葬儀に想う
やはり歳だろうか。最近、死について考える時、どのような時にどのような場所がいいのかと。その時わたしのそばには誰が居てくれるだろう。その時どんな言葉で別れを告げよう。告げられないかも知れない。誰もいないかも知れない。葬儀に誰かが弔辞を述べてくれるだろうか。無いかも知れない。そう、多くの葬儀が形式的な弔辞はあっても真の弔辞にはなかなか出会わない。ましてやわたし達の年齢の死は絶望ではなくすでに準備に入っている。一人が去っても半年も経てば忘れ去られて時は流れる。わたしがいれば良い事もあるだろうがいなくてもきっと大丈夫なのだ。そうやって連綿といのちを繋いでいるのだ。
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