2008年12月アーカイブ
国旗を立てない、年賀葉書を出さない、おせち料理を用意しない家庭が増えている。この5日間の半日くらいを応援でヘアーズに出たがそのうちの何人かのお客様と正月の話題から前出の事について話を聞くと国旗を掲揚する人は一人もいなかった。おせち料理も興味が無いようだし年賀葉書は半数だろうか。我が家は全てクリアしていたが、母が亡くなってここ数年おせち料理を用意しなかった。今年は私がトライしてみようと重箱をだして買ってきた正月料理だが仕切りを入れて詰めてみた。色合いをカラフルにするのに苦労したが質素ではあるがオセチらしくなった。
▲なにやら弁当のようだが、元旦の8時30分に内々で新年朝食会をするときにデビューするわがオセチ。
正月が来るので母の顔を剃ってきた。母の近くの部屋にいるおばちゃんが声を掛けて来てくれた。介護施設暮らしが長くなった今は殆どしゃべることがなくなってしまったが、このおばちゃんが母の日常を話してくれる。母のことを、この人は無口だけどああだとか、こうだとか報告してくれる。そしてご自分の事は男勝りだという。陰口の多い女の職場は大嫌いで自ら男の働き場である鉄工所へ行き旋盤を操作していたそうだ。
▲折角の母のお友達なので記念撮影
興味しんしん「薪支度」は一週間以上も前の日曜日だ。実はその時草払い機やチエンソーで山の手入れもしていた。はびこった篠をかき分け木に絡まった藤ツルなどを切った。ひと仕事を火を囲んで休憩している時、従兄弟のT君がマスター、その鼻のキズどうした?と言った。血は止まっていたが私はまったく気がつかなかった程小さなキズだった。こんな程度なら3日でしっかりした瘡蓋ができ、一週間あればその瘡蓋も取れきれいに完治するわけだ。ところがこのキズは一向によくならない。
▲出血こそ無いが細いキズはふさがらずまま
クリスマスの飾りつけはしないが正月のしきたりを私は好きだ。山岸家で国旗を揚げて正月の飾り付けをするようになったのは私の代からで30年以上そうしている。憧れは門松だが身分不相応なので、あくまで憧れにしている。この十年ほどおせち料理も用意しないでいたが復活してこの正月は重箱をだして飾ってみよう。そうだしばらく着ない着物も着てみよう。29日は正月飾りを取り付けてはいけないと云うので今日中に3ヶ所を飾りつけた。この飾りを毎年決まった知り合いの「小屋」で買うのだが6時近くに行ったから品数が少なかったのか活気が無かった。
▲年々正月飾りはホームセンターやスーパーで売っているので売れなくなってきたと言う。来年は「小屋」を出さないとも、、、
毎年、年賀状は早く仕上げてしまおうと思う。だけど出来たことが無い、問題は本文の内容で「楽しい年賀状に仕上げたい」という想いだ。干支を題材にするとネタが狭くなるので楽しければ何でもいいと思っているがアイディアがまとまらない。毎年クリスマスの時期あたりから考えてみるが机上で考えれば考えるほどダメ、毎夜諦めて寝てしまう日が続く。こんな時は何かの原稿の締め切りに迫られている感じで気分はイラついている。そんなイラついているいる時にふっと書きたいものが現れる。それも毎年27、28日ごろにならないと現れないから不思議
▲今夜も半場諦め寝てしまおうかと思った深夜1時ごろ「そうだ、こうしよう。」とアイディアが湧き上がる。元旦配達に間に合いそうだ
朝6時の気温は2度だから昨日より気温は少し高いが空っ風が吹いている分だけ寒い。松崎さんの郷土を美しくする会が毎週金曜日に行っているわたらせ渓谷鉄道大間々駅の公衆トイレ掃除に昨年は5回出たが今年の目標を12回とした。何とか月に一度は参加したいと決め今年最後の開催日に目標を達成できた。
▲唯一の女性レギュラーHさんは優しい薬局の奥様、毎週2回も奉仕するんだから素晴らしいな、冷たくかじかんだ参加者6人の手に温かい缶コーヒーがHさんから配られた。
