2007年6月アーカイブ
GC1のクラブ活動バドミントン、中学の部活動の他に、1週間に2回愛好クラブに出る。一応部活動とスポーツの為なら協力するよと言ってある。クラブ活動以外の愛好会には年に数回の「当番」があり、今日がそのひとつである。10リットルのジャグに氷入り麦茶を作り、当番預かりのシャトル(羽根)と備品袋などを持ち、練習が始まる前の5時40分には全ての準備を済ませ、体育館の舞台上で待機、少しは面白いが2時間半はチト飽きる

▲当番さんのために用意された椅子、疲れた~。
北海道の牛肉ミンチ疑惑の会社も腹が立つが、多くの業者が消費者をナメている。今日、オーラ化粧品を電話でご注文して来てくれた方はご年配でひとり暮らし、注文のあと雑談のなかでウォシュレットを交換したようで10万円以上かかったと言う。よく聞くと5万円程度の商品を取り付けたらしい。とくに年配の方はホームセンターなどで価格比較もしないから分からないようだ。太田市の娘宅で玄関ドアが壊れ、修理に3万円以上かかると言うので行ってみた。これは調整で直ると思ったが、ヒンジの構造が分からない。丁度娘の店のお客様が「俺が直してやるよ」と申し出てくれたのでお願いした。なるほどこの手のドアの取り付けは素人には分からない。結論は新築取り付け時点で不良、欠陥業者の仕事だった。

▲ガス会社の社員さんだが何でも出来る器用な人で、私も初めて見るヒンジ構造が勉強になった。
ず~っと以前の事である。ある家の主が亡くなり葬儀となった。寺に葬儀の相談や戒名の相談をしたそうな、現在の殆どの寺は、戒名は金額次第、ところがこの寺は違っていた。ず~っと前の話しだ。家族は、そこそこのランクの戒名を希望したが、お寺が付けてくれた戒名は最低のもので、故人の生き様をそのまま書いたものだった。ず~っと以前に聞いた話である。戒名の内容は「人として家族を大切にしなかったため大変な思いをした人を作ってしまった」と言うようなものらしい。これ以外の戒名はいくらお金を積まれても書けないとしたそうだ。今どき、なんと立派な回答だろう。ず~っと以前の事である

▲戒名の最高は院号や院殿となるが数十万から数百万円になるという。殆どが相応しくない金額を積んだ院号つき戒名が多いそうだ
近くのスーバーに早朝、荷下ろしを待つトラック。私がMS(早朝体操)へ行く時に見かける危険な光景、トラックの後部は完全に歩道の半分を占領している。その歩道を歩く人や自転車の人は怖いだろう。いつか事故にならなければ良いがと見ている。先月はお店の店長に直接伝えた。店長は「直ぐ改善します」と言ってくれたが2~3日はトラックの後部かろうじて構内に納まっていた。本来なら完全に構内へ入れてしまえば良いのだが、開店前の構内に入れられない事情があるのだろうか、ほかでもよく、工場などに納入するためのトラックが工場周辺で会社の開くのを待っている光景があるが、これは受け入れ側にある程度の責任があるのじゃないだろうか

▲ラチがあかないので会社へメールで事情を伝えたが、1日半を過ぎても回答なし
庭木の刈り込みと昨年、私がダメにしてしまった伽羅の木、18年で枯れだしたモミジを植木屋さんが抜根している。お茶の休憩に植木屋さんに聞いた話だが、この5年くらい温暖化のため、枯れだした庭木は多いそうだ。植物は正直で、例えば18年前に植えたモミジは栽培種であり、実生発芽の時はさほどの温暖化ではなかった。いわば北海道生まれが、生まれて直ぐに沖縄へ行って育つのなら良いが、北海道で育ってしまったものは沖縄では元気に暮らせない道理。今の温暖化は関東にも沖縄が移動して来た様なもの、逃げようの無い植物は環境に迎合できず枯れるのだそうだ。

