2007年1月アーカイブ
1週間にこれだけの卵が必ず来る。先に亡くなった母が10年も前からイトコに頼み届けてもらうシステム。イトコが頼まれた件数だけ農家から直に買ってくるので品物は良い。但し、卵ケースの1プレート分、40個である。10年前は理容店のスタッフが寮生活をしていたし家族も多かったから消化できた。ここ数年は一生懸命食べても4~5人の家族では食べ切れない。独立した息子たちが持って帰るからバランスが取れてきたが最近キッチンに立ち、特にGS1の朝食作りには欠かせない食材になった。卵ほど熱を加えると即座に変化するものも少ない。最近のお気に入り卵料理はオムレツ。

▲卵レパートリーは増えたが割り方が下手なので殻のカケラがよく入る事がある
早朝体操、モーニングスイートの主宰者Y先生は私が知る限り無休で陸上競技場にきていた。昨年2月に体調を崩してから約10ヶ月競技場に来る事はなかった。昨年末から時折来ていたようだが、皆の前に出て挨拶や毎日のスピーチをいていたものが今はない。とてもナイーブな方のようで気負い「励ますと出て来なくなる可能性もある」というのでY先生が目立たない黒目のトレーニングウエアと帽子を深めにかぶっている事はわかっていても声を掛けないのが暗黙の了解のようだ。それでも80歳を過ぎたお体を奮い立たせる精神はさすが海軍上がりだ。

▲30分で修了、皆が帰るのを競技場入り口で見送る先生の姿
今でも温泉ブームだろうか。世の中の生活はキビシイといっても、どの町を見ても官、又は民営で大きな“銭湯”があり、何れもリーズナブルな料金で誰でもが楽しめる時代ではある。暫らく桐生市にはこの手のいい施設が無かった。私は労働もしないのに風呂に入りに行くのは罪悪を感じてしまうので、入る機会がないが今朝はサロンのチラシを置かせてもらうお願いで、立派な温泉施設“湯らら”を訪れた。10時のアポだったので5分前に到着、すると次々と開場を待つように車が入ってきた。さすがに若い人は見かけなかったが快適な設備の中で半日もいたら幸せだよ。日本は豊かだよ~。

▲地元のパチンコメーカーが造った「湯らら」はすでに開業から5年が経っているという
それはどこでも新人には親切で優しいに決まっている。入会というか入団というのか判らないが、3日間の研修を受けた事で一応の終了を見たようだ。各セクションで友人Kさんの他にも様々な方が私たちの世話をしてくれる。10年前の日創研を思い出すな。あの時は3ヶ月間を受講した後、完全なお手伝いに廻って体験した事のない真剣な体験をした。未だにあれ以上の真剣さを実感した事はない。今回は崇教真光なので違いは大きいが共通点も多い。最終日の今日は前橋。桐生からお手伝いに来たYUちゃんは保育園の保母さんでGS3の錬君の先生でもあった。だからKさんの息子、直くんや錬君を通して私が“master”である事は周知の事のようだった。

▲そういう事じゃ記念写真を撮ろうか、でYUちゃんとツーショット
昨日、今日、明日と三日間の研修が続く。朝9時集合、夕刻5時過ぎまでびっしりの講義でかなり疲れる。これは友人Kさんが以前から薦めてくれている崇教真光だが彼を尊敬し、信じているので勉強してみる気になった。昨年11月に受講し始めたが1日目が終わった時に母の葬儀になって中断、昨日からやり直し研修を始めた。昨年1日だけ受講した時は畳に正座の時間が長くめちゃくちゃ足が疲れ、3日間持つだろうかと心配だったので伝えたら、長テーブルと折りたたみイスの席を用意してくれた。今日までの2日間は桐生市、最後の明日は前橋までKさんと出向く。Kさんも私のために3日間を作り、付き添ってくれ大変だったろう。ありがとう。

▲私以外は平机に座布団、私の席は右の最前列に椅子を用意してもらった(休憩時間に撮影)
この写真をどうしたものかと暫らく考えた。2月8日に大間々の松崎さん主宰の「郷土を美しくする会」で「日本を美しくする会」の鍵山秀三郎さんがお出でになり、当日の午後大間々南小学校で子供向けトイレ掃除の実習をするという。「山岸さんも指導を」と言うことで普段は参加していない大間々駅公衆トイレの掃除にトレーニングさせてもらった。会員にはなっているが1年ほど前に数回参加させてもらっただけで不熱心である。だからHP虹の架橋の中の写真も今回もかなりズズシイのではないかと。まっいいか、金曜の真向法教室の時間が空いたから、少なくも月一くらいは参加できると言うことで自己了解。

