2008年6月アーカイブ

中島知久平?あの? 27日に庭の草むしりをお願いした中島君が雨の上がった今朝から来てくれた。残り半分を終えて午後からはオーラ素肌美サロン太田新田店の芝庭の雑草があるのでお願いしてある。そちらへ行く前に近くのレストランで昼食、中島君の出生地、実家を訊ねると「大泉」と答えた。今は太田市となったが大泉は毎秋ラジコンページェント行われ世界中から模型フライヤーが集まる。私がその話をしたら「知っている」毎年11月3日の文化の日に行い大泉で行われる起源は戦前の中島飛行機会社創設者、中島知久平の生誕地と言うことも知っていた。更に驚いたのはこの中島君はその中島知久平の系統なのだと言う。
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▲中島君の話のきっかけで、ウイッキベディアで中島飛行機、富士重工、プリンス自動車など近代工業の物語をしばらく読んでしまった
今日も半日ほどヘアーズにいたがお客様と対面していると興味深い話が聞ける。家電修理サービスのSさんはラジコンファンで、昔から話題の共通点があったが今日は最近の技術革新の話をしてくれた。先ず驚いたのは今の電車は車輪の一つ一つにモーターが直接付き、モーターの軸が廻るのではなく軸は固定し、外側が回るのだと言う。そうすると太い「軸」が回ることになるのでパワーがでる。またモーターの極に使う金属を鉄以外のイリジウムなどの新素材を使うと反発力が強まり力が出ると言う。因みに新素材の磁石1cm角が張り付くと人間の手では剥がれない程なのだとも、すごい技術が汎用されているんだな~。携帯電話のパイプも新素材の磁石があればこそだとか
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▲およそモータの形をしていない
本当に世間では常識や標準と言うのはアテにならないもんだと思った。午前はヘアーズにいた。昔からの同年代のAさんを担当させてもらった時、私の着ている赤いチェックの半そでシャツを見て「そのようなシャツを誰が買ってくるのか」と聞かれた。私は「はぁ?」であった。自分のファッションを人に頼む事はこれまでなかったし他の持ち物も全て自分で吟味して選んできた。Aさんは違っていた。結婚以来、殆ども買い物を奥様任せで用意されたものを着て、食膳に出されたものを只食べるだけだと言う。なるほどこんな生き方もあるのかと感心したがポリシーや好みの強い私には受け入れがたい。どっしり構えたAさんが男の王道なら細々したオイラは女々しいかも
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▲リラックスタイムのコーヒーも「砂糖もミルクも全部入れちゃってく」とご自分での調整はここでもしなかった。
私が所属する「郷土を美しくする会」がみどり市笠懸町東小学校へスーパートイレ掃除の指導に初めて行ったのは昨年7月17日。れから3回目である。この小学校は青木先生の指導で6年生のトイレ掃除は全て「素手洗い」が慣例になり、素手素足でトイレに水を撒き便器などを磨きはじめる。子供たちには何のためらいもなかった。毎月一度は体験しているのでもはやプロでもあった。鍵山秀三郎氏が説くようにトイレ掃除は心磨きであり毎回勉強になり感動がある。約1時間のスーパートイレ掃除を終え最後に足を洗いトイレ室から出る私と会の仲間のスリッパが生徒によってキチンと揃えてあった。この学校はこの様な事を誰もが当たり前に出来るハイレベルな小学校なのだ。
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▲スーパートイレ掃除を興味深げに見る1年生に「6年生になったらやりたいかい?」と聞くとご覧の通り(^-^)
私の通う体操の一つに真向法がありますが、その道場の階下が知的障害の方の寮になっている。先生ご夫妻が5名の入寮者の日常のお世話をしている。本ページ6/4「階下の親友」から交流も生まれいい機会だった。5人の方はそれぞれ仕事を持ち勤めているが昨今の不景気で休職を余儀なくされることもあるらしい、それなら手が廻らず困っていた我が家とサロンの芝庭の草むしりをお願いしたいと先生を通してお願いした。やや大人しいかな思われたN君が朝8時前から来てくれた。作業は丁寧で身辺の話も楽しそうに話してくれた。次の作業日、月曜が楽しみ
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▲芝の中の草むしりは初めてだと言うので松ちゃんが30分ほど一緒に作業した。
オーラ素肌美サロン太田新田店での作業、と言ってもサロンの敷地ではなく青地、すなわち県や市の公用地で雑草が2mも伸び景観が悪いので自主的に草を刈った。この1週間ほど店内に更に2階の部分にも2、3センチのムカデが入ってくる。ぴたり戸閉めをしても朝には何匹かが入っている。店長である娘はツバメが雛に渡しそこなった餌ではないかと言ったがツバメは宙を飛ぶ虫を捕らえて餌にするので地上を這うムカデは餌にしないと思う。そして分かった事は青地の膨大な草を刈ったら小さなムカデが大量に居る事が分かった。ここは東側の小さな面積だが南側の広大な敷地に生えてる雑草からムカデが発生したと思われる
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▲再三地主や市に草払いの要請をしているがしない。ムカデの発生元と分かってはほっておけない、市に強く要望しよう

