2008年11月アーカイブ

土曜、日曜にヘアーズに立つと久しぶりのお客様に会うことが多い。私はすでに「除籍」だからメインの仕事はせずもっぱらサポートに勤しんでいる。松ちゃんも月に何人かのお客様を担当するがIさんは群馬の最南西の上野村からお出でになる。ここ20年ほどは日航機墜落地として有名になってしまったが、それ以前に桐生市に居た事から今でも七つの街を通り越して来てくれる。キロ数にしても70KM以上、2時間はかかるところを正に感謝の至りだ。特にこれからの理容店はこのような人対人をつながりがしっかりしている店だけが生き残れると思う。もう一人Zさんは元消防士、手術入院2ヶ月で奥様が付き添ってきた。私は感謝を込めてお二人を見送った。
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▲先のIさんは毎回お土産付きでお出でになるが逆である。恐縮してしまう
今日はみかんをひとつポケットに入れていった。母の髪をカットするのは2ヶ月ぶりか、随分伸びていた。ケアマンションの面会ホールに母の車椅子を運びカットした。カットのたびに思うのは母の姿勢がどんどん崩れ小さくなってゆくことだ。何度かの骨折で十分なリハビリも出来ず前傾のまま固まりつつある。体を引き起こしながらの作業になる。それでも母はきれいになるのが判ると見え、じっと耐えてくれた。40分ほどで終わり、ポケットからみかんを出し久々に母と一緒に食べた。ひとふさを差し出すと手を出さず口を出してきた。ひとふさを半分に噛み切って母の口に入れた。
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▲果物好きな母だが今はそのままの果物では租借できない。
二日間に渡って陽山舎で作業をしていた。右端に積んである薪の切り出しに細かな枝やストーブの薪になりにくい形の残材を焼却した。これが陽山舎の伐採計画の三分の一だから、これからの方が作業が大変だという事になる。二日で約1トン近くの物を燃やしただろうか汗ばんだがボイラの不調でシャワーも使えず、昼食はカップめんとコーヒーと質素だがすっかり葉の落ちた山間にいると、しばらく登山出来なかった思いが落ち着く。
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▲焼却していると猛烈に熱く、離れると急激に山の寒さを感じる
風呂で温まって直ぐに寝てしまえばそのままポカポカ温かく眠れるが大抵は新聞を読んだり手紙を書いたり、そして本を読んだりブログを書く。1時間もすると体はともかく、足は冷えてしまう。この状態で布団に入ると足が冷たくて眠れないので小型ドライヤーで布団の中を温める。大抵これでうまく行くが、ここ数日の寒さは足の冷えを補えなかった。電気毛布は使いたくないので松ちゃんが「アンカを使えば」と提案。電気店で見つけたソフトアンカなるもの、これはいい、温調は付いてないが程よい温度で足の上にしたり下にしたり挟んだりとても使い勝手がいい
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▲更に気に入ったのは安いこと、そしてビニール袋に入っただけの簡易包装であること
我が家の愛猫ミミは人間で言えば何歳だろう。平成4年生まれだから人間で言えば80歳ぐらいだろうか、外で飼っているが、さすがに毛の艶はなくなってきた。数度の怪我や病気を克服して今も元気、84歳の父に抱かれるのが好きでこれも毎日抱いてもらえるわけじゃない。家猫なら人の膝やコタツに入ってくるのだろうが、そうできない分だけ天気の良い日は共に過ごす時間を作ってやる。高齢猫で声もだみ声だが人に触れていればゴロゴロと鳴いている。
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▲可愛いけど私は抱かない、だってこの後の衣類に付いた毛の始末が一苦労なんだもの
富弘美術館でのボランティア活躍場面はここ数年サポーターさん達が主たる活躍をしてくれるので「囲む会」としての出番は少なくなった。恒例の秋のボランティアも延べ2ヶ月近くあったが企画した予定表は歯抜けのように埋まらなかった。埋まらなかったというのは「囲む会」自体の高齢化によるものと思うが富弘美術館の一時代の役割を終えたという事言うことだろう。それでもシンボルである黄色いブルゾンの存在感はあり、来館者の方は質問など声を掛けてくれる。これからも春秋は参加することに意義がありのセンで続ける。
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▲秋のボランティア最終日、部活顧問で忙しいと言っていた高崎のM先生が久々に来てくれた。
