒さでひいたわけじゃないだろうが夕刻、正確には5時23分から風邪症状を感じてきた。刻々と体が大儀になってくるが今夜は初トライの切干大根煮を予定してた。明日は同じ5時に起きる決意で予定通り初トライは済ませ、ふだんより3時間早く寝る。
▲我が家の唯一のペット家族ミミは14歳、寒くてもお出迎えをしてくれる
私が今の興味の中に料理があると言ったらヘアーズの古いお客様から「清らかだね~、」とヘンな褒められ方をした。今の私の生活には直面してる問題でもあるし幸いにも「作る喜び」を感じたから楽しく出来るのだと思う。このような昨今の状況で更に仕事量が増え、以前から考えていたボランティアの一つ「OKバジを支援する会」カンパ担当が重荷になって交代してくれる方を探していた。会の会長と相談し副会長のO氏にお願いすることにし今日を引き継ぎ日とした。午前に会長を含む4人で概略を伝え、夕刻からPCによるファイル管理の説明、O氏は趣味の中国語などでもともとPCを使っていたのでスムースな移行が出来た。

▲教諭定年後も県の県史編纂などの仕事に携るほど仕事ぶりに信頼がある
寄ってみてラッキーだった。遠縁にあたるAさん夫婦が風邪で体調が悪いと10日ほど前から電話があった。私は気になり先週見舞ってきた。そして今日も寄って見たら先日とまったく状況が変わって言語が不明瞭だ。私が先週寄った翌日に大きな変化あり私はとっさに1ヶ月半前に義母が大変だった場面と同じだと気づき至急の入院を勧めた。当初家族は明日にでも病院へ行こう考えていたようだが私は緊急を要すと判断、女房と連絡を取り入院の手はずを整え救急車を呼んだ。

▲10日以上の自宅病床生活は栄養失調、脱水状態になり危険、脳梗塞などを併発する事も
機能や性能の割には価格が安いインクジェット式パソコンプリンターだがインクカートリッジがベラボウに高い、ここでメーカーが稼いでいるのが分かるがベラボウである。たかが色水である。誰でも価格に不満を持っているだろ、むかし詰め替えインクなるものを買って見たがマシンが壊れてしまった。昨日の写真展でこの写真のような連続補充の個人試作器を見た。最近の写真ファンは自分のプリンターで写真を伸ばすから大量のインクを使う、そこで純正の高いカートリッジでは身が持たないようだ。私もコスト高のインクジェットをやめカラーレーザープリンターを考えていたところ。これは面白そう。

▲〔インク77〕のサイトからインクランニングコストが20分の一になるそうだ
私が結婚する前からのヘアーズのお客様K氏はNB社を常務で退職された。現職の時から偉ぶる事もなく全ての人に優しい、職場を離れてからは長い趣味のカメラを担ぎ日本中のブナの木と出会うために奔走している。氏の所属しているクラブの写真展が今日から始まったので見に行ってきた。仲間の写真説明も買って出てくれ一人ひとりの個性を話しながら場内を歩いた。K氏の作品は正面の大きなパネルと利用してゆったりと飾られていた。

▲背後のK氏の作品コピーセンターで紙コピーしてパネルボードに貼った軽いもの
ほめて~、だって大変だったんだから、殆ど手がかりのない急角度の屋根に2階の窓から出ての自前工事。屋外湯沸かし器の給水給湯パイプを厳冬から守るため「何とかして」と女房殿からの注文、階下の器具は大型だが地に足が着いての作業だから怖くない、しかし今日の作業場所はご覧のように命綱を張らなければ出来ない。アルミ板をフレームにしてプラダン、(プラスチック段ボール、商品名はカラーダンボールパネル)これが軽くて加工しやすく便利、給水給湯ガス管の全てを箱状にカバーしたから凍結無し!