これがなにであるか突き止めるのに10分以上かかった。ネクタイを締めても暑くないような生地でデザインも良かったので夏の半そでシャツとして1枚買った。数枚のタッグと一緒にスペアのボタンが小さなビニール袋に入っている。今回アタマをひねったのはその小さなビニール袋にボタンの外、写真の左下に写っている4枚のものがあった。最初はボタンと一緒に4枚がぴったり重なっていたので取り出すまで1枚の板だと思っていた。長さ6.5センチの4枚の板状のものを説明もなく入っているの決して親切じゃない。ましてや新品のうちは更に気がつくまい。だから私はフ~ンここ使うのかと気がつくまでに10分かかった。私は判った。あなたは分かる?

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▲3枚のタッグのどこにも使い方の説明もない私以外の人はボタンと同様に知っているのか
壁面緑化なんて言葉がエコ時代のキーワードになるかも知れないが、松ちゃんの要望で自宅南側の窓を朝顔で壁面緑化してみようと言うことにした。2年前はヨシズを立てかけたがそれなりの効果はあった只、台風の強風などで倒れるなど手入れの割にはマイナス面が多い、更に開設、撤収も大きいから大変で去年は設置をしなかった。昨今温暖化対策やエコブームで壁面緑化が何かと取り上げられているのでウチもマネして見ようと言う事になった。1週間前に朝顔の種を蒔き元気に芽がでてきたのでツルが巻きつけるネットの準備をした。
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▲ホームセンターで農用ネットを買い必要なサイズに拡大し、後は窓からスダレを下げる要領
得意げに家中の鍋を引っ張り出しているわけじゃない。ここ数年、我が家の梅の実を梅干や梅酒にしないで松ちゃんが砂糖だけで煮詰める。甘く柔らかい梅は御茶請けにぴったしでサロンのリラックスタイムにコーヒーやお茶に添えて出すと、お客様から好評でレシピをメモする人さえあるほど、それに気を良くして昨年は我が家の梅のほかに買ってまで「製造」した。そして今年はサロンスタッフの弥生さん宅の大量の梅を頂き昨夜からコトコトと煮はじめたらしい。朝キッチンに立つとご覧通り火器周辺を大小の鍋で占領されていた
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昨夜は重くて動かせずそのままにして終了したと言う
2001年秋に行われた昭和36年度桐生東中学校同窓会から7年が経過しようとしている。翌年に第二回を開催したが還暦年に予定していた同窓会は会長の体調事情で流れていた。親友の和菓子屋日盛堂はそのまま学校区の中にあるので同窓生の情報の中心にある。そんな事もあり今年秋に予定した6年ぶりの同窓会は日盛堂のOが会長をやることになった。最初の会長N君は40年間、誰も立ち上げなかった同窓会を立ち上げたことで私は尊敬している。彼の体調は思わしくなく、今回は実行委員でアドバイスを貰うことにした。
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▲東公民館で会長挨拶をする
今年になってから月に1度は「郷土を美しくする会」のトイレ掃除に出よういう目標を作った。朝6時前に大間々駅に行くとすでに羽鳥さんは来ていた。私は月に1度だが週に2度も必ず来るのはすごいな。しかし私も今年6回目、要領はすっかり分かったが本当にきれいにしたいと思うと、あっというまに30分が経ってしまう。消毒の手洗いを済ませ帰ろうとすると道路脇の花壇に水を撒く人がいた。すっかりボランティア文化が定着した日本。
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▲バイクに水タンクを積んできて丁寧に水を撒く人、駅に来た人が「お~、きれいな花だ。トイレも爽やかで助かるな」と感じてくれたらそれで充分

