2006年5月アーカイブ
やり遂げた充実感のいい顔。古希を数年前に向かえ、その年は8年越しで目標を立てていた北アルプス槍ヶ岳にも私と登頂に成功した。15年前に出来たハイキングクラブ以来のお付き合いでいろいろご指導いただく事が多い。そして何より前向きで行動的である事が尊敬に値する。そんな島田氏が鼻息荒く得意気に見せてくれたのが「100km完歩の証」。5月27日から28日にかけて24時間以内に桐生市からわたらせ渓谷鉄道沿線沿いを足尾の日足トンネル手前で折り返し100Kmを命がけで歩くサバイバル。挫折せず立派な「財産」を勝ち取ったもんだ。この企画は今年30回目であるがボランティアなど経費の問題で今年が最後と残念そう。

▲歩きながら何度も挫折しそうになったと完歩出来た事を喜んでいた。
これまで料理に興味が出るまでは自分で野菜を買うことはなかった。もちろん最近は違う。野菜などの値段も分かるし組み合わせなども考えて買うようになった。今まで知人などに頂いていた野菜は特にありがたく感じるようにもなった。いつも田畑やリンゴの手入れを「手伝うよ」なんて言って一度も行った事のない私に早苗ちゃん(次男のお嫁さん)のお父さんは懲りずに黄色いコンテナにたくさんの野菜を持ってきてくれる。今日は収穫だけに畑に入らせてもらった。作る苦労は知らず見るもの全てが珍しく好きな野菜を好きなだけ「収穫」させてもらった。まるで保育園児のイモ堀だね

▲初めて見た「生えてるタマネギ」、へぇ~、上は普通のねぎと同じなんだ~。玉しか見たことないもん
約束事はスケジュール帳をみて答えなくてはならない。イヤ、反省の弁。今日の真向会ハイキングは私が案内役で初旬に決まっていたのにスケジュールを確かめもせず「29日に九州芦北行の写真交換会」にOKを出してしまった。翌日重複に気がつき先の予定のため写真交換会に参加できないことを謝った。真向会の朝教室のお仲間は殆どハイキングのチャンスがなかった人が多く今日を楽しみにしていてくれた。目的地は赤城山系鍋割山、早朝の雨はやんだもののガスが切れない。それでも山頂でフライパンを使いソーセージを炒めビールのつまみにしたら本当に喜んでくれた。

▲雨に降られず何よりだがガスが晴れず最後まで展望は望めなかった。また来よう。
桐生はうどんの町として定着してきたようだ。確かに山旅などをして下山した町でうどんを食べて美味しいと思ったことはない。それほど桐生は麺業界が力を注いでいるようだが桐生に限った事ではない。近隣の町はやはり美味しい。また美味しくなければ近隣で商売できないという相乗効果が出ている。子供の頃は代用食の観があってイマイチ好きにはなれなかったが年とともに淡白な味のとりこになった。GS1など例えば天もりうどんをとっても天ぷらと麺を一緒に食べることはなく麺を平らげてから天ぷらだけを食べる麺通だ

▲桐生うどんも入って期待はずれもたまにはアル。ここは老舗で美味しい
早朝6時から30分間のストレッチとランニングを指導してくれる桐生市体育協会主催のモーニングスイートは桐生市の文化財産だと思う。6月で21周年を迎えるそうだが私が参加させてもらって3年が経とうとしている。会場として使う陸上競技場は400mトラックの他に様々な陸上競技が出来るが早朝に安全で快適なフィールドで体操が出来るのは幸せだ。そのゴムを敷き詰めたような人工トラックに白線が引いてあるが何年かに一度は線の正しい測定をしないと競技そのものが認定されないのだという。大きな地震でもあれば台地は動くだろうがそれとは関係なく数年に一度は公式認定競技場としての決まりのようだ。