▲いま苗木として育成している苗木は温暖化に順応しているから良いと思うと言っていた
先ず、島田氏の笑顔に満ちた顔と組んだ足を見て頂きたい。これは自信で喜びあふれているポーズです。一体なにが自信なのか、車のフロントグラスを覆うシートが島田氏の「発明」した商品名「KOUちゃんマジック」夏の日照りからフロント席の焼けるような熱を跳ね返す、凍てつく寒さからガラスの凍結予防になる。取り付けはシートを広げ車内でゴム紐の先端のフックを掛けるだけ。たたむと500mlペットボトルほどになる。カー用品店で、ありそうで無い商品。以前、話を聞いてはいたがこれはホントに良さそう。

▲試作中とか、売れたらいいね(7/16)
生まれて初めて冷麺を食べた。クラブ活動が休みなので部屋で勉強と称してゴロゴロしているGS1に今夜の夕食になにを食べたい?と聞くと冷麺と答えた。じゃあ近くのラーメン屋に行こうかと言うと、ラーメン屋のメニューには無く焼肉屋のメニューだそうだ。で焼肉飯店に行ったがメニューのお薦め通り焼肉を食べた後に冷麺を食べる事にした。TVなどで韓国の観光番組で見てはいたがステンレスのボールのような器に入った冷麺は決して美味そうに見えない。トッピングにリンゴのスライスがのって更に刻み海苔がのっていた。リンゴに刻み海苔という組み合わせを食べるには「エイッ!」と言う感じで食べないと食べられないよ。

▲麺は片栗粉で作ったような歯ごたえの悪い、決してうまい麺とは思えない。次回はパス
真向法教室、朝の駐車場で松崎さんはいきなり「山岸さん題字を書いて」とA4用紙取り出した。松崎さんが経営する足利屋、さくらもーるアスクの地域情報紙で「虹の架橋」は毎月1日に発行され、すでに142号に達している。地域内のイベント紹介、小耳にはさんだいい話、郷土を美しくする会のスケジュールなど、特にちょっとエロっぽい「靖ちゃん日記」を楽しみにしている人は多いはずだ。裏面半分ほどが店舗商品のPRで下手なチラシより断然効果的だ。その情報紙の題字を毎月、話題の人、松崎さんの多彩な交友関係の方たちが立派に書いている。今度は私に「題字」を書けって言うけど、そんなダイジな事をまかせてダイジョウブ?

▲下手はヘタなりに、とに角いっぱい書いてみた。自由で言いというので自由に書いてみた
練習中盤で皆がオドロイタ。真向法金曜教室でのOご夫婦は、奥様の方はかなり身体は柔らかいが、ご主人はチト硬い、私は補導体操のパートナーを努めるが足腰を補導するのに汗をかいてしまうほど硬いのだ。第三の体操ポーズは割座で足を折ったまま仰向けに寝る姿勢だがO氏は背中を床に付けることが出来ず、いつも背中に座布団を3枚あてがっている。ところが休憩時間に背後の座布団3枚を取り除き、背中がピタリと付いたではないか、あれほど硬いと皆が思っていたから大騒ぎの中、一斉の拍手が起こった。

▲突然の成功に奥様は嬉しくてサポートを始めた
早いもので、一人暮らしの長かった母は、介護施設にお世話になってから4年が経とうとしている。その間の母の家を、私の息子夫婦がそれぞれ2年ほど使い今は空き家になってしまった。家の活用には、どうしたものかと思案していたが私は母が健在のうちは空き家でもよしとしていた。そこへサロンの地主Yさんの息子Mちゃんが交際を長くしていた彼女とゴールインをするようだ。そして若いうちは、とかくお金がないのが当たり前、高い家賃のアパート代を払うより、私の母の家を借りたいと申し出てきた。Mちゃんなら断る事もない。彼の希望の借料で貸す事に決めた。