▲私を含めて6人で30分ほど、さっぱりした後のカップ味噌汁のうまいこと
今やまさに水を買う時代になってしまった。20年以上も前になるだろうかフランスのボルヴィックやペリエ、エビアンなどのミネラルウォーター、日本ではハウス食品が「六甲のおいしい水」などを売り出した。私はハナから水なんか買うものか、結構桐生市の水はうまいぞ、と思っていたが特に渡良瀬川から取水する水は危険であることが判った。サロンは蛇口にコンパクトタイプを、自宅は昨夏ビルトインでしっかりした物を取り付けた。サロンのものはカセット部が交換時期に来たのでホームセンターで買ってきた。同じ取り付けタイプで3種のグレードがあった。最廉価版はカビ臭、にごり、など3項目のろ過能力、チト高いが価格2.5倍タイプはトリハロメタン、農薬など13項目が取り除けるとしてある。

▲健康に関わるから価格で決めるわけには行かない
9時に終わるGS-1のバドミントンクラブ迎えの帰り、先輩の3年生の進路が決まりつつある話になった。想いをかけて受験準備する先輩、バドミントンの特待で入学が決まっている先輩など様々なようだ。「お前もバドの腕を上げて特待生で高校にとってもらえば学費が助かるんだけどね」と言ったら「オレ、いま部活で最下位だよ」と来た。「えっ、だって部活の他にこうやって水、土曜日の2回バドミントンクラブへ来てるじゃない」「うん、コーチなんかに気迫が足らないって言われる」そうか、同じような事を卓球の長谷川さんにも言われたな、器用だから取りあえず形にはなるがプラスアルファの気迫が無いのか。気迫は売ってないぞ。

▲終了のスピーチでコーチの方たちはきびきびした行動、気迫の事をよく話している
イトコ?ハトコ?良くわかんないけど親戚。「おばあちゃんが亡くなったんだって?」市内に住むが訃報が伝わらなかったようで風の便りに聞いたと兄弟3人で来てくれた。ここでも叔父さん、叔母さんの話になると頭の中で家系図を広げないと話のつじつまが合わなくなる。で、兄弟三人のおじいさんが昔、菩提寺に歌碑を奉納したのを見たという。それじゃあ墓参ついでにそれを見に行こうと菩提寺に連れ立った。長女の昔の記憶で「この辺」という所を丹念に見たが、それらしいものは無かった。念のため500mほど上の別のお寺も見たが「ここじゃない」と言い出した。ハテサテわかんない。父が帰ってきたので聞くとそれはおじいさん墓石の横面に彫ってあるものだと判明した。独立した歌碑ではなかった。

▲遠い親戚でも長男は私と同級生という不思議(大善寺本堂前で)
主役は携帯電話じゃなくてストラップの方。若い人のストラップは様々なものが付いて、すでに本家の電話よりにぎやかになっている。携帯ストラップといえば最近、藤原紀香と婚約したお笑いの陣内智則の古いギャグを思い出す。ケイタイの忘れ物が多い駅で、持ち主から問い合わせの電話があり、目印に自分のケイタイに付いている様々なストラップを言ってくる。「カメラの付いているやつです」「ほとんど付いてるよ」「カメラ付きのじゃなくてストラップにカメラが」「あぎゃ、一眼レフかいな」。それほど若者は様々なものをつける。私の場合は探し物、クリップをシャツのポケットなどに止めればラセンで下までは落ちないという物。このクリップの機能が“折ればワニ口が開き、元に戻せばシャツを くわえる”仕組み、ところがこの便利な機能クリップつきのストラップが売っていない。すでに6店舗を見たが写真のものはレバー操作が必要で片手では使いにくい。