▲例えば一周1センチの誤差が出たら9本の白線を引き直すのだろうか、むずかしいぞ。
ヘアーズ新田店の一日店長代理。妊娠中の娘が一人で切り回しする理容店、数日前から不調で入院をしたので予約済みのお客様へは急遽、夫君が本店案内などをして連絡対応したようだが私が新田店に立てばなんとかなるお客様を施術させていただいた。朝一番のFさんは若いのにしっかりしているので感心した。聞けば既に2人のお子さんのパパ、パブル期の若者にはこのようなタイプは少なかったからある意味これからの日本は期待できるかも知れない。バブル崩壊でも緊張の中から人は育ってゆく。久々に通しで施術しながら好青年と話が出来るだけでも一日店長代理の価値があった。

▲Fさんは年に数回の偏頭痛持ち、せっかくの休日の今日がそのブルーデーだという
なんでも出回っている世の中だからありそうなものだけどナイモノ、電動工具のマル鋸やドリルなどは付属や別売りでケースが売っていが我が家では3台目のエンジンチエンソー、これまで管理が悪く寿命前に使用不能になってしまった。使用後は手入れをしてキチンとし箱にしまって置けば次回の運転は楽だと思う。買った時のダンボールケースではそのうちにボロボロになってチリや水から守れない。いくつかのホームセンターなどを探したが丁度いいケースは売ってない。しからば作るより仕方ない。作り方:二つを繋げば収まるサイズのBOXを二つ用意し必要な部位で切る。合わせ部を補強財などを入れビスなどで留める。同じ方法でヘアーズの特大洗濯カゴを重宝に使っている。

▲エンジンチェンソーの他に燃料ガソリン、チェンオイル、工具などが入れられる
先に話した「井上ひさしの作文教室」の中に大野晋という人の「角川必携国語辞典」の中身のすごさが紹介されている。たとえば「うとうと」と「うつらうつら」はどちらも眠い状態の事だが、その定義が書かれていて「うとうと」は眠りに重点があり「うつらうつら」は覚めてるほうに重点があるのだそうだ。ナルホド。では「バタン・キュー」はどうか、私の眠いはいつもこれで通常5時間半の睡眠、昨夜は3時間しか寝る事が出来ず朝食など朝の全ての作業が終わって出勤前に通常30分間タイマーをかけ仮眠するが今日は50分間タイマーをかけバタン・キュー。「バタン・キュー」は爆睡に重点がアル(^_^?

▲数あるタイマーの中で最高に使いやすい代物、音も柔らかくいい。すでに販売されてない
冷凍製品やレトルトの食品は何で出来ているんだろう。例えはハンバーグを手製で作ると量はともかく冷凍食品などより高くついてしまう。冷食はどんな肉を使っているんだろうか、大量に仕入れるのだから私がスーパーで調達したのとは桁違いなのだろうが作る手間を考えると冷食は合理的で味もまずまずだと思う。GS1に教わりながら初めて5人分のハンバーグを作ってみたが自己評価70点くらいだろうか。パン粉が多すぎてやや硬すぎ、味に甘味が足りない、分からずに牛豚の合挽きを買ってしまった。厚過ぎて熱の通りが不均一になった。ソースを家族好みの和風にするべきだった。

▲食材は高くついたが初めてハンバーグを作る楽しみがあったからま~、良しか
生まれて初めて観覧席の一番前に座った。地元ぐんま歌手石阪びんがさんのコンサートに女房の誘いでGS1と3人で行ってきた。昨日今日と連休日だったが我ながら目まぐるしい時間を過ごした。事情や気分としてはコンサートではなかったが、靴下の柄まで分かる程の席で眼を瞑り情熱的なギターとやや低めになったびんがさんの歌声を聞き流して2日間の癒しとした。

▲サイドスポットで浮かび上がる熱唱する石阪びんがさん
久々に友達と袈裟丸山へ行った。花がきれいだし、山菜のコシアブラが採れるかもといっていた。今年の春は好天に恵まれた休日が少なかったようだが今日は文句なしの五月晴れで紫外線が痛いほどだった。山菜コシアブラは近年山菜の王者だがあいにくまだ小さくて採るにはもったいないのでもっぱら景色と、もうとっくに里では終わったヤシオツツジの花に感動した。今日の気温は充分だったがやはりここは相当寒いと見え、1ヶ月遅れのヤシオを見ることが出来た。カメラマンも数名来ていたが折場口から登ってくると見えていた美しい笹の丘が新しい林道で切られてしまい残念がっていた。