午後の少し、ヘアーズにいたら元植木職人Xさんが来ていて久しぶりなので話す機会があった。実はXさんとは早朝の大間々運動場近くを散歩しているのを私は真向法朝教室や大間々駅トイレ掃除に行く時に車で見かける。金融関係の勤めを辞め夢だった植木職人をやり遂げた今、足腰が不安なので毎朝散歩をしているという。散歩程度では足腰の痛みは回復しない様子が話の内容で分かったが、もっと驚いたのは最近声が出なくなってきたと言う。もともと静かな人で他の人との交流は殆どないと言う。話は家の中で奥さんと必要な事だけなのだそうだ。人間は五体を使わなければその部分は退化してしまうが声までそうだったのか。
▲趣味への模索やサークルなどを通じた人との交流を勧めたが、いまさら面倒なようだ
孫の居るところへ行くわけじゃなし、来る訳でもなしコンビニの小さなケーキで静かにクリスマスを楽しもうか、なんて話したいたけど夕刻に大変なものに気がついてしまった。オーラ素肌美サロン太田新田店の電力料金が2ヶ月に渡って引き落とされてなく12月24日で電力を切りますとの厳しいお知らせだった。再三に渡る払い込み通知や督促を松ちゃん殆ど封を切らずに捨てていたようだ。夜になって東京電力へ電話をするとカスタマーセンターが対応してくれ、午前0時前に収めないとシステム上、日が変った25日0時1分には電源カットされてしまうそうだ。しかも支店機能の無い桐生では納付は不可能、やむなく深夜の道を太田支店まで支払いに行ったのであります。トホホ。(x_x)
▲深夜11時電話で事は判っていたので宿直の対応はスムースだったけど惨めでしたね
ヘアーズに10年以上勤めたN君がいよいよ独立オープンした。お兄ちゃんのMちゃんの後を追って中卒でヘアーズへ入った。その後一人暮らしのお母さんが亡くなって子供の時から苦労した子である。お兄ちゃんは途中で理容師を断念したがN君は同業の才女に恵まれた。そうだ、まづは夫婦で一生懸命がんばるのがいい。お母さんが健在のときは秩父から毎週迎えに来て「息子の店で孫の子守をするのが夢」と言っていたがきっと天国で応援しているよ
▲OP初日の午前、早速新店舗は昨日を始めた。頑張れ。
毎年4月に富弘美術館を囲む会群馬県支部として行う「集い」の来年のための選定会議を済ませ、今日はその現場の下見をした。第18回となる来年の集いのテーマは「青春時代の富弘さん」と題し足尾町の奥地、渡良瀬川の源流のひとつ「松木沢」とした。足尾支所から車で30分ほど入ると荒涼とした山肌の一角が垂直に切り立った岩肌が出現する。高校や大学時代の富弘さんは登山もよくしたようで、とりわけクライミングが好きだった。富弘美術館での企画展などに学生時代の古い写真の一枚として、この松木沢でのクライミングしている写真が展示されることがある。
▲この企画はみどり市東町を飛び出しためずらしい企画できっと喜んでもらえると思う
陽山舎3回目の伐採が済んでいるわけだ。従兄弟のT君は自宅の暖房を2年前から薪ストーブにしている。建築廃材を貰って燃料にしているが見た目にもホンモノの薪のほうがカッコウがいい。伐採ででる廃材は建築廃材とは違い火力も見た目のいいので取りに来ないかと言ってあった。来るというのでついでに昼食をバーベキュウとした。T君夫婦は軽自動車の後部に薪を満載して2往復した。薪で喜ばれるのはナラ、松の玉切りしたモノがかなりあるがタールが出て煙突掃除が大変なのでいらないといわれた。
▲う~ん残った松はどうしよう
世の中すみずみまで色々なもんがあるんだね。耳かきは様々な形のものがあるのは知っていたけど、これははじめて見た。耳かきと一緒にマイクロカメラが付いていて自分の耳の中を見ながら掃除が出来るというもの、凄いというかあきれたというか、、、
▲他にも利用方法はあるだろうが買わない
