2006年3月アーカイブ
晦日そばというのはあるが年度末ラーメンというのはどうだろう。画面いっぱいに入れてしまったからドンブリの大きさの比較が出来ないが1人前のニララーメン、間違いなく二人分はある。息子の友達のお店「桐生ラーメン」は国道50号笠懸地内アピタやコジマ電気の近くの老舗店だ。味も充分いいがそのダイナミックさには初めて入った者は度肝を抜くだろう。この写真のようにニラが一束そのまま入っているような感じ、食べても食べても減らない。ホタテ餃子を注文すると一つの餃子に大きなホタテが丸ごとドンと入っているといった按配、年度末に食べるには縁起がいいのではないだろうか。

▲どのメニューも二人前あると思って注文しないと大変な事になる
一昨年はいっぺんに孫が3人増えた年でその最初がGS4だった。その時私はOKバジを支援する会のメンバーとGS1を伴ってネパール奥地で活動している垣見氏もとへ行っていた。そして都市ポカラのホテルから電話で誕生を知った。あれからもう2年の歳月が流れるか、今日の主賓ヒナタは食物アレルギーも克服し会話も成立するほど成長した。昨年と同様、太田の自宅で誕生パーティーをパパ、ママ、そしてGS1、GS2の真優ちゃんも手伝ってご馳走をつくりテーブルに並べた。2年前のあの時、ドリマラ村で一緒に歓迎会に行った子供たちも大きくなったろうな。内乱が激しくならぬ事を祈る。

▲4人で動けばあっという間にパーティーの用意が出来た
昨日は両親の入院先2ヶ所と太田の娘宅3件、今日は病院1ヶ所と前橋の息子宅、二番目の子、GS6の発熱で午前の忙しい間、見ていて欲しいと電話。早い話子守のデリバリーである。GS6幸タンは1歳半だが最近しゃべりだしてきた。まひゅた~とそれらしい発音を初め、小さな単語は随分覚えたようだ。それゆえ子守は大変でもあり面白くもあり。1歳前から保育園にいるから人懐っこく学習力には恵まれている。

▲粉ミルクは卒業で冷たい牛乳をそのまま飲める、マグに少しならこの様に上手に
太田市に住む娘夫婦の家は公共的店舗などの建設が可能な農地調整区域、今はかなり法律が緩和されたが数年前までは店舗や工場は良いが住んではいけないというシロモノ、そこを何とかチョウセイして仕事をしながら「居て」しまうのだが緩和後の今は自由らしい。それでも農地が全て宅地になるわけではなく敷地の半分近くがそのまま農地である。そこを祖父が見よう見真似の家庭菜園をしているが今年の我が家は家庭菜園どころではない、昨年苗を植えた葱もほとんど収穫せず葱ホウズが出るのを待つのみ。

▲葱坊主は天ぷらにするととても美味しい、ボウズが出来たら収穫しよう
gooからこのマニュアルが来て1ヶ月近くたってしまう。昨日でGS1の学級生活は終わり10日ほどの春休みになったが両親たちの入院、年度切り替えでの作業、ボランティアやサークルの行事、そのほか私のやりたい出願準備などがあり3月中旬を目指していたgooのWEBサイト出店準備が大幅に遅れている。先ず第一に私の計画の無さというか次々に目新しい事を入れてしまうので肝心な予定が進まないのだgooからは再三の催促が来ており今週はマユを湿して取り組もう。ナンチャッテ。

▲ナンチャッテなどといっている場合じゃない出願する健康機器もこのサイトが命なんだから
学童あおぞらクラブの卒所式が桐生市文化会館4Fのスカイホールで盛大に行われた。GS1を含む男子3人、女子1人の4人を送るセレモニー、相小校長を初め市会議員、町会長などの来賓の顔ぶれもすごい。私の孫GS1がお世話になった学童はどこまでもすごいと思ったが4人を送り出すのに隅々まで愛情を込めて今日を企画してくれた。運営の森下会長さん、多くのご父兄役員さん、指導員の山さん、ゴッチ、あっちゃん、マッチョ本当にありがとう、ありがとう。GS1本人はもちろん、私も保護者としてあおぞらクラブと出会えた事は幸せでした。みなさんに深く感謝いたします。