▲前袈裟を背景に赤みの濃いヤシオが美しい
母が入院して9ヶ月が経とうとしている。最近は人に負担をかけないような気遣いも見せ食事も積極的になったようだ。入院直後から入れ歯は外してあるから食事も柔らかいものでなくては無理だが入院中に歯科医に来てもらい新しいものを作ったがどうした事か大きすぎるという。そのまま使わなくては更に回復が遅れてしまうだろうと心配だったが歯については詳しい女房が道具があれば直すといい、私のホビーボックスにあったミニルーターを貸してという。理容現役の時もパーマロットをグラインダーでカスタマイズするほどだから器用なところがある。改造したものを父が持っていったがなかなか調子がいいと合格点。

▲何年も使わなかったミニルーターは結局行方不明。新たに買って来たが10年以上モデルは変わらないほど完成度の高いツールだ
午後、埼玉への出張ができ昼食を済ませ準備して2時近くに出かけた。早い時間に戻りたいのでしっかり走らなくてはならないのに食後の眠気が出てきてしまった。ましてや今日は細かい雨が連続し高速道路は危険だ。高速に入る前にコンビニへ寄り眠気覚ましドリンクを飲んだ。このような時私は安全な場所で10分ほど寝てしまうが今日は先を急ぐので初めてドリンクを飲んでみたこれがテキメンに効いた。30mlの瓶にコーヒー3杯分のカフェインというからさぞかし胃が痛くなるだろうと心配したが何事もなく済んだ。効き目は5時間ほどで充分安全に返ってくる事が出来た。

▲極力クスリに頼らないようにしているが必要な時は本当にありがたい
A0サイズの屋久杉ポスターを持つのはT氏。先週私たちと芦北町の星野富弘美術館開館記念には一緒だったがT氏達はその前に屋久島へ渡り観光してきた。その折この大型ポスターを買い求めてきたものを私がハレパネに張った。丸めてある紙のままでは広げるたびに傷がつき見難い、直に壁に張ってもきれいなものではないからこのよう発砲スチロールのパネルにするのが良い。2年前も私たちといったネパールでヒマラヤの大きなポスターを買ってきたが紙のままでは魅力はなかった。その時も私がパネルにして驚いた。下手な写真を撮るより大きなポスターを買ったほうが賢い。

▲丸めたポスターがこんなに立派になるなんて思えなかった。先見の明アリ
自然もいいけど手入れの行き届かない自然とはこうなっちゃう見本みたい。S氏の遊休地は約400坪あり大きな栗の木が何本もある。西側は真竹の藪で一切手入れがされてないから良い竹の子は生えないらしい。数日前から私に手伝って欲しいと言っていた。午後はGS1の先生が家庭訪問に来るのでその前にやっちゃおう。エンジンチェンソーを持ち駆けつけると菱町の県道を少し入った静かな場所だった。横に大きく張り出した栗の木の枝を落としたいが付け根が30cmもある。慎重にチェンソーを入れたが半分くらい刃が入ったところでメキッと割れが入りチェンソーのブレードはロックされてしまった。

▲チェンソーは完全に大木に挟まれ「救出」のためジャッキアップを試みたがダメだった
マズイ事になった。父たちが庭の手入れをほぼ放棄したので仕方なく私と女房で出来る事はやろうということになった。とりわけ気になっていたのが玉ツゲとやはり丸く刈り込んである伽羅、それに家の周囲に植え込んであるサツキ、いずれも大きくなりすぎ、伸びすぎで思い切って刈り込んでみようという事になった。素人が玉ツゲと伽羅を程よく刈り込んでから面積が広く手に負えないサツキの刈り込みなどを職人さんに頼んだ。植木屋さん曰く、「玉ツゲやサツキは芽が出るけど伽羅はこんなに刈り込んじゃダメだよ。常緑樹の中でも陰葉樹といって完全に葉を残さないとアウト!」