▲二つ折れ式クリップのケイタイストラップを探しています。ご一報を
この冊子は「OKバジを支援する会」の会長T氏がまとめたもの。昨年11月に亡くなった三宅島のK先生とのこの1年余りの手紙のやり取りをまとめてあった。2004年、バジの活動を見るために9名でネパールの奥地ドリマラ村までの旅にご一緒した経緯もあり、その時はGS1共々お世話になったものだ。T氏のまとめた冊子を開くと冒頭、古いモノクロの写真がある。30年以上前のK先生の4人家族のスナップ、その後は2人のお子さんとはうまく行かなかったのか晩年まで長い間ご夫婦だけの生活だったようだ。毎年6月ごろバジの帰国に合わせたOKSSの総会で沢山の会員がバジやT氏を囲んで歓談した時、T氏と同級のK先生は私の近くでポツリと「俺はなにをしていたんだろう」ともらされた事が思い出される。

▲もしかしたら人と人の繋がり方の未完を感じていたのだろうか
NHK-TV朝7時半から始まる「おはよう日本」のクローズアップで新宿駅東口を毎朝掃除している上智大学の荒川祐二さん(20)を見た。人気の少ない6時から40分ほどかけて膨大なごみを集め分別処理する。親の仕送りで何の不自由もない生活を続けている、ある時「自分はこれ良いのか」と考え掃除を始めたという。私の尊敬するみどり市の松崎さんも永年公衆トイレ掃除をしているが松崎さんと同じように社会貢献の意味や感謝の心を学んだという。数週間続けていると一人二人と若い賛同者が現れ、行動を共にする。私は番組中、TVの中の若者たちにありがとう、ありがとう。と思わず口から出ていた。

▲通勤や通学で多くの人が動き始める頃、膝をついてごみの分別をする荒川さん(NHKテレビより)
私が所属するハイキングクラブMMCの2月例会は筑波山へバスを利用して行くと決めてあるが締め切りの今月18日になって大型バスを借りるほど参加者がいない事がわかった。こんな訳で会長のS氏はいつも苦労する。マイカー利用がいいのか、バスをチャーターが適切なのか、天候が悪かった場合など多くの問題を会長に頼りきってしまうため大変な負担を掛けてしまう事になる。いいプランの時はバスを2台も仕立てた事もあり、今回の企画で参加者が少ないのは私たちの企画力不足と反省、バスを中型に変更し、サブコースで真壁のひな祭りや雨引観音など魅力的な材料を加えリメークで再アピールする。

▲とりわけ真壁の蔵の町ひな祭りは筑波のハイキングより楽しみだな
こんな一時があってもいいものだと感謝した。GS-1が風邪で休んだので昼は父と3人分の用意をし、5箇所の用件と買い物を済ませサロンに戻りDMの材料作り。そんな中、突然も突然、サロンのお客様Hさんが昨日、小学6年生の娘さんがクラシックバレエをしていて18日に太田市で出演するという。Hさんのすすめもあり初めてのクラシックバレエを見る機会が生まれた。18:30開演に2分ほど遅れるとHさんはホールの受付で待っていてくれた。写真やTVなどで一場面程度を見るだけと本物のバレエを見るのでは正しく違う。比較的少ない衣装、殆どない舞台装置、人間の極限の運動美を芸術的に高めた仕事に感動した。

▲20人ほどのチームの中で小学生はただ一人、お嬢さんは合宿生活をしているという
最近、市内に真新しい新型クラウンのパトカーが走っていると思っていが、そのパトカーがサロンの駐車場へ入ってきた。降り立ったのはヘアーズの昔からのお客様であるHさんだった。私たちがまだ結婚間もないころHさんも警察官になりたてで、しかも結婚準備のため、お二人で来店してくれたのが初めてだった。あれから35年以上がたった。だからHさんは今年の春で定年を迎えるという。最近はヘアーズで会う機会もないので来た事のないサロンへパトロールの途中寄って顔を見せてくれたという訳だ。う~ん、寂しいけどお目でとう。しかし、これからが問題、毎日しっかり運動をしないと糖尿病予備軍はすぐ正規軍になっちゃうよ。

▲予備軍食事を完全管理され、コーヒーシュガーも使わなかった
皮膚の保湿性は個人差があり冬でもアカギレのない人は保湿性が良いと言う事になる。私はかなり保湿性が悪く20年も前から冬の乾燥期は手や足が乾燥して痒くなる。特にストーブなどに温まると乾燥が進みもうたまらない。そんな時はズボンをまくり上げ掻くと店の若いスタッフから「怪獣ボリボリ!」などと言われた。痒いくらいならいいが踵などはひびが入り切れ目が入り傷口が痛い。こんな時は傷薬として使っている瞬間接着剤で塞ぐのが一番いいから永年カカトのひび割れ対策はこれで対処してきた。ところが今年はカカトばかりじゃなく写真で指す部分もアカギレとなりアロンαのお世話になっている。たっぷり水分は摂っていても乾燥肌は治らない。