▲講演や同窓会などに使う大ホールだから豪華に、4人に個性的な山さんから卒所証書授与
私の兄弟としては夫婦を含めて初めて、会合食事会を弟の呼びかけで市内のホテルを使い宿泊で行った。常々、人様のこの様な集いなどを見るたびに羨ましく思っていたが実母が高齢でもあり先行きの不安を忌憚なく話し合おうというもの、特に不仲と言う訳でもないのにこの様な機会を誰も作らなかった。本当なら実母を含めて温泉でも行きたかったが今はそれは叶わない。それでも私たち兄弟は一歩前に出た、これは成果だった。食事をして部屋へ戻り深夜まで夫婦6人で雑談を含めそれぞれの考えを話した。それにしても宿泊は2度目のこのホテル静かで展望は良し、桐生の財産だ。

▲初めての夫婦3組揃い踏み写真に納まる
懸念していた事が現実になってしまった。今月初めに叔父が亡くなり父はガッカリしていた。それと母の看護も力は抜いてはいるが毎日数時間はそばに居てるようだからかなりのストレスが溜まったのか弱点である胃をやられたようだ。数日前から食欲がなく昨日はご飯を柔らかくして食べていた。私たちも長い時間の看護は共倒れの危険と体に毒だからしないように薦めていたが現実になってしまった。それでもやらなくてはならない事は迫ってきている。全ての現実を受け入れてしばらく頑張る。

▲筋力を落とさないために廊下や階段を利用して自己管理をしてと頼んでおいた
別れと出会いの春、GS1の小学校卒業式に参加した。娘夫婦が出席するから私は出席しなくてもいいのだが赤子の時から関わりの強かったGS1の事、やはり見ておきたかった。10時から始まった式は小学校と言えども荘厳のうちに執り行われ、卒業生はいずれも誇らしく立派に見えた。考えてみれば自分の子育て最中は忙しく3人の子供の入学も卒業式も見ることは出来なかった。それどころか運動会にも行けず、いつも年寄りに頼んでいた。GS1のおかげでもう一度子育ての復習ができ感慨無量、目がウルウルしたのはトシのせいか。

▲おかげさまで相生小では全て素晴らしい先生に出会えてGS1も幸せでした
活況を呈す真向法朝教室、私がお世話になっているわたらせ真向会はもともと日中、又は夕刻の時間だけ道場を開けていた。昨年の4月から私の希望が受け入れられ早朝6時から1時間だけの教室を開いてもらった。しかし、当初早朝と言う事もあり出席者は私一人で広い道場に先生と二人相向かいで1ヶ月を過ごした。一人増え二人増えて開催回数の多い朝教室の魅力が伝わってきて来月で朝教室開講1年を目前に8人~9人が出席するまでになった。朝に体を動かすと家に帰っても体の動きが違う、軽くてバリバリ動ける効果あり。

▲とに角回数が必要、通常教室を含めれば1ヶ月に22回出席できる
こんなに早い「興味しんしん」も初めてだ。只今、午後3時14分、先ほどの3時すこし前、王監督率いるJAPANがWBCで世界初チャンピオンになった。私は野球観戦など殆どした事はないがボランティアの用件で沢山のところへ電話をしてるとWBCの決勝戦を見ているという、6対5の9回表からTVの前に座ってみた。あまり野球を知らなくても緊張するもんだし韓国などからのヤジにイチローが 「日本人魂」を語ってくれた事は嬉しい。だから私もこの決勝戦が気になっていたのかも知れない。オリンピックでの屈辱を、韓国の誹謗をスカット打ち払ってくれた。王ジャパンおめでとう!

▲今年になって日本に最高のNEWS!
春の天気は荒れるのは当たり前だが連休の2日間とも大荒れでこんな日もないもんだ。休みじゃなくては出来ない冬用タイヤからの交換など外の寒い中で2台するのは辛かった。もう何年もパンクはしないしスタッドレス交換はタイヤ屋さんにお願いしていたから尚の事、1本取替え、2本目を手がけるとまったくタイプの違うボルトが使ってあり車の付属で付いてくるL型レンチでは回らない。困っているところへ娘婿の良君が来て手伝ってくれる事になりタスカッタ、それにしても四輪に同じボルトが使われていないプロの仕事に不審を感じた。

▲しかし、付属のジャッキもレンチも力がなくて大変、あくまで緊急用なんだね
暑さ寒さも彼岸までとはよく言ったもんだ。風は強いが気温も高い定休日、私の実父の仏壇、位牌を施主になった弟の家に行って初めての墓参、夫婦たちと墓参りをして塔婆をたてた。弟が幼馴染のM君兄弟の墓参りもしようと探した。M君は30歳半ばで、その弟は16歳で亡くなりM家は絶えた。一角の墓地だけは寺の好意で用意されたが今はすでに墓標もなく私の弟と数人が知るだけの墓地となった。決してM君の親を責めるつもりは無いが幸せの方向を探る語り合いを子供の時からしてほしかった。