▲伽羅は仲人さんが新築祝いに植えてくれたもの、こりゃあマズイ、怒られちゃう
まだ続く芦北町立星野富弘美術館のニュース、心意気の素晴らしさは芦北町の町長のほか我が桐生市にもいた。この桐生タイムス紙は地元の歴史ある新聞でそこの記者Mさんは心意気だと思う。記者でありながら真に敬愛し価値あるものには私費でも取材に駆けつける人だ。今回がどうであったかは定かではないがなかなか取材費が出ないのではないだろうか。以前他のカンパボランティアでは私費で参加と取材を兼ね私たちと過ごした事もあるので13日、芦北町で他のプレスに混じってカメラを向けていた彼女の姿を見たときはとても嬉しかった。

▲一面にカラー写真を配し2面で大きな記事として扱っている
芦北町、星野富弘美術館ツアーの最終日。芦北町長と同美術館の館長に就任した木村氏は東村にお出でになるたびに日本一の蛍と観光名物うたせ船をPRしていた。星野富弘美術館の開館も富弘さんに沢山の蛍を見せたいと蛍の最盛期であるこの頃に合わせたが今年は気温が低く例年より半月遅れるようだ。もうひとつの目玉、「うたせ船」は幸いにもこれまでの天候から恵まれ静かな海を船上で漁を楽しみながら飲食するというのんびりしたもので平和のひと時を堪能した。芦北町は自然の山や川、そして芦北海岸公園など恵まれた環境の平和でやさしい町だった。

▲昨夜は町長や木村氏、坂田氏と夕食し12時まで二次会、今日は船に乗るため酔い止め薬を皆で飲み
一日中眠い日だった。
午後から芦北町立星野富弘美術館の会館記念式典、私は午前ビジネスで芦北市内のソックス工場を訪問する予定があり時間的にシビアだった。その後の昼食は福岡、熊本、宮崎、群馬各支部の懇親会としたのでこれも気を遣った。午後1時から場所を式典会場に移し竹崎町長などがあいさつし後半はパネルディスカッションだった。パネラーには我らが富沢氏、前熊本県知事の福島婦人、町内の中、高校生、司会は美術館建設の立役者、熊本県立美術館の坂田氏。坂田氏は東村に富弘美術館のオープン後、初めての詩画展開催を前熊本県知事、故福島氏と共に詩画展にこぎつけた経緯があり故福島氏の話に及んで感涙の涙を流した。

▲テープカットと同時に芦北火縄鉄砲隊が祝砲をあげ関係者が内覧を始めたが本家の富弘美術館並みの混雑だった。
指宿温泉を出てまたいくつかの観光地を見ながら熊本に向かう。この日は知覧の特攻平和会館を見学した。戦争を知らない私もすでに還暦を迎えようとしているが、このような悲惨な戦争記念施設を見るとこれまでの60年が平和であったことも沢山の犠牲の上にあることだ。そして統一戦争教育の恐ろしさを感じ若くして特攻隊に志願した心根を思うと息苦しくなった。短い時間だったが知覧を後にしてバスは走ったがしばらく車内は沈んだ。夕刻、国道3号線芦北町に入ると星野富弘美術館の真新しい案内看板が目に入った。一同、このときは喜びに湧いた。

▲明日、式典の行われる館へ寄った。川村さんがびっくりして出てきた。お披露目前の館内をのぞかせてもらった。
ここ数年早起きは慣れているが昨夜の就寝12時、今朝の熊本県芦北町立星野富弘美術館への旅へ3時起床はさすがに辛かった。私たち3人とは別に先に6名の囲む会会員が屋久島観光を兼ねて行っているので今日は鹿児島本港で合流した。3年前の宮崎詩画展以来の九州のたびが始まる。先ずは宿泊先の指宿温泉へ行く前に鹿児島の観光地をいくつかみた。当初12、3名の参加者も都合で一人二人消え、9人でオープニングに臨む事になった。