▲とに角母の意志が大事、母が全てを理解しなくても、私は一部始終を母に話し、貸す事の了承を得た
先日は我が陽山舎へOKバジと桜井ひろ子さんに泊まってもらったが、あの日私は夕方からビールを飲みっぱなしであった事と疲れた事、先のお二人は暗くなれば寝ちゃう原始人である事などから夜の8時に陽山舎の明かりは消えた。何れもたっぷり飲み食いしたから夜中に何度かトイレに起きたようだ。そのトイレと手前のドア2枚は巾が80cmもあって決して使いやすくはない。作ったときから「大きすぎ」と思っていたが宿泊してみると不便が身にしみた。思い切ってスパッと20センチ切ってしまった。切ってしまっても小口を処理して出来てしまった。20cm開口部の埋め合わせもしなくてはならないが多くの部材は充分に考えつくしホームセンターでカットしてきた。うちの奥さん見たらビックリするだろうな。

▲畳一枚ほどの大きさのものを真っ直ぐ切るには冶具などの設置が必要
サロンなど店舗には設置してあるが我が家のトイレは昨日までウォシュレットじゃなかった。「え~、シンジラレナイ~」なんて声が聞こえそうなほど普及しているからトイレ後進家である。いや実は新築の時に設計士に提案を受けたけど約20年前の時は女房の「そんなお尻に水がかかるなんて気持ち悪そう」の一言でボツになってしまった。16日にバジの懇親会を開いた野外活動センターだって全ての便器が洗浄式に替えてあったほどの普及ぶり、やっぱり、さっぱりしていいよ。時折ホテルなどでも設置してないところもあるがコレに慣れた日本人は世界に出ると情けないかも知れない。とりわけネパールじゃね。

▲よーく説明書を見て水道元栓を締め2階のトイレに取り付けた。所要40分だった。
これも恒例、OKバジこと垣見さんを朝送り出すときは、必ず島田氏が朝食を用意して来てくれる。しかも早朝である。昨夜は朝からバーベキューなどで疲れたとみえ私も陽山舎でスリーピングバッグにもぐり8時には全員が就寝した。正に登山した時の山小屋時間である。島田氏がKさんと朝食を用意して来てくれた5時に私はその声で起こされた。さすがに私は疲れていたのか、見るとバジなど3人はすでに起き散歩に出ていた。本来なら駅まで見送りをすべきだが今回は小屋の片づけで見送りは出来なかった。明日からのバジは連日4日間、都内の小学校での講演が待っている。

▲心づくしの朝食を皆で頂いた
昨夜はOKSSの会総会、講演会のあと恒例のバジとその仲間の親睦会を桐生市青少年野外活動センターで行った。例年から見ると参加者は少なかったが仙台の桜井さんや郷土を美しくする会の松崎さんなどが顔をみせ、たっぷりの歓談の時間をとった。午前にバジは富沢会長などと富弘美術館へ訪問、私は昼食兼夕食のバーベキューの集まりの為、陽山舎へ入り準備したがバーベキューの前に昨年ガンで亡くなった富沢さんの盟友でありバジの支援者でもあった三宅島の北爪先生(生家と墓地は粕川村)のお墓参りをした。バーベキュー会場は半数が私の家族なのでバジとOKSSの会の集い、それに息子、娘家族を交え家族サービスも兼ねた。今夜は陽山舎へバジなど4人で宿泊

▲北爪先生の墓参では富沢氏が何通かの手紙を読み上げた。
6月、7月はOKバジが日本中を駆け巡る。OKバジの日本滞在中はフルスケジュール、そして今年もOKバジが桐生に来た。この企画は1年前から決めたもので今日の13時からOKSSの会総会、そして14時から一般向けに講演をお願いしてある。会場は桐生市昭和公民館講堂でバジの報告会と講演、そして今年はやはりネパールのサチコール村へ2ヶ月間のボランティアを終えて帰国した桜井ひろ子さんの講演も続いた。数社のメディアが取材する中、報告会と講演の間に昨年バジが講演した大間々北小児童のカンパを6年生の長瀬君が代表で直接バジに手渡した。