私の敬愛する富澤氏の息子さんHさんである。Hさんは殆どの休日をこの山荘ポカリなどで過ごす。ポカリは私の陽山舎の2区画となりなので寄ってみた。少年の心が色濃く残っている純粋な人でやはり親子だ。だから私はHさんもとても好きだ。先日の祝賀歓迎会で話したが30年も前に星野富弘さんの存在をお父さんである富澤さんにに「愛深い淵より」で知らせたのは息子のHさんだった。そこから大きな輪が広がった事を思えば感慨も深い。ところでHさんの最大の趣味はこのようなアウトドアだが、今のところ奥様からの支持を得ていない。そこが今後の課題だ。
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▲囲炉裏の火を楽しみながらうまいコーヒーを淹れてくれた    
こんな1週間もめずらしい。先週の土曜日はわたらせ真向会の忘年会で司会をするように言われ努めさせて貰った。翌16日は我が家の法事で父が施主であるので私が司会をした。17日は社会貢献者賞で熊本から2人が駆けつけてくれたので祝賀兼歓迎会をし司会進行をした。更に18日は受賞対象の会の報告会には報道関係の方も多数詰め掛けたが、その進行を担当した。そして今夜は第3回同窓会実行委員の打ち上げ忘年会で会長が司会をしろと言うのでやらせて貰ったが良く司会が続く1週間であった。
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▲ 冷やかされながら終了の〆をするA君
すっかり暗くなってしまったが午後4時半である。陽山舎は大きな木に囲まれているので夜が早く来る。先週から少しづつ始めた外水道工事は水道の立ち上げと流しの据付を終えた。これも年間を通して使うことは少ないがさんまパーティーには活躍する。さんまパーティーは年にたった1日だが今年の例では170人が楽しめたのだから170日分の利用効果なら約半年分を利用した訳になる。あとは排水工事をするだけ
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▲コンクリートブロックの周囲をドライセメントで固めた。地中水分を取り込み明日には固まっているだろう 
今日は何人の人に会っただろう。2週間ぶりの母を見舞い、太田店の帰りに陶芸のN氏の店によって顔を見た。ホームセンターで偶然に半年振りのY子さんに会った。そういえば彼女からは展覧会の案内が来ていた。あらためて来て下さいねと念をおされた。夕刻えびす講の季節料理けんちん汁を作っていると先の社会貢献受賞で仙台から来県中の菅野さんご夫妻が見えた。母には判っても判らなくても16日の法事の済んだ事を話しておいた。母は顔だけでうなずいた。陶芸のN氏は9月に宣告された癌を克服すべく前向きに仕事をしていた。それが何よりだし癌が小さくなってゆくのが判るとも言う。あの頑強な体が蝕まれる事はないと思う。菅野さんは義母の仏壇に線香を立ててくれた。いつも思う、ご夫婦の仲のよさと見習うべき優しさ。
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▲寄ってくれた菅野さんに出来たてのけんちん汁を食べてもらった。                                   
日本中で熊、鹿、イノシシが増殖して農作物の被害などにあっているようだが富弘美術館近く国道122号線の廃墟の駐車場にかわいい鹿が現れた。まだ幼げなその鹿の背後は草木湖だからきっと今私たちがいる側の山から下りてきたのだろう。農家の人は大変かも知れないが人間の知恵でどうか殺すような事にならないように出来ないものか。今の日本の科学や医学を駆使すればきっといい方法はあるはず、ハンターのような趣味の悪い遊びを絶滅させ、そのエネルギーを回避する方法に変えられないか。
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▲目の前の野生動物なんて素敵じゃないか     
昨日17日にOKバジを支援する会が、社会貢献者支援財団から表彰された事を会員の方へ報告と祝賀のための会を催した。バジは今年の6月帰国のとき太田市綿打中学校で講演をした。その中学の生徒会会長KHさんはH先生に引率され、この会場へ来てくれた。かわいい彼女の両腕には2ℓのペットボトルが抱えられていた。中身はいっぱいの硬貨だった。あの日の講演の中でバジは「帰国しても支援の事が頭を離れず、移動の電車賃一駅分をを浮かし支援に充てる」と話した。綿打中学の生徒たちは「一駅募金」を作り、そのボトルに硬貨を入れた。中学生の善意はふくらみ重たくなったボトルを会場に来ているバジに手渡した。少しづつの事をみんなでやり遂げた成功例で取材に来ていた報道関係者も注目、取材していた。
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▲KHさんは「みんなで貯めました。バジさんの活動に役立ててくださいと目を輝かせていた。日本は更に良くなるぞ 