▲寸法を取り直し、穴をあけ直しなど現場へ辿り着くのが一苦労
我が家のランドマーク梅の老木、寮の前に立つこの木は先代、先々代から残る唯一の不動物で我が家の昔を偲ぶのになくてはならない老木である。9月に庭の草むしりと同時に剪定をシルバー人材センターに頼んだが予約過剰で冬になってしまう。なので今年は女房と私で庭の手入れをしたが老木の枝詰めは高所のため最後まで残っていた。根性の女房は脚立にのぼり更に高枝バサミや竿にのこぎりをつけご覧のように仕上げた。怖いところの作業はいつも女房がやる。

▲作業中はとてもお見せできないシーンなので終了後の写真
5,6の連休の希望、本を読みたい、ビールを飲んで昼寝をしたい、年賀状を書きたい、とおもっていた。全て自分で決める事だがその全てが出来ずにほかの事で時間が過ぎていった。今年もひと月足らずで終わりになるが自分が思ったことが出来ただろうか、どうも思ったこと以外のことで時間が過ぎてしまったようで反省している。そして私にとって今年は大変な年だった。いくつもの難問が現れ立ち向かうしかなかったしその事で人を傷つけもした。今年の救いでもあり最大の喜びは友人H家の祝儀だった。

▲子供のときの遊び場、私の実家前の観音院境内、晩秋が心を和らげてくれる
昨日も一昨日もその前もタイミングが悪くゆっくり話が出来ない。中国が仕事基地のSは一月半ほどで一旦帰国し4~5日居て「基地」へ戻る生活をしている。話は水虫に変る。私は2年前まで大変な爪水虫だったがあれこれ薬をつけたが最終的には内服約で完治した。女房殿は軽い水虫でSが中国から持ち帰る「ムクゲチンキ」という妙薬を好んで使っている。治りそうに気持ちいいのだが絶対に治らない薬で彼女はそこが気に入っているようだ。だから私のように完治を望まずSの「お土産」を楽しみにしている。

▲休日の今朝、ゆっくりお茶でもと電話をしたら「昨日出発しました」とSの奥さん。すれ違い友達。
正しくはベゴニア、私たちは通称ベコニアというし花屋さんでもそう書いてある。5月ごろ鉢に植えたものが可憐にまだ咲いている。庭に花は欲しいが手入れが大変、このベゴニアは苗の値段も安くゆっくり半年は咲いている手間入いらずのスグレモノ、一般に白、赤、など4~5種見るがこのピンクがいちばん根性がありそうだ。来年はこの色に絞ってがんばってもらおう。今朝の気温5度、長い間ありがとう。

▲ピンクや赤は緑の芝や樹木に映えるから好き
今年の果物や野菜の作物の出来は良いようで柿は沢山頂いた。野菜では大根が多く食卓にも姿を変えて必ず出てくる。煮付けなども美味しいが今朝はカラミ大根にしてみた。おろしたものに漬物のちりめんを混ぜるとこれがウマイ、小鉢に一杯食べた。そして以前から話のあったGS3、6の保育園生活発表会へ出かけるが車に乗って数分経つと胃が痛くなってきた。原因は明らかにカラミ大根の食べすぎだ。痛みは増し、やっとの想いで保育園に着いたが途中を抜け出し車中で痛みをこらえながら休んだ。辛味の効いた大根は怖いもんだと知った。そんな場面に気になっていた美術館から電話で「入館者500万人達成です」の報が入った。
▲GS3のしっかりした演技を見るときは胃の痛みもすっかり回復して楽しめた
友達のOが久々に新車を買った。納車にあわせて一升を持っていった。いや、お祝いに飲むのではない、安全祈願のため四つの車にお清めを差し、この車の運転による安全を祈った。いまや車のない生活は考えられないほど車に頼っている。私も車は大好きで便利に使えることに感謝している。ただ事故さえなければこんな幸福な道具もない、私も彼も還暦に近い若いときと反応が同じわけがない、事あるごとに身を引き締めて長く車のある生活したい。

▲前回の義理買いで懲り、今回は自由に夫婦で決めたというエアウェイブに安全祈願
早朝のモーニングスイート体操から帰ってくると時間遅れのSが車で入ってきた。せっかくだからコーヒーを淹れた。近況や今日のスケジュールを話すと「マスターはけっこう波乱万丈だよな」と慰めとも励ましともつかない感想を言った。私から見れば世間で時間のある人はどうしてのんびり出来るメカニズムになるのか不思議でならない、午後の真ん中のスケジュールはGS1の父兄授業参観、社会科を時世をたくみに取り入れていたから分りやすく後ろにいても面白かった。それまでテキパキと答えを出していた子供も戦前戦後の項になると???、先生は参観者も巻き込んで、、、

▲後ろのご家族の方のどなたかに聞いてみようと先生が言うと子供たちは一斉に「マスター」と私を指名してきた。