▲長瀬君はバジからネパールの帽子をかぶせてもらった
レアスポーツ、エクストリームアイロニング。こんなスポーツがあるとは知らなかった。一見ばかばかしい光景だが真剣なスポーツなのだと言う。朝日新聞夕刊にこの写真が紹介されて小さな記事をみて、公式サイトを開き見るとすでに世界各地にその団体があるようだ。なぜアイロン?とも思うしその行為がなぜなぜだらけである。このスポーツに真剣に取り組んだいる人たちはキチンとした条件や理論を持っている。想像を絶する内容はサイトを見るに限る。へんな人の集まりには変わりない。

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このあたりも梅雨に入ったのだろうか、雪の少なかった冬だったので水不足が心配されるがカラ梅雨でない事を祈る。昨年はプランターなどへ草花を殆ど植えず夏の庭が寂しかったので今年は早くから植え始めていた。手入れが楽で苗が安くて晩秋まで咲いているベコニアを気に入っているが5月のヒョウで葉を傷められたものは元気なく、3株はだめになってしまった。ペチュニア類など元気に咲いているものでも強い長雨には弱いようだ。花屋を見ても雨になると大急ぎで屋根の下に仕舞いこんでいる姿をみる、先月のヒョウ害で参った経験で移動できるプランターは木の下などに分散して避難した。

▲一部はへ玄関先に一時避難、これが水を含んだプランターなので結構重い
昨日、陽山舎の草払いは約3時間、今日は4時間だからまる一日仕事となった。草払い機のガソリンも3回満タンにして使い切った。帰ってから父に終わった旨伝えるとビックリしていた。3年ほど前までは殆ど父の仕事で1500坪ある山林の1000坪ほどを草払いする事になるが1週間掛かったそうだ。それを私は、ほぼ1日で刈り払ってしまったわけだからビックリする訳だ。私の性格は“せっかち”なんだろうか10分ほどの昼食休憩以外まったく休む事なく作業してしまった。父の刈り方ほど丁寧じゃないかも知れないが見苦しくない程度に刈ったからいいだろう。

▲こうして遠目に見ればきれいに草払いできたもんだ、中央広場は陽を遮るグリーンドームとなる
OKバジが来ると言うのに関係する人が何人も怪我状態で困った。ひとつにはバジと2日目を過ごすT・H氏の山荘だがT・H氏が山荘で足を痛めて準備が進まない。で、ほぼ隣の私の小屋を使うことに決まり、半年使っていない山の手入れをする事にした。先ずは延び放題の草刈、草払い機で2時間も動くと汗びっしょりになった。休憩で手や顔を洗おうと外水道を使おうとして近づくと「ありゃ」と唸った。蛇口を誰かに取られたようで元栓を開くと写真のようになる。誰が何の為にいたずらをするのか周辺を見ても落ちていなかった。

▲近くに私も好きなプレーンクラッカーの空き袋数枚があった。犯人はクラッカーの好きな男か
昨日に続き手作り工作。DIY = do it yourself 日本的に言えば日曜大工、しかし日本では欧米ほど自分で物造りをしないようだ。ホームセンターには良い素材が沢山あり手にとって確かめる事も出来る。今日挑戦したのは引き出しレールの取り付け。マイミシンを使う為の移動テーブルは一昨年買って、使いやすい様に改造しているがミシン本体を仕舞っておく右下の部分は普通の扉だったので4kg以上のミシン本体を滑り込ませるのは楽ではない。そこでDIY、初トライの引き出しレールを使ってみた。