我が、OKバジを支援する会が今年の社会貢献表彰を受けた。代表の富澤氏とネパールからこの受賞ため一時帰国したOKバジ(垣見一雅氏)前日から会場のANAコンチネンタルホテルに泊まりとなっていた。私たち役員は今朝の東武特急で式典に駆けつけた。毎年50人の善行者をセレクトするこの表彰にはOKバジのように現地ネパール奥地に住み、草の根のボランティアをする人、それを支えるOKバジを支援する会。さらに多くの人命救助の勇者たち、中でも自分の命をかえりみず、ただ正義と人道のもとに他の命を救った方も数名いて泣けた。そして、ここだけを見ると何と日本は素晴らしいじゃないかと自信がわく感動のるつぼだった。
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▲勇気を持って命を投げ出した故人の遺影を抱き参加する家族も
我が家の法事の日である。祖父正之助おじちゃんの十七回忌、2年前に亡くなった母(義母)の三回忌を同時に済ませた。菩提寺である大善寺住職の法話はいつもシンプルで良いと思っていたが今日も「正之助おじいちゃんはいわば山岸家のシンボルだった」「きよ子奥さんは山岸家の太陽みたいだった」と評してくれた。まったくその通りだった。今私は正之助おじいちゃんの寝室に寝ているが茶の間の座椅子は16年前のそのままにある。その後に私達の孫が6人も出来たのだらきっとご先祖様の生まれ変わりに違いない、と思う。
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▲それが証拠には小学生以下の6人の身内は宴席でもなんと仲良く遊ぶことか 
自分では「フジキン」と言っている藤掛氏、大きな舞台の緞帳やカーテンを専門に製作してるのでいつも東京を行き来している。その忙しい中でも地域のためのボランティアや奉仕を欠かさない事を尊敬する。いよいよ明後日の18日は社会貢献者表彰の報告会と祝賀会を桐生市長、隣のみどり市長をお招きして開催する。その当日のための会場作りにフジキンさんは欠かせない会員で、根っからの器用さ、こまめさに加え筆を持たせたら達筆である。その氏に18日のための横断幕を作ってもらった。夕刻、公民館で待ち合わせ横断幕の位置や吊下げ方法の確認をした。
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▲当日怠りないかこまめに点検確認した
いよいよ今日から小林Kさんが陽山舎の伐採に入った。陽山舎は地形が起伏にとみ木漏れ日があり景観が良いとほめられる。さんまパーティーなどをやってもミズナラの大きな天然ドームの中にいるようで大きな陽はささない。まっ、それはいいのだが余りに陽が入らないので他の木が育たないし湿気も多い。大きく育ってしまった木ばかりだが間伐したいと思っていたが費用がかなりかかる。根回り20~30センチならシイタケの原木で売れるようだが薪にしかならない。小林Kさんは薪ビジネスを始めたという話を聞いたので交渉、ただで持っていってもらうが、指定した大木を根元からきれいに伐採してくれるという。
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▲プロではないが動きは軽やか、難しい場所の伐採をはしごを架けいとも簡単に上から落とした。
私がポスティングする前にメガネ屋さんの広告がポスティングされていた。みんなこんな風にポストから少し顔を出していた。
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ピューッ、ぺちゃ。やられた~。バードミサイルにやられた。オーラ素肌美サロン太田店の広告チラシを太田市内の団地へポスティング作業中に大きいのが落ちてきた。ダークグレイのブルゾンの右肩に大きくミサイルの後が広がった。上を見上げたらスズメの1.5倍ほどの鳥が電線で休憩している。彼だって決して私を狙ったわけじゃない。ましてや悪気なんてこれっぽっちもないだろう。幸いにもアタマじゃなくて良かったよ。近くの公園へ行き水洗いしたらほぼ落とすことが出来たがアタマだったら水洗いと言うわけには行かないだろう。車ではよく攻撃されるが肩で良かった。
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▲これも幸運、直ぐ近くに公園があり水洗いでほぼ落ちた

1DK

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愛猫ミミを飼って16年になるが外で飼っている。殆どの家で猫は家の中で飼うだろうが我が家も以前はそうだった。しかし、よ~く考えてみれば猫は土足で家を出たり入ったりするので決して清潔ではない。私も家の中が動物の毛だらけになるのはイヤだから猫小屋なるものを最初から用意した。今のミミの小屋は3個目で木製の自作、自動ドア、暖房付だから快適に出来ている。と思う。ただ、餌はその小屋の外で食べる事になるので夏はともかく冬は寒い、ミミも高齢だから大事にしなくてはならない。そこでプラ製の衣装ケースをこんな風にドッキングさせ「ダイニング」とした。