相当すごい誕生日プレゼントが届いた。前橋に住む今年小学校1年のGC3錬君から手製サービス券が4枚とメッセージがあった。もちろん親の指導で作ったのだろうが、その内訳はか「かたもみ券」「かたたたき券」「あしもみ、あしたたたき券」そして「おてつだい券」とあり、利用可能回数が○で記されている。それぞれが10から14回分だが「かたたき券」は何と27回分の○がある。合計すると61回分で小学生になった錬君にはめったに会えないから使い切るには5年くらいかかるかも知れない。
▲気前良く回数の○を書いてくれたもんだ
世界恐慌の序章だろうかアメリカの経済が大変なことになり世界中に響いている。これは私の62年の人生の中で最悪の不況かもしれない。すでに国内でも働き場の無い人で問題化になっているのを見ると20年前の活況は嘘のようだ。刻々と世界が変るのは当たり前の事で、この不況がずっと続くこともありえない。過去がそうだったからしっかり前を見据えて耐えれば明るい世界は必ず来る。先ずは62年間路頭迷うことなく暮らして来られた事に感謝、そして今日は生んでくれた親に感謝。
▲すでに25年も経っている中学PTAの作った子供たちへのメッセージを伊勢崎市内で見つけた
年に一度の陽山舎さんまパーティーで、何とかうまいつぼ焼き芋を振舞いたいと思っているが、今年も出来はイマイチだった。先日Kさんと伐採の折に、ぬらした新聞紙に鳴門きんときを包みその上からアルミホイルでカバーして焚き火に突っ込むこと20分、皮も焦げずホクホク焼いもが出来た。う~んドラム缶を使った大げさな仕掛けが無意味に感じてしまった。
▲しからば100人分の焼いもを焚き火の中で安定良くどのように作ろうか
オーラ素肌美サロン太田新田店のために今年新規購入したエステマシンの調子がいまひとつ出なかった。本来素晴らしいマシンだが本来の性能がアウトプットできず同じ技術作業に時間がかかってしまった。メーカーによる再三の修理調整をしてきたが単なる部品交換などでは収まらない事がわかった。当初から全体交換の請求をしていたが、ここまで数ヶ月かかってしまった。結果、本体全交換と言うことで決着がつき代替品が納入された。メーカー担当者の技術スタッフ2名で搬入作業をし厳重なテストを繰り返して帰った。
▲いずれにしろサービスを提供する側はクレーム処理が一番大切なのだ
第二回目の陽山舎伐採。一本の木を切れば処分しなくてはならない小枝などが沢山出る。Kさんが山に入る今日は一緒にいて片付けたほうが私も後が楽だから出動を予定していた。昨日の雨が心配だったがすっかり晴れ渡り気温は冷えた。作業中は体が熱く汗もかいたが一度休むと体が冷え、指先が痛いほどだった。小屋に戻ってストーブで暖をとっても冷えからくる痙攣が治まらず車の暖房全開で温まりながら帰った。
▲伐採する木を倒す方向にチエンブロックを使ったワイヤーであらかじめ張っておくKさんのプロ並の作業
年末近し、家のあちこちの一年に一度の掃除が始まった。さし当たって今回はカーテンの洗濯、2.7m×2.7mのカーテン生地はかなり大きい。洗濯は松ちゃんがやるが、取り外し取り付けは私の仕事、脱水から上がったまま掛ける作業はなかなか大変だが年末スペシャルがひとつ片付いた。
ヘアーズは先月戦力が一人欠けた。少しの間、最小スタッフでの営業が続いた。私も土日の応援時間が増え動きがとり難くなった。で、緊急対策としてKちゃんの出番を願った。理容師でもともとは私の店で働いていたが二十歳前に早々と結婚してしまった。オーラ化粧品との繋がりしっかりあったので、お願いして来てもらった。子育ては終わったが親の介護もあり大変なようだがチャレンジスピリッツ旺盛な彼女は快くヘアーズの飛び入りスタッフとしてしばらく活躍してくれることになった。
▲持ち前の明るさは直ぐにお客様の評判を取れた