▲480円の部品と板だけあればミシンを載せた台はスルスルと出し入れが楽になった
机上をいろいろいじるのが好きだ。自宅のデスクトップパソコンはTVチューナーつきでワイド画面が気に入っている。モニターにチューナーが内臓されているのでシッカリしたスタンドが付いている。しかしそのスタンドが狭い机上ではじゃまになる事もしばしば、で、モニターを壁に掛けようかと考えたがこれが一番簡単で良い方法だと思った。建築用の接続金具(羽子板)は12ミリ、30センチのボルトに鉄板が付いているもの、その鉄板に取り付けアタッチメントをビス止めして机に12mmの穴を開け直接取り付けた。スタンドがないので机で他の作業や本を広げる時はキーボードをモニターの下に押し込んでおけば広々快適な空間が出来上がった。メデタシメデタシ。

▲建築接続金具80円、ボルトワッシャー15円也とはとても思えないスマートさ
もう一人の神様、サチコールの桜井ひろ子さんが帰ってきたようだ。保育園の園長を定年で終え、回を重ねるネパールサチコール村への旅から2ヶ月ぶりに帰ったようだ。彼女これまでのサチコールでの滞在を一冊の本「花のかあさん」にまとめた事がある。OKバジ同様その現地にどっぷり浸かり特に子供たちと過ごす、そのスタンスは日本での子育てとは一味も二味も違う環境で時には逆に育てられるから楽しいと言う。楽しいから続くのだけど水の少ない生活に愛情こめての逗留は頭が下がる。

▲写真の注釈に「一目で水の少ない苦しい村である事が分かります。この瞳の奥の思いがわかる人でありたいと思います。」とあった。
この番組を見た人は驚いたのではないだろうか。NHK-TV今日の正午過ぎの番組で新ヤスシ・キヨシの漫才をやった。キヨシは健在だがヤスシは数年前に他界しているので新ヤスシまったくの別人がリーゼントのカツラ、伊達メガネをつけての登場、漫才のやり取りが往年の“やすきよ”そのままのスピーディーなボケと突っ込みで息はピッタリ、良くぞここまでやすしを研究したものだと感心してたら相手のキヨシもポンポン出るアドリブにもヤスシのようなレスポンスがあるので生きているようだと感心していた。なんと言う芸人か知らないが子供のときから、やすきよファンでモノマネをして各地で好評をはくしていたと言う。また見たいNEWコンビである。

▲私も見ていて文句なしの“復活”に走ってカメラをとってTVの前に戻った。NHK-TVより
たしかに最近は部屋の大きなガラス窓を掃除する回数が少なくなったかも知れない。女房に言われて気がついた。掃除が嫌いなわけじゃないし合理的な掃除は得意でもある。原因は趣味の“料理”だった。キッチンや食材の事に気をとられて他が抜けていたってわけだ。思い切って暮れの掃除並みのスケールで大窓、小窓、年に1回くらいしか洗わないシェルウインド、そして食堂の採光窓、ここは3枚の大きなアクリル板を外し高い脚立の上に立ち天井の埃まで掃除機で吸った。その際にみえたものに驚いた。梁と柱を留める「羽子板」というスガイのような金具のひとつにボルトが通ってないのである。いわば手抜き、私の見る限り大きな力の加わる場所ではないので多分大丈夫だろうが気持ちは悪い。

▲とうに保障期間は終わっているが建設会社にはクレームを出そう
4、5日と熊本県芦北町にいた。坂田燦氏の個展鑑賞が目的だが5日の余時間に坂田氏は隣町の水俣市まで車を走らせてくれた。昭和40年代に近代最大の汚染公害として騒がれた。何でもそうだが、どんな痛みでも時間や時代と共に忘れ去られてしまう。そのために貴重な証拠や資料を保存し後世に訴え、語り継がなくてはならない。2日の土曜日の朝の水俣の語り部杉本栄子さんがTBSラジオに出演していた。ある日突然家族に水俣病が発症する。当時は原因が突き止めれず奇病扱いされ近所の住民だけでなく親戚からも冷たくされこの町から出てゆけと罵られ家に石を投げつけられ雨戸を閉めて開けるなと言われた辛い想いを語る。