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▲少し狭いが1DK、これなら寒くなく食事を摂れる。食べ終わると奥の小屋に移動する
先週、歯のプラーク治療中の掛かり付けの歯医者さんへ行った時にすでに奥歯が痛かった。土曜日にはその歯でモノが噛めないので医院へ行ったら休みだった。休みの明けた今日の午後に行ってその痛みを訴えた。少しグラついていたので松ちゃんも「抜歯になるかもね」と言っていた。的中だった。神経をすでに取ってあり金冠かぶせてあるその奥歯は根が溶けて化膿していた。先生も「極めて厳しい状態です」とその状況を説明してくれ抜歯を示唆した。レントゲンを見たら私も諦めがついたし痛みから解放されたかった。1本でも自分の歯は抜きたくないが神経のない歯はもろいもんだ。
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▲抜歯された歯を見るとすでに白い部分がなく木のようだった。永久歯となって50年以上働いてくれてありがとう私の奥歯
同じ機器を使い同じ条件でどれだけの効果を上げられたかを応募写真で競うサーモシェイプ写真コンテスト。サーモシェイプはオーラ素肌美サロンが2年前に導入し、今年は太田新田店にも1台導入した超エステマシン。とびっきり高価なマシンだが効果もとびっきり、フェイスもボディーも施術ご直ぐに結果がわかり日ごとに効果が増してくる。更にありがちなリバウンドがないというすごいマシンだ。しかし、こんなすごいマシンでも使い手によってお客様に、より良い効果をもたらす結果になる。今夏、販売会社主催で行われたコンテストでオーラ素肌美サロンのお客様「T様」で応募して栄えある優秀賞を受賞。
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▲販売会社の営業担当と社長が直々に賞状やパネル、賞金を携えて記念写真を撮りにきた
群馬の理容業には年に一回の行政講習と言うのがあって保健所の担当者がその年の大事な公衆衛生について講義するというもの。ヘアーズはすでに息子の経営で私は受講する必要もないが、都合で代理で受講した。そういえば2年前も受講したが主催である保健所のお粗末さは相変わらずだった。講師である桐生保健所と太田保健所を兼務する所長は定刻の10時を回っても来ず、関係者がオタオタしていた。他の保健所職員が代理で始めたが内容はどうでもいいような話である。当の“講師”はすっかり忘れていたようで1時間も遅れて入ってくるなり「スーパーマンじゃないから兼務していて、、、、、」などとのたまう。150人からの理容師を待たせておいてそりゃ無いだろ。私なら先ず、素直に正座して「申し訳ありませんでした」と言う。そんな“講師”だからろくな謝罪も無く、つまらぬ話しか出来ない役人だった。
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▲代理の人もプロジェクターを見ながら半分は飛ばし中身ナシ
早朝体操モーニングスイートは火、木、土の週3回。その間の月、水、金曜をこの新川公園に集まってやるが日曜日は殆どの人が出てこない。私の日曜早朝は真向法朝教室があるのだが真向会の都合で来春まで朝教室が開かれない。ストレッチは続けたいので今日も新川公園に来た。誰もいなくてもMさんだけは必ず来ているので一緒にストレッチをして体をほぐす。公園の紅葉もそろそろ終わりで吐く息が白くなり始めた。
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▲思い思いに過ごす人達、私たちの西側では太極拳をする2人の姿があった。
貧乏性と言うか少し器用なもんだからアタマがいろいろ自分でやる方向で考えちゃう。確かに3万円たらずで出来た懸垂幕を利用したオガミ看板だが看板屋さんに頼んでも同じようなもんだったろうか。アイディアは工事用の廉価な脚立を白くペイントして使った事、幕を水道工時事部品で取り付けステーはアルミ棒を加工した。ほぼうまくいって午後にオーラ素肌美サロン太田店の道路近くに立ててみた。
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▲問題はこれから冬に向けての北風強風対策、とりあえず20キロのコンクリート3個をウエイトにした。
カレンダーの季節、そして手帳の季節。毎年手帳を買うが今はピタッと高橋のNO262リベルデュオと決めている。これは手帳を沢山使いこなす人から見れば薄っぺらなメモ帳のようなもんだけど、ここに辿り着く前は手帳売り場であれこれと迷い、使いにくくて途中で使用を止めたモノもある。この薄っぺらな手帳をカレンダー式で本当に目も程度事しか書けない。また、私にとっての手帳の機能はこんなもので充分だし手持ちのカバンが手帳で膨らむのは困る。