▲足をお湯などで温め静かにアロンαを塗ると、即座に痛みと痒みは消える
昨年末の陽山舎整備の続き。小屋の床下物置の不要品を片付けたが最大の難所は“陶器”、これは18年前に自宅新築の際、かなりの食器が不要となり本来なら処分したかったのだが捨てないと言うことになった。ただその数はハンパじゃなかった。徳利が30本とかジョッキが40個、猪口やぐい飲みの数になると100個単位、タンブラーも皿も数十枚単位で、まるでレストラン並み、使う目的もないし新築の食器棚に入る数ではなかった。仕方なく陽山舎の床下に一時保管という「処分」の形をとった。18年が経った訳でさすがに不要であろう。陶器だから使えば使える。しかし色柄やデザインが今風じゃないから人にあげても喜ばれないと判断し、早苗ちゃんのお父さんにトラックで手伝ってもらい床下から出して袋詰めにして焼却場へ運んだ。その重さ260kg

▲荷台から廃棄プールへ袋に詰めた食器を投げ込むともったいない空しい音がした
2日続きで喪服姿を掲載するのは心苦しいが、たまたま、葬儀と我が家の法事が連続してしまった母の四十九日、お棚上げ(納骨式)である。正確には12日なのだが今の法事は結婚式などと同じように土日曜日と相場が決まっているようだ。実質この51日間を父はよく祭壇を守った。毎日何度と無く経を上げ母に話しかけていた。人事ではドライだったから、お寺の総代をやっているくせに無信心で天や神に通じるわけがないと決め付けていた。それが身に降りかかると父もこんな所があったのかと思うほど天や神に念じている。四十九日はひとつの区切りで遺体に次いで遺骨とも別れることになるが住職も心配していて元気に生きる事が何よりの供養と結んだ。

▲納骨は寒風のなかで行った。51日間我が家に安置した母の遺骨を父は土に戻した
今、私が在るのは両親がいたから、その両親にも兄弟がいる。実母側の兄弟は健在だが実父の兄弟は2日前に亡くなった叔母さんを最後にいなくなった。早くに実父を亡くした私たち兄弟は特に父方の親戚とは疎遠気味で顔すら分からない人もいる。こんな事だから昨日今日の通夜、告別式でもしらけたものが出来てしまうし残念でもある。考えてみれば実父の兄弟構成もはっきりしなかったのだ。これではいけない。斎場でイトコとこの事について話し整理してみる必要があると思った。そう、俺のルーツ、先人の事を何も考えずに何の己かな、最後の叔母さん亡き後、やや遅い感もあるがこんな風に考えられるのも叔母さんのおかげ、叔母さん安らかに。合掌

▲はっきりしないがこの内の殆どが親戚や従兄弟などである不思議
色々な事が重なる日だ。女房殿の誕生日、これは携帯のスケジュールに入れておいて朝の携帯チャイムで「おめでとう」を忘れずに言えた。これで一件終了。オーラ化粧品スマイルクラブの支払日、そして11月に亡くなった母の四十九日、更に昨日叔母さん逝去の告げがあったので今夜は通夜、その間をぬって料理のお勉強、昨年10月公民館主催の「男の料理教室」終了後8名で結成した料理クラブ「厨房の男たち」の月例会。すでに3回目の例会だが、いろいろあって今回が初参加。今回からのI先生も純正な食品の推進者で今日のレシピは血圧をあげない減塩料理、特に中国製の生鮮品を使うのは危険だと言っていた。私も中国ファンではあるが野菜の中国製は避けている。

▲I先生は体操の指導もしていて始める前には必ず血圧測定をするという。
年老いた母と懐かしい童謡を一緒に歌っていたら「何か伴奏があったらいいだろうな」と考えアコーディオンを始めたという。なんて取っ付きのいい人なんだろう。私の実母も施設で昔の懐かしい歌なら、それとなく口が動いているから歌うことは楽しいんだろう。Kさんの発想はもちろん自分が楽しくなくっちゃダメだけど、お母さんを楽しませたら他の人にも楽しんでもらえるという事だからすばらしい。サロンの施術後のティータイムで備え付けの富弘さんの本を手にしながら、やはり富弘さんのファンらしく今の寂しい心の子供たちに是非読ませたいと力説し富弘さんのように前向きに生きればこんな素晴らしい詩も生まれる。だから私も人の為と私のために一生懸命に生活するの。