▲久しぶりだねM家のAちゃん、Mちゃん安らかに
オーラ素肌美サロンは自宅から3kmほどの所、毎朝私と女房は別の車で通っているが貴重品は毎日持ち帰り、また鞄に入れて通う、時には昼食の食材や商品なども朝のチェックで車に積み込む。女房などは技術の道具も往復させるが、ある時など鋏やレーザーなどの道具皿ごと車のルーフに乗せたまま走りだし多くの器具を失った事もある。朝が忙しいのは分かるが用心が足らず忘れ物だらけで3kmの近さがアダになっているかも。この写真はいつも私が持って出勤する鞄だが今日は女房だけが出勤するので中身もチェックして渡したが

▲彼女の車が出た後のガレージに乗り遅れた鞄が一人寂しく立っていた。
道具好きである。久々に引っ張り出してきた電動糸鋸、20年以上前にラジコン飛行機に夢中だった頃、自作機を作るため工作室に設置しておいた。以来使わず倉庫の隅に積んであったものを出してきて現在の趣味の一つである真向法のストレッチングボードを作るために出してきた。現在ホームセンターで売っている物と殆ど変わらないが今のものより3倍も高かったから作りはしっかりしている。久々にプラグをコンセントに挿してみるがマシンは文句も言わず調子はきわめて良し、道具って素晴らしいな。

▲20年もほったらかしにして今となって錆を落としたり磨いたり
もちろん住民を欺こうなんて考えているとは思わない。しかし、場所の選定が悪かったんだろうな、オーラ素肌美サロンの隣地に出来た産業廃棄物処理会社は運送会社が親会社なので地元の人はトラックターミナルと勝手に想像していたフシがある。もともとこの土地は市の焼却場で長年いやな思いをしてきた土地、ごみや産廃には神経質ならざるを得ない。しかし改正の現行法律にのっとり廃プラ、石膏ボード、ガラス、家電品などの分別分解だけと言う、やや気になるのが発砲スチロールの溶融事業、進出業者は匂い、騒音など建屋の中での作業なので一切無いと力説するがすればするほど昔からの地元民は拒否反応を示す

▲最初から攻め立てられかわいそうでもある業者スタッフ
原因が分からないので不思議で仕方ない。黄色い円内に黒い穂先のような黒いものがある、ティッシュにベンジンを含ませて拭くと汚れたグリスのようで金属粉も見える。しかし私の自宅デスクの周辺にそのような機械物はない。昨夜もその汚れを見つけて全部ふき取ったが今朝にはもう、いくつも汚れがあった。一つだけ考えられるのは木製回転チェア、確かに数年前、金属部分から音が出たので潤滑油をスプレーしたがその周囲を手で触っても汚れは付かない、未だ原因不明

▲それとも天井から落ちてる~、こわ~
急遽、東京町田市へ女房と出張、午前10時30分出発、仕事を済ませ午後6時ごろまでにはサロンへ戻りたいので昼食はコンビニで買い込み車中で異動しながら済まそうということにした。R16福生市米軍横田基地あたりで運転を交代してもらい私から昼食をとり始めた。ゆっくり走る前の車に女房殿はすこしカリカリしていた。と思ったら片側2車線なのでスッと追い抜いた。とたんに「ウ~ッ」優しい顔の白バイがピタッと横に来た。これが原因じゃなくその直前に信号を黄色で進入したのだと言う。カリカリしていなければ見逃しの部類らしいがさすがプロの目はすごい。

▲米軍横田基地の塀をバックに優しいポリスマンとツーショット、デート料9000円也!
10年以上前だがこの泣こう峠に来た。その頃は林業もそこそこあったので山の路があったのだろうか、富弘さんの著書「風の旅」の中のエッセイに「泣こう峠」がある。4月29日に行われる富弘美術館を囲む会のイベントにこの泣こう峠を皆で歩く事にしてある。今は峠も使う人はおらず荒れ放題という事で囲む会のメンバーで整備した。沢に下りるまでの30分ほどの工程のうち3分の1は持参したエンジン草払い機やチエンソーが無ければ通過することが困難なほどふさがれていたが手にカマや手ノコなどをもった会員も含め14名の協力で2時間ほどを掛け峠道の復旧をした。