絵本

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なんとも愛らしい写真だ。先日OKバジと講演をした仙台の桜井ひろ子さんからの手紙はこの写真の裏を使ってあった。OKバジはネパール僻地への大事業として念願の図書館建設を提案してきたが、やはりネパール奥地へ1年のうち数ヶ月を現地の子供の為の支援に出向く桜井さんは紙芝居や絵本の読み聞かせを続けている。もっぱら日本製の紙芝居や絵本だが小さな子供たちがいつでも絵本を楽しめる絵本文庫を開設したいと言っていた。この写真を見ただけで子供たちの想像力が豊かになるのが目に見えるようだ。
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▲本当にお利口そうな二人の女の子、ひざの上にあるのは日本の絵本「ぐりとぐら」
14日に発生した岩手宮城内陸地震。世界中で頻繁に起こる大地震の怖さが人事ではなくなってきた。私が所属するハイキングクラブMMCは来月、バスを仕立てて今回の地震被災地の栗駒山へ行く予定だった。かなりのプランまで決まり正式募集する寸前だった。14日はOKバジの来桐で講演があり同時に仙台からネパールサチコール村ボランティアの桜井ひろ子さんも来た。幸いにも彼女の住居地や同じ仙台の友人菅野さん宅も被害がなくて良かった。今日は7月MMC催行の変更を会長たちと決定した。
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▲バス利用プランはそのままに
太田綿打中学校でのバジの講演にバジを連れて1時間前には到着した。写真担当の大澤さんや平野夫妻も宇都宮から、報告会に来られなかった長谷川さんは孫をつれたまま隣の奥さんの運転で駆けつけてきた。学校1校時の中での講演時間は厳しいが短時間でバジは上手にドリマラ村の話を伝えた。
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▲終わりの10分間を同席の桜井ひろ子さんがフォローアップで解説した。
今日のバジのスケジュールは富弘美術館へ訪問と仲間との打ち上げ会。昨年は陽山舎でやったが今年は会長の息子、均さんの山荘で開催。その後日が暮れたので陽山舎に移動、寝袋で宿泊した。寝るまでの話題は明日の太田綿打中学校での講演内容。バジ曰く、小学校の講演は必ず子供たちから質問が出るが中学生は出ないという。思春期でテレがあるからだろうが興味ある話題を提供すれば乗ってくるかも、例えば下の話、トイレの事情などどうかと進めたが
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▲均さんの山荘ポカリで沢山のご馳走の他にダッチオーブンで本格的なパンを焼いた
OKバジを支援する会の富澤会長は報道各社に「OKバジがやってくる」と題した報道要請分を出した。OKバジの帰国中フルスケジュールの今日14日から3日間をバジは我らOKSSの会の行事に参加してもらう。例年通り昭和公民館で一般の方の聴衆も受け入れ、会員、報道各社の前でバジはいつものように淡々と報告とこの一年のネパールの出来事やエピソードを講演した。講演の終わりに司会をしている私の元に女性がきて新聞などで見聞きしたバジの講演を探して来てくれた。バジへの感謝の手紙とカンパも添えられていた。