▲観光地でほっとゆっくりする時もなかなかないもんだ。貴重な癒しタイム
例えば年賀状、例えば挨拶の下書き、例えば原稿の締め切りなどいつだって余裕を持ってやったことがない。根性がないのか瀬戸際にならないと事が進まない困った性格である。明日から4日間富弘美術館を囲む会の行事で熊本の芦北町へゆくが今日の今日までトランクにものが入ってない。スケジュール表を見ながら行動をイメージしてシャツや靴下を並べてみる。トランクの重さはどうか、先発の責任者みどり市のOさんはご夫婦での予定が出発当日奥様が腰を痛めて直前で行動不可のキャンセル、楽しみにしていたのに残念。 (これより14日まで休みます)

▲あれこれ考えてもたったの4日、不足は不足で仕方ない
肌寒い日で昨夜は軽く布団をかけて寝た。朝のMSから帰って来たら宇都宮のHさんから電話。休みの今日、これから桐生へ来るという。私もそうだがHさん宅も何かと忙しい事情ですっかり一緒に山登りが出来ないでいる。天気の悪さで地元宇都宮市内の山登りも諦め桐生へきてくれた。昼食を以前から話していたラーメン桐生へ行く事にした。その店の息子は私の息子と友達で私も時々家族で出かける店。主、武井さんは外で趣味の世界らん展出品のための作業をしていた。人懐こいHさん夫婦は奥の庭にもどんどん入って行き自宅にすごいものがる事に気づき家の中を案内してもらう事になった。蘭の他に古美術品など目を見張るが私が感動したのは逆光の巨大プリント写真、まるで屏風。

▲世界らん展ディスプレー部門優勝者武井氏と記念撮影
本当に頑張っている夫婦だと思う。前橋に2年前に出店独立した次男夫婦はやっと店の経営が乗ってきたようだ。開店当初はお客様のいない日も重ね辛い思いをし、休日も朝から手作りのチラシを丁寧にポスティングした。私の知人が前橋方面の知人にお願いし、お客様になってもらった。本店のお客様でも心配して売上貢献にわざわざ足を運んでくれたりもした。そうゆう人たちもいたからこそ、お陰さまで二人の子供を保育園に出し夫婦で頑張れもした。今日の「経済的に実家でお誕生会」も小さな軽自動車に4人で乗ってきた。ミニバンはまだ程遠いという。今があるから明日がある。

▲GS3錬君の誕生祝、頑張っている夫婦には応援したくなる
昨日の私は「ちょっとガーデニング」だが、こちらはそんな訳には行かない。樹齢2000年を誇る山梨県実相寺の神代桜を樹木医が蘇らせる番組をNHK・TVで見たが技術に感動した。私も5年前の春に訪れているので内容が更に良くわかった。神代桜はここ数十年傷み続けおびただしい程の棒で枝を支えている。最近、樹木医が手掛けた事は根に寄生するナントカセンチュウという虫が原因で4年がかりで根周りの全ての土を入れ替える作業をした。均等に8等分した根の周囲を対角に2箇所ずつ土を入れ替え4年で終了。そして今年、4年前に最初に土を入れ替えた部分を点検のため掘り起こしてみると弱っていた根は見事に蘇っていた。

▲修復は一本一本の根に乾燥ミズゴケを巻きつけ土を入れ替えるすごい技術だった
庭や店先を花で飾りたい。昨年もそうだが花植えの4月はせわしなくて花屋で苗を選ぶ余裕がない。今年は止めにしようかとも思ったがそれじゃあ寂しい。一度植えてしまえば秋まで楽しめるのだから一汗かこう。花苗売り場は今年も新種があり手入れが要らず早く花が咲き、いつまでも持つという安直な日本人向けの商品が開発されている。そうゆう新種はきっと値が高い、私が今年も選んだのは第一にベコニア。これこそいつまでも元気で苗も安い、しかし、今日の売り場のベコニアはすでに売れ残りが数苗あるだけ。すでに皆4月に植えたということか。