▲せめて言い返したいと言うと杉本さんの父は「やめなさい、昔はみんな良い人だったのだから」と、資料館に語り部杉本さんの手書きがあった
午前にまた、つなぎ美術館や星野富弘美術館へ寄り、竹崎芦北町長を表敬訪問した。11時の約束に少し遅れて入ってきた町長の話題は豊富で1時間に及び歓談をした。今回の熊本の旅の目的は三つ、ひとつは坂田氏の個展で原画を見たい事。芦北町星野富弘美術館へ島田氏を案内する事。竹崎芦北町町長に会うことで3人の友人に会える事だった。町長は坂田氏や木村館長が評価するように実直、謙虚、思いやりのあふれた人でナルホド町民から圧倒的な支持を受けている事がうなずける。星野富弘美術館周辺の住民によるギャラリー通りは美術館の盛り上げ効果があり町長も更に力を入れたいと語った。

▲帰りは副市長共々玄関まで送ってくれ見えなくなるまで立っておられた
熊本県立美術館で開催後、芦北町近くのつなぎ美術館で開催されている坂田燦の世界展を見るために島田氏と午前のANAで飛んでいった。5月に県立展へ富沢氏などと一緒に行きたかったが5月は都合が付かなかった。やはり行きたい島田氏の一声で6月に計画した。熊本空港には坂田氏の友人も待ち構えて一日行動を共にした。坂田氏は非常に歓待してくれ、教師初任地やゆかりのある他の学校まで案内してれた。坂田氏の美術教育にかける情熱は生徒に伝わり初任地の中学ではなんと全生徒の三分の一が美術部員だったと言う。

▲その情熱が芦北町に星野富弘美術館を作る原動力になっていった
MS(モーニングスイート)は桐生市が他市にない素晴らしいプログラムだと思う。私が出席するきっかけは4年前に「あなたの骨密度は非常に少ない」との検査結果から一念発起し通い始めた。早朝6時から30分のメニューは22年前から変わらず続いてきた。今日は記念式典で市からも関係者が挨拶に現れ、山田先生も久々に皆の前で挨拶をした。22年間には沢山の方のご苦労があり、おかげで私もこのMSで骨密度を回復させる事が出来た。マスゲームなどをして22回目の式典は1時間ほどで終わった。

▲前に出てストレッチの指導をする二人の体操の先生には別に感謝したい。
犬ほどではないが、この2年位すっかり習慣が定着し15歳の猫、ミミも私の動きが分かるようで朝の体操や真向法朝教室に出かけるときは静かにしている。体操から戻れば車の傍へ迎えに来る。ぬれティッシュで「さぁ、顔を拭いてやるよ」と言うと、おとなしく顔を出す。最近はトシだとみえて昼間の殆どをネグラで過ごすが毎朝のこの日課は私もミミも楽しみにしている。餌も1日2回、私が用意するが残さないパターンを探り当て写真のようなスタイルになった。餌の缶詰の半分をスプーンの背で潰し、周りに煮干を並べる。この量で周囲に煮干を並べただけできれいに平らげてくれる。

▲残せば他から猫が来て食べてしまう。これからはハエなどもきて不潔になるので食べ終わったら直ぐに片付けてしまう
昨年末に公民館の料理講座終了後に発足した男の料理教室「厨房の男たち」も半年が経過した。当初の会長Tさんが進学塾の先生業の他に4月から別の仕事も持ったため「厨房の男たち」の運営を出来ないと私に振ってきた。受けたがいろいろ不備もあり大変なもんだ。先月はDMでの講座案内が出来ず電話で連絡を試みたが幸いにも今日の教室には一人の欠席もなく受講でき来月の会費も納めてくれた。講座の品目も4品であったものを3~2品に減らし、実践向きに絞った内容にした。今日は“天ぷら”、野菜や魚では油の温度が違うので順序があり、野菜の中でも切り方や揚げる順序など奥は深く好評、中高年にはメニューを少なくし、じっくり覚える料理を目指したのは成功だと思う。

▲ピーマン2個にんじん5センチでも4人分の天ぷらにすると充分なボリュームとなった