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▲講演前に先ずは観音院へ表敬訪問
陶芸、焼き物の世界は奥が深いと思うが、固定概念にとらわれなければ自由に楽しめると、この人が教えている。中島さんの経歴は機屋、スナック、スポーツショップと移り変わり最初の機屋以外はすべて趣味から始まったようだゴルフがしたいからゴルフショップ、スキーやボードをしたいからダイビングをしたいからとクルクルそのショップに切り替えてきた。5年前から知人の道具が空いてしまったので始まったのが陶芸、一切の師匠がなく全てが自己流。2年ほど迷った後にこれまでの趣味を放棄し腰を入れて、陶芸教室と看板を大きくした。立地条件の良さとあいまって夕刻は新しいお客様がお見えになると言う。
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▲再オープンしたら、あっという間に沢山の生徒が出来たと言う。さすが
「構図だとか色の使い方だとかは知らないけれど、神様が創った自然の花なら、そのままでもきっとすばらしい調和を持って咲いているはずである。」7月に刊行される星野富弘さんの最新本の一節、これまでの著書の一節や花の絵に添えた詩、あるいはある雑誌のエッセイの小さな言葉を奥さんの昌子さんの写真を加えて散文的にまとめた本。タイミングよく調髪に伺った私に書店に並ぶ前の一冊を頂けた。「過去の苦しみが後になって楽しく思い出せるように、人の心には仕掛けがしてあるようです。」
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▲ユーモアと優しさに溢れる言葉の雫
オーラ素肌美サロン太田新田店は開店1ヶ月が経過した。新たなるビジネスはなかなか厳しい。外観からみるメッセージに乏しいので先ず180cm×60㎝のプライスボードを4枚取り付けた。足利=伊勢崎県道で皆50kmで通り過ぎてゆく、まずこの通りの顧客見込みドライバーにメッセージ!
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▲荒井先生にプロジェクトを立ち上げてもらい他の集客方法の研究中
畳一枚分のユニットバスがあるなんてオドロキだろうが各社用意してあるようだ。私の山小屋(陽山舎)は築23年が経過しているが使ってないから傷みは少ない。使わない理由にユニットバスの小ささもある。バスタブに入るには小さくシャワールームで使うにも狭い、どうせバスタブなど入らないのだからシャワー専用にすれば使いやすい、と考えた。で、サンダーなる機械で切り取り、畳一枚分のユニットバスをワンルームに改造しシャワールームとした。これなら「シャワー浴びてゆけよ」と言える。
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▲12cm幅、U字型に穴があき、穴埋め補強の板を貼る。発泡ウレタンを注入しカッターで成型、表面をシリコンでコーキング。