▲沢には丸太で橋まで作り陽の当たる林道でおにぎりを食べ皆で復旧の喜びを分かち合った
ニュースとしてはもう20日も経ってしまったから古いが、先月の上毛新聞に掲載された松崎氏(郷土を美しくする会会長)の講演のことがずっとアタマから離れない。商業マンとして彼のサービスの基本を話したようだ。その中で「肩引きしぐさ」と言う私にとっては初めての言葉が印象に残り後日彼に会った時に聞いて見た。初めての言葉だがサービス+肩引き=なんとなく分かるような気がしていたが、やはりそうだった。「人とすれ違いさまに軽く肩を引き落とし会釈する様」いいね~、謙虚で粋で上品でこんな文化を大切に使って行きたい。

▲古くは江戸800しぐさと言うのがあるそうだ、まさに「しぐさ言葉」にもなる
卒所旅行、学童保育の場合は6年生が巣立ってゆく事を卒所といいその記念旅行が卒所旅行、5、6年生限りGS1を含めた10人ほどが学童職員と何人かの役員さんの付き添いで那須ハイランドパークへ行った。ハイランドパークは昨年私が初めてジェットコースターに乗ったところで今思い出しても怖かった。20時に同じ場所へ出迎えに行くと元気に車から降りて来て口ぐちに楽しかったと父兄に伝えたが本当に役員さんや学童職員さんのお世話にはアタマが下がる

▲縦割りの楽しいチーム、20時の迎えのときも車の周りでなかなか解散しない
私が関係している富弘美術館を囲む会の恒例詩画展ツアーが今年も近づいて来た。今年は熊本県芦北町に出来る「星野富弘美術館」のオープンにあわせて旅行をすることに決めてある。開館のほぼ最後の打ち合わせなどで芦北町から町長自らお出でになり東村の関係者の方たちとの交流も深めた。芦北町の美術館に学芸員として着任したのは千葉県出身のKさん、大学での専攻は日本史だったが昔から美術にも関心があり学芸員の夢を捨てきれず公募のあった芦北町「星野富弘美術館」で夢を語りたいと言っていた。

▲大先輩、熊本県立美術館のS氏に宴会演技の指導を受ける若いKさん
オーラ素肌美サロンへ「男性の方がみえてます」スタッフのYさんが事務室にそういいながら入ってきた。見るとヘアーズの古くからのお得様のAさんで「一度寄ってみたかったからさ」とサロンを出す前までは女房が担当でカットをさせていただいていた方だった。同じ相生地内だから遠くはないがサロンにお出でになる事がないのでオープンして7年目で初めてお出でになった。立派に定年を迎え、その余暇を「歩く」事にしているといい30分の道のりを楽しんできたと手土産を携えてきてくれた。Aさんの好きなコーヒーでしばらく懐かしい理容室山岸時代を語って楽しんでまた小さなディパックを担いで帰っていった。

▲先週は3時間かけて太田市のスパに行ってきたそうだがさすがに帰りは迎えに来てもらったそうだ
作品の出来を見るよりこの場合「贈る」事にいちばん意味があると思う。昨秋から始めた女房の陶芸を宇都宮の友人はできばえ以上に褒めてくれた。人は褒められて動くもの、更に「欲しい」なんて言われればなんとしても頑張るでしょう。陶芸教室なんていってもまだ数回行ったきり、時間のタイミングが悪く通えないようで食事の済んだキッチンで土をこねている事もあった。だから女房は仕事以外で物を作るのはきわめて稀、私も良く作ったもんだと感心した。欲しいと言ってくれた平野氏に感謝

▲人様へ使っていただく初めての物だから自分で荷造り、もらってくれる人がいて良かった
なかなかこの様な機能的なテーブルを探すのは大変な事だった。何件かの家具屋、ホームセンターなどを見たがコンパクトミシンを収納し、ミシンテーブルとするものはこれ以上のものは無かった。結局eコマースでの通信販売、広げると120センチたたむと65センチの巾は嬉しい。納品まで1週間かかったが今日届き大きなダンボールを開くとメイドイン中国のにおいがした。どんな工場で作っているのか新品なのに傷だらけ、塗りムラ、埃だらけ、キャスターなどは泥だらけ。覚悟はしていたけど。