▲足が痛いといったら薦められた水泳もすぐに始め、2ヵ月後には改善したと体験を披露してくれた
ネットショップで探しても無く、量販店でも店頭には並んでいなかった。でも、蛍光灯を買うついでに一応尋ねてみた。すると「製造終了品ですが1台だけあります。」カタログには載っていても生産数の少ない機種は買えない場合もある。写真奥のEX-Z500は「興味しんしん」の取材に毎日活躍している相棒でもある。使い勝手が良いのでZ600、Z700となってもデザインは今でも同じだ。ただ欠点はモニターが大きいためファインダーがない事、これは天気の良い野外ではまったく見えないので困った。今どきの新機種は皆このタイプでファインダーがない。で研究して探したのがZ-850、なんとマニュアルにも使えるという希少種、これが使い勝手のいいカシオだから気に入った。前機種は明日からサロンの業務用として活躍する。

▲厚みは3.2ミリ多く、むしろホールド性もいい、おまけにマニュアル撮影も楽しめる
整理整頓は能力のうちだと思うが意外と評価されていないと思う。この写真はヘアーズのバックヤードだが整理整頓した後である。というのは一日前まではこうではなかった。女房は以前からこの部分が気になると見えて整理整頓を提案していたが、私も提案だけしておけば良いと思っていた。それもほとんど否定されてしまったという。では仕方ない私がやると女房は錆びの出たロッカーの塗り替えにかかった。昨日、陽山舎で作業している私に電話で、「スプレー塗装の仕方」を聞いてきたのでスプレー缶を湯で温め一方方向に水平にと説明しておいた。帰って見ると錆びの出ていたロッカーも再生され棚も整然と並び終わっていた。すごいね、これを自主的に出来るようになればいいのだが。

▲真新しいアイボリーのロッカーに生まれ変わり整然とした。
昨日の天気は全国的に荒れ、所によっては台風並みの被害も出たようだ。桐生市も2日続きの雨で時折みぞれにもなった。サロンでは朝から店内の一部をリフォームするため業者さんが入っている。確認とお茶を入れてから、昨日の天候で雪に覆われた陽山舎へ出かけ、物置場の整理に着手した。持ち込んでみたものの十数年に一度くらい使ったきりで錆びたり腐ったりの物が多くて、ただのごみ置き場と化してしまった。これが小屋の床下にあり140~160cm位なので腰をかがめての作業となる。古い草払い機や小型ボイラなどの重量物を運び出すのに苦労した。結局、焼却場へ運んで処分するものや、燃やすものが殆どで物置には物を置かないのが一番と判った。

▲昨日の雨はここでは雪だったようだ。美しい雪景色にしばし眺め入った
無病息災を祈念した春の七草粥の風習が市内川内町の寺で延々と引き継がれている。毎年正月七日に行われているのは知っていたがS氏が誘ってくれた。早朝6時からなら私の生活習慣に合っている。S氏は崇禅寺の本堂内に私を座らせてくれ厳かな儀式を見る事も出来た。僧侶がしばし経などを唱えた後、地元の今年の「長老」が大きなまな板で七草を刻む、長老の歌う後から唱和して♪七草ナズナ、日本の~♪と歌うと程よく刻み終わり、それを大釜に投じて式が終わる。境内に出て用意されたきれいな椀に粥とおしんこを戴き無病息災を祈った。昔ながらの風習、習慣いいもんだ。

▲この後は寒い境内に出て温かい七草粥を皆で戴いた
持ってみるとずっしりした重量感もある、道具のデザインとしていいな、アルミダイキャスト製で出来もよさそうだ。カッターも実用本位だけのデザインじゃなく、こうでなくっちゃ。私も欲しくなったので、しげしげと見て機能を探った。上面のレバーを押しながらスライドすれば刃が3cmほど出たり収納されたりする。では、切れなくなったら刃を折ってどのようにするのか、中央にあるネジ以外に開くような所がないのでドライバーで開けるとご覧の通りでガッカリした。折刃式ではなく専用の刃を固定するものだった。ここは汎用になっている折刃のLを使っていればスグレモノだった。残念。