改造

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陽山舎の畳一枚分のユニットバスをシャワールーム専用に大改造。バスタブを形成している隔壁をサンダーで切り取り、さあ、なにで埋めようか。
まったく悲しい出来事が多い。人の命を大切にと叫ばれながら、どうしておぞましい事件が続くのだろう。犯人を非難しても奪われた命は帰らない。自分の事を蔑んで考えず人の事を考えよう。
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車の雑誌を見ていたら、こんな事が書いてあった。近藤真彦は歌手、俳優であ
るが年季の入ったレーサーである。最近KONDOレーシングチームという会社を設立したらしい。歌手活動も立派で3年連続日本武道館を埋め尽くし、そのチケットの売れ方はハンパじゃないという。しかし、15歳でデビューし、歌番組で一緒になった美空ひばりに屈託なく「おばさん歌うまいね」といった。するとひばりは「面と向かって褒められた事ないわありがとう」と言い。その後近藤真彦は美空ひばりに可愛がってもらったと言う。更に04年に愛媛の海で溺れている少年を助けたこともあるという好青年。
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▲知らなかったけど気持ちのいい記事だな

復旧

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オーラ素肌美サロンのHP刷新のための大量の写真をファイルダウンしてFTPで送る。これがなかなか大変。昨日ファイルダウンの方法を教わって2時間かかって何とかできた。そこで昼食休憩、さてFTPへ送る作業。と思いきやウインドウズが立ち上がらない。色々なキーを叩き、電源を入れなおしてもダメ、荒井先生にSOSをしたが留守。仕方なくDEELサポートセンターへ電話、機器のUSBハブを抜いたり電源を抜いたり5回ほどの繰り返し作業を電話の向こうでDEELのオペレーターは「あわてなくてゆっくりでいいですよ」とこちらの焦り具合を見越して指示してくれた。

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▲PC本体裏のコネクト部を引き出し15分ほどで復旧した。原因は一時的なメモリー不足らしい

中学3年生になるとこんなもんなのか、GS1は関西方面に3日から修学旅行に出掛けたが、忙しさのあまり行動予定や帰りの迎え時間などを聞かずじまいだった。帰着時間は学校に聞けば済むが、それじゃあ間抜けな保護者がバレちやう。何度か携帯に電話をして見たが多分携行禁止で出ないだろう。折角の見学も雨に降られなかったか心配だし、宿舎に戻ったら電話をする様に言っておかなかった事を後悔した。とうとう3日間連絡取れずに他のお母さんに送り届けてもらったようだが、とりあえず家の中に活気が戻ってきた。
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▲貸したデジカメに彼らの行動が克明に残っている。カメラのファイルをめくると行動が把握できた。
真向法を他の人に説明するとき私の解釈で「和製ヨガ」と言っている。。わたらせ真向会は3教室に分かれているが、うち2教室に通う。年に2度ほどの親睦会がしばらく無いなと思っていたが先生宅の庭でバーベキューを計画した。だがこのところの不安定な天気のためアットホームな会場に変更した。今日の特色は道場階下の集団ホームの青年達と合同コンパの形をとった。青年たちとは時々顔を合わすが、このような事は無かったのでいい親睦がはかれた。
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▲松崎さんはホームのトイレ掃除を指導すると言いテッちゃんと親友の契りを交わした。目出度し目出度し。
オーラ素肌美サロンは今、本業の化粧品より実技エステにシフトしている。もちろんチャンスがあればオーラ化粧品を広く世に広めたいが全体の売り上げを伸ばさなくてはならない。先月OPの太田新田店のプライスボードに使うキャッチコピーが定まらず半日が経過した。
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▲このような現場でのお客様の声がそのままキャッチコピーになるのだが
初めてNEC98パソコンを買ったのは15年前で、その時から老眼の始まりと視力がどんどん悪くなったのを記憶している。高価なPCもキチンした指導を受けなかったから使いこなせず2年後にワープロに変えた。9年前に新たにNEC・PCを買い本当のパソコンライフのスタートをし、7年前に縁があって50kも離れた荒井先生と知り合えた。以来私なりにPCのスキルアップになったしビジネスのアドバイスまでしてくれる貴重な存在となった。その先生の「PC教え子」がINを通しj沢山いる。何度か先生宅での集まりもあったようだが私は出席出来なかった。何期めかの教え子達の都合がつき先生が上野で会う機会を作ってくれた。
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▲今夜は「長年の友」と初めて会い初顔合わせとは思えな充実して楽しい時間を作ってもらった。
便利だけど時々イヤになる。こんなものが無いと今の世の中ウマく行かないなんて事が。携帯電話が低料金(一般の人に使える維持費)になってから誰もが持つと、持たないと不都合が出てくる。荒井先生のように頑なに持たない人がエライと思う。世の中そんなに忙しい事ばかりじゃないから近くの公衆電話で事が済むのだが電話ボックスに誰かが入って長電話をしているとダメか。大きな世界の流れだから仕方ないか、それにしても中高生の間では弊害も多い、私もGS1には充分気をつけるようにいってあるが費用は掛かる。以前から機種の変更をしたいと言うのでショップに行った。
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▲日曜日だからだろうか、いいオトナたちで携帯電話屋はごった返している。一昔前ならありえないよ