▲久々の庭仕事は重労働に感じるが我が家に戻った時この花と猫が迎えてくれる
昔、そう25年くらい前に東京目白の雑司が谷鬼子母神の境内で、寛永年間より営業しているという駄菓子屋を目指してバイクツーリングした事がある。低い軒の奥に90歳過ぎのおばあさんが元気に商売していた。今日の駄菓子屋は桐生市東久方町、私の実父の生まれ育った土地であり懐かしい店先にひかれ入ってみた。80歳は過ぎているだろうか一人暮らしだと言う主は店内をやっと歩いていた。病気障害があるが長年経験した店だからリハビリのために閉めないと言う。もちろん駄菓子の利益では生活はむりでlこれを閉めたら社会からの接点が細くなってしまうから毎日開けるのだという。

▲駄菓子を買う子供自体がいない時代に貴重な存在、懐かしさと健康のためにも続けてほしい
まあ、良い経験だけどビリヤードのキューというスティックもボールも生まれて初めて触った。世間のゴールデンウィークもあと三日、昨夜突然GS1は「GWなんだからどこかに連れっててよ」と言い出した。今更なにを言うんだ。こちとらサラリーマンじゃないんだぜ。だいいち、お前、中学生だし部活があるだろう。なければチャリンコで友達と遊びに行っちゃうじゃないか。とあっさり断るのも知恵がないと思い「どうすればいい?」聞いてみた。仕事ばかりじゃなくたまには付き合って欲しいのかも知れない。時々、友達同士でも来るというビリヤードに連れてゆかれ始めて玉突きなるものをしてみた。

▲昔から風俗的な感じで足が遠かったが、休みの群大生が20人ほどで楽しんでいた。
知らないというのはコワイものでツヨイものでもある。この「興味しんしん」も2年半以上が経つが読む人が不親切なのか、しらんぷりしているのか、知って陰で笑っているのか、私と同じに知らないのか、いや、殆どの方は分かっているが大人だもの言っては失礼とガマンしながら読んで頂いているのに決まってる。友人のSは以前から私からの手紙などについて添削忠告をしてくれる。事実私は文法など分からない。句点、読点の使い方もかなり悪いようだ。新聞や小説を手本にしろとも言われた事があるがどうも基本がなってないようだ。本当に心配してくれているようで昨日「勉強のためにこの本を見つけたぞ」とプレゼントされた。もちろん英語など知らないのだからせめて日本語はしっかりしておこう。

▲パラパラ開くと「文章講座」ではなく、ずーっと下の「作文」という初歩からのお勉強、面白そう。
今日だけは画像が変形の縦使いになる。一般朝刊の地方面にはすでに出ていたが桐生のタブロイド版地方紙「桐生タイムス」の第一面が富弘さんの事で埋め尽くされた。ひとつは私も行くが今月13日にオープンする熊本県芦北町の姉妹館「星野富弘美術館」の事。そして3分の1が群馬県で7人目となる名誉県民候補に選考されているという事。これは嬉しく、すごい事だ。これまでに二人の首相経験者や文化人が選ばれいるが小寺知事も熱烈なファンで推薦者のリーダーかもしれない。芦北町の美術館OP前にタイミングもよかった。

▲タブロイド版だがこんなことも珍しいだろう
5月のスタートが夏日の29度、GWは中盤で仕事をしている企業もあるのだろうか富弘美術館への来館者もやや閑散ぎみ、本来美術館とは静かに鑑賞するためだから、こう在りたいと思うが富弘美術館は混雑が普通。新館オープンから1年、私も新しい美術館スタッフの顔を覚えるのに忙しい、同時に私たち囲む会とは別にサポートボランティア(SP)を旧東村の時にスタートさせたのでこの方たちとの交流も始まるだろう。そのSP登録のMさんとメールと電話で久々に美術館で会うことにした。彼女は熊谷市から同窓会の流れで友達を案内してきた。

▲GWの最中、今日の来館はゆったり鑑賞できラッキーかも