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▲この手帳は8色が用意されているが今は山岸の手帳は「青」ときっぱり決めている。
10月25日から今月3日まで奈良県文化会館で開催されていた星野富弘花の詩画展IN奈良は感動的、ドラマティックに終了したようだ。いつも思うのは詩画展を開催するには数年前から準備が始まり半年前あたりから相当のテンションが無ければオープニングに辿り着けないと思う。それを各囲む会の支部が中心になってやる場合は殆どがパワフルな女性支部長である事だ。今回の事務局長を務めた青木支部長さんは敬虔クリスチャンで作品の返還と富弘さんへ挨拶に見えた。初日の特別講演「愛と祈りの賛歌」が富弘さんの体調不調で実現されず、その落胆から直ぐに立ち直り、インタビューVTを急遽作成し、講演をスクリーンに替えて富弘さんなしで大成功を収めた。あくまで明るく、前向きな青木さんは私にとっても大きな目標である。
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▲無念にも奈良へ行けなかった富弘さんに写真を見せ詩画展を説明する青木支部長と「押しかけコンサート」のソプラノ歌手岡田由美子さん
松ちゃんは決して贅沢を言わない。贅沢をしない。着る物だって私が心配なほど同じものを着ている。もちろん指輪やネックレスなどの貴金属は皆無、なにせ、私からの婚約指輪が300円おもちゃだった。これを実際の結婚式に使ったのだから宝石などにまったく興味を示さないのが判ると言うもんだ。それでも二日連休で私はクルマやヒコーキの趣味で松ちゃんを放っておいたらさすがに少しおかんむりだった。そこで賺さず以前から「行ってみよう」と言っていた県庁の展望レストランへ誘った。桐生からはわざわざになるが夜景の天気も条件も申し分ないので久々のデートを楽しんだ
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▲レストランのある31Fと32Fはほぼ360度の夜景が楽しめる
ラジコン飛行機フィステバルとも言える第22回航空ページェントが太田市尾島の河川敷で今年も盛大に行われた。車ファンの私は飛行機ファンでもある。30年ほど前はこれに熱中していた。ラジコンが高じて実機エアロスバルの操縦も始めた。30代だった。旧知のラジコン仲間鈴木さんを誘って世界でトップクラスのラジコンショーを久々に見て改めて感動した。全てのエンジン性能が良くなりその上、送受信機であるプロポも従来のアンテナは見られず電波の混信も皆無なのだから飛躍的に変化している。更に模型用ジェットエンジンも完成を極め飛行たるや正に実機そのもの、入間基地の航空ショーを見ているようだった。
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▲ゼノアなどの150CCクラスのエンジンを積んだジャイルスは元世界チャンピオンの成家選手によってレスポンスの良い国際的演技を見せてくれた。
1975年以前の国産、輸入車を個人が展示出来る第三回桐生クラシックカーフィステバルが群馬大学工学部キャンパスで開催された。第一回から見ているが毎年何割かが新たな出品者なので今年はこんな車が来ている。昨年見たあの珍車は来ていないな、といったところ。このフィステバルの何といってもいいところはクラシックカーミュージアムなどでは近づけない名車を何の囲いもなく見ることが出来ることだ。更に車の近くに必ずオーナーがいるので自慢の愛車の説明も聞くことが出来る。短気筒エンジンのダイハツミゼットのエンジン音も間じかに聞くことも出来るしルマン24に出場したマツダのファクトリーマシンまで、その強烈なエンジン音をキャンバス内で轟かせた。
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▲宇都宮から来たMG-TDのオーナーの話をしばらく聞いた。そしてその小さなコクピット座らせてもらった
みどり市大間々町のながめ菊人形大会が盛んだ。そこで松崎さん率いる郷土を美しくする会は今年も「ながめ公園周辺のゴミ拾い」を実施した。ながめ余興場を中心に要害山遊歩道あたりまでが毎年のコースで、200人くらいの人が集まったろうか、抜けるような秋空の下、手にしたゴミ袋はあっという間にゴミで一杯になった。いつになってもゴミを捨てる人は捨てる。完成間じか高津戸橋が出来たら更に美しい町にしたい。
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▲そして善意の人も同数以上にいるもんだ。