水俣語り部

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  4、5日と熊本県芦北町にいた。坂田燦氏の個展鑑賞が目的だが5日の余時間に坂田氏は隣町の水俣市まで車を走らせてくれた。昭和40年代に近代最大の汚染公害として騒がれた。何でもそうだが、どんな痛みでも時間や時代と共に忘れ去られてしまう。そのために貴重な証拠や資料を保存し後世に訴え、語り継がなくてはならない。2日の土曜日の朝の水俣の語り部杉本栄子さんがTBSラジオに出演していた。ある日突然家族に水俣病が発症する。当時は原因が突き止めれず奇病扱いされ近所の住民だけでなく親戚からも冷たくされこの町から出てゆけと罵られ家に石を投げつけられ雨戸を閉めて開けるなと言われた辛い想いを語る。
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▲せめて言い返したいと言うと杉本さんの父は「やめなさい、昔はみんな良い人だったのだから」と、資料館に語り部杉本さんの手書きがあった

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