▲機能的には○だが中国製特有の作りは雑、使えるように掃除をすると雑巾が4枚必要だった
ひと月ほど前、私の通うわたらせ真向会に東京から実家に戻った折に道場へ飛び入り参加したK氏から先週電話があり私の考案したストレッチ器具を欲しいといってきた。まだ、商品ではないので何台か作って自宅、道場などに限って使っているが「欲しい」といわれると嬉しいもんだ。製作に2週間の余裕をもらったのでホームセンターで材料を用意しプレゼントするつもりだ。ホームセンターは素材が豊富でどんどん製作意欲が湧くがこんなことで健康器具のビジネスにつながるかも

▲小回りの効く材料調達に資材センターは便利だ
ウッ、すこしヤバイかも。いかに料理に興味をもったとはいえ2日に渡って同じようなテーマで「興味しんしん」を書くのは山岸正雄、行動半径が狭まったか。今日はオーラ化粧品商品管理整理を一日中やっていたのでカメラを手元に置かなかった。で、昨夜茹でて置いた小松菜を水道蛇口にかけて水を切った。これは体験からの私のアイディアで葉物を茹で水から上げて絞ると大事な栄養と繊維を壊してしまうと思う。時間に余裕があるのならこのようにしばらく干しておけば適当に水は切れるから後は軽く絞るだけで済む。もしかしたら当たり前のやり方で普及していて我が家だけが知らなかったのかもね

▲下になる葉の部分はフキンで水分を吸い取ればカンペキ
「興味しんしん」に何度か書いたが最近の私の興味の中に「料理」が入った。これは必要の中から生まれた興味でキッチンに立つのがいやではない、むしろ昨日の親戚の集まりなどでも男共に自慢して話したくらいだ。必然的に買い物もする、だから野菜や魚肉の値段が分かってきたし旬も分かってきた。そしてどう回れば短時間で買い物が済むのかなども楽しむ、そしてマイバスケットの利用は今後レジ袋が有料になるから欠かせない。使ってみればこれが合理的で自分でレジ袋に移す手間もなし、レジを済めばさっさと帰れるのだ。オススメ マイバスケット!

▲レジ係りの人はバスケット内を食品別に上手に並べてゆくから野菜などの傷みも少ない
葬送の儀はその場所によって様々だろうが私が知る親戚の葬儀の締めくくりは「念仏」である。親近者が自宅の祭壇前に集まり車座になってコップや茶碗に入れた水を手渡しでグルグル廻す、廻しながら念仏を唱える。一周すると別のバケツに入れる。また新しい水が次々を渡される。お清めの席やこの念仏の席でふだんは会うことも無い親近者との2日続きの親睦の場になる。水を廻す折々、年長者の念仏取り仕切りが故人の思い出話をはさんで行く。笑ったり、涙したり。

▲故人の子孫たちが手渡しで新しい仏様に水を運ぶ共同作業
昨日、郡山の友人から電話があった。そうだ、今月の3日は彼が会社から還暦旅行のご褒美がでて鬼怒川旅行の折、私のところに寄って食事をしようと約束していた。「予定どうり大丈夫かい」、親戚の葬儀ができ引き出物をオーラ化粧品が用意することになって作業は2日間に渡って深夜になった。彼に電話をしなくてはと思い後々になっていた。「申し訳ない実は身内に不幸が」、郡山の友人夫婦が寄ってくれるのはとても楽しみにしていたので残念でもある。いずれにしろ3日は告別式になってしまうので無理は確定、彼も急遽計画を変更してくれたが春は特に忙しい。

▲オーラ化粧品スタッフのYさんもこの日帰ったのは深夜に及んだ
ひとり欠け、二人欠けいつかは兄弟もいなくなる。いま義父(ちち)はそれを寂しく感じている。表向きは気丈であるが肉親を失う寂しさは隠しようもない。早朝、親戚からの電話で訃報を聞き、私たち家族も早めに朝食を済ませとりあえず弔問に行った。私にとっても結婚以来の叔父であるから人柄も充分分ってきた。4人兄弟の長男、本来なら山岸家の跡取りだが早くから出て大病院を経営するまでになった娘婿や会社を経営する娘に恵まれた。晩年は何一つ不自由はないだろうと思われるような生活も唯一つ、人恋しかったようだ。歳を重ねれば友人は減る、これはどうにもならない。静かに眠る叔父は天国で元気にトラックで八百屋の引き売りに出たか。

▲庭には梅の花、叔父さんの床には桜餅が置いてあった