▲さらに言えば開閉ネジはドライバーを使わずコインで開けられたら便利だと思うよ~
昨日の座間峠ハイキングでもTちゃんがパイナップル入りの「新きんとん」を皆に振舞ってくれた。今までに食べたことのない新しい食感でうまかった。材料の使い方などでいく通りもの道具や食べ物が生まれる。これはコピーペーパーの切り落としだがサロンでも時々このような物が出る。友人Sは廃紙をこのようにメモ用紙にして使っているというので私もこの方法でメモ用紙を作る。同じ大きさの紙を輪ゴムやクリップで留めておき一箇所の小口に木工用ボンドを塗る。こうしておけば背表紙を付けなくても一枚ずつのメモ用紙が使える。

▲この場合はあらかじめ両方に塗り、ボンドが乾いたら中央でカットすれば2個になる
桐生市の最北、梅田町からみどり市の東町へ通じるハイキングコース座間峠。MMCクラブ員7名で林道ゲートの鍋足までタクシーで乗り入れ、今年初めてのハイキングをした。登山口で数名のハンターと遭遇したがイノシシと熊を捕るのだという。趣味も数々あるが、あれほど趣味の悪いものは無いと思う。やや批判的な質問をしたら「あなたは肉は食べないのか、魚を食べないのか」と来た。そりゃあ、違う。魚や肉を売ることを生業としている者と遊びで自然界の動物を殺す物とスタンスが違うだろ。相性の悪い人種と分かれ、桐生川へ注ぐ沢を上り詰めて行くと誰のためにある訳でもない美しい風景に圧倒される。ハンターはこの大自然の美しさを判っちゃいねえな。4時間ほどで東町へ下山、会長がサンレイク草木のTさんへ電話するとマイクロで迎えに来てくれ、湯に浸かれた。帰路は1年に1度ほどしか乗らない、わたらせ渓谷鉄道で沿線の懐かしい風景を楽しんだ。イノシシ撃たれるな。

▲神戸駅でしばし、わた渓を待つ、こんなのんびりしたハイキングもいい
5日から仕事になるがまったく仕事から離れる5日は長い、今年は喪中で年始に廻る事も無く、訪れる人もない。子供夫婦たちは来るので家の中はせわしないが、そのまま4日を過ごすのではもったいない、折角だからゆっくり散歩でもしようかと慢性的運動不足の女房を誘ったら「うん、明日庭の掃除が終わったら」と二の次になってしまった。このような返事のときは積極的に散歩をしたいと思ってないのだろうから私はさっさと諦めた。なので午後からサロンへ出勤し今月から始める新技術のDM作りの打ち合わせをした。

▲仕事も大事だが運動する習慣つくりも大事と思ったのだが今回もスルリと逃げられた
年末に実母を訪ねたが、行ける時に会っておこう。静かな正月だが実母はすでに正月もお盆も認識していないかもしれない。施設の広間には大きく今日の日付が記されているから一緒に声を出して読もうといっても笑うだけで読み上げてくれない。いつかTVで元看護士だった認知症のお母さんの意識を確かめるためにペンを持たせたら「ありがとう、迷惑掛けてゴメンな」とゆっくり書いた。表向きは認知症でも脳の中は鮮明になっている事も多い。私も半分以上の期待をこめて一方的に天候の事、最近のニュース、家の中のことを話す。確実な返事はないがレスポンスの違いがちゃんとある。無駄じゃない。

▲こんな静かな天気だから外に出してやりたいが周辺環境が整っていない
実業団ニューイヤー駅伝が桐生市を廻るようになってから7年目、私とSの見物は恒例化した。例年は歩いて500mほどの桐生大橋を渡りきった場所で見物していたがSが力いっぱい走ってきた選手がタスキを渡す交代の場所を見ようという事で桐生市役所の前まで歩いて行った。確かに、ただの通過点と違い見る側も熱気にあふれ沿道は3重の人垣で小型の私には人垣がじゃまなので程よいフェンスに乗りこの写真を撮った。道路向かいに市のエラソーと思われる人達が市役所のゆったりとした構内で義務の見物をしているが一般市民の中で見ればもっと行政にも親しみが湧くのにザンネン!

▲義務や任務ではない自分との戦い、精一杯の力走で手渡す