2年前の秋に北アルプスを登山し、その下山で足を滑らせた。その時に体制を整える為に左手を着いたが後日左肩の不調となった。左腕を大きく廻すと一ヶ所がコクンと鳴って痛みを感じる。でも大したことではないので、そのうち自然に治るだろうとタカをくくっていたが、最近になって腕立て伏せをするのが辛くなって放っておかないほうが良いと思い整骨院のドアを叩いた。実は2年前の登山の直後に、この整骨院へ来たが治療の時間が取れないのと少しよくなったので治療を止めてしまった。今回は短期集中して完全治癒をめざす。
▲とに角骨格の矯正をしなくてはならない。真っ直ぐに立ったつもりが真っ直ぐに立てていないし首も左右同等に曲がらなかった。
アウトビアンキ、フィアットに吸収される前までは「ビアンキ」だった。すでに1992年にフィアットからのブランドは消えビアンキファンは現存する数少ない車を大事に乗るかレストアして乗るしかない。太田郊外の団地の一角にこのクルマが廃車のように10台以上小さな庭に詰め込まれていた。個人的にこのクルマが好きな人が集めてその後、空き家になったものと思っていたら青いツナギを着てボンネットに首を突っ込んでいた。話かけると気さくに答えてくれた。お客様の注文に答えてレストア車を製作しているところでエンジニアも根っからのビアンキ好きらしい。
▲国内には殆ど補充部品がなく、取り寄せると国産車部品の10倍はするといっていた。
23年続いている陸上競技場での早朝体操モーニングスイートは私も6年通っているのですっかりライフワークとなった。6年前、骨密度が少ないと指摘され翌日から一念発起し、毎日の運動を欠かさなかった。甲斐あって半年後には充分以上に骨密度は増え、運動の成果に自信が持て人にも勧めてきた。だが聞くところ当初は毎日無休の開催だったが日曜日を休み水曜日を休み、私が入ってからは月曜も休むようになった。そして1年前は金曜日も休みとなり1週間にたった3日の開催となった。このままでは運動不足になるため私達は数人で新川公園でパートⅡを開催し始めた。そして先月から土曜日もカットしてたったの2日だけになった。
▲不足分を公園の芝の上で始める(07撮影)
幸せ という/花があるとすれば/その花の/蕾のようなものだろうか/辛い という字がある/もう少しで/幸せ に/なれそうな字である 星野富弘さんの詩のひとつで感動し慰められる。富澤氏にお嬢さんから届けられたニンニクサプリメントの小さなダンボール箱のツバに富弘さんのその詩がさりげなく印刷されている。商業用に詩画を使わない富弘さんの意向だから単なる許可だろう。だから気が付かないような場所にひっそりプリントさせたのだろうか、ほのかな温かさを感じる。
▲このセンスの良さ、さすがサントリー
20年以上使っている左のガストーチは何かと便利だ。もともとはラジコン飛行機の部品作りに金属のろう付けのために買ったが、今はもっぱらバーベキューの炭の火お越しや料理のあぶりなどに使う。陽山舎のストーブ着火にも便利なので専用にもう一台買うことにした。売り場に行くと右側のものに出会った。性能を比較するのは難しいが、やはり新しいものは良く出来ている。ライター不要の点火ボタンがある、ボンベがカセットコンロと共通で互換性にすぐれている。そして何より本体器具もカセットガスもガストーチの半額で購入できる。
▲薪ストーブの着火はこれで炉内を温めると早く着く
忘年会たけなわの季節、私の所属するハイキングクラブMMCも80名の大所帯だが結成以来22年が経ち、それなりに高齢化を迎えている。毎月の山行計画も年々低山を選ぶようになり、更にはぜんぜん歩かずに温泉だけ行こうなんてハイキングクラブにあるまじき提案まで出る。しかし、それもこれも受け入れるのがMMC、またこの忘年会は会員の多くがOKバジを支援する会と重なるので先の社会貢献者表彰の報告会も兼ねた。忘年会や納涼会だけに出てくる会員さんもいるがそれもOK。2~4時間のハイキングには10名以下の参加になるが今夜の宴会は40名以上という人気
▲毎朝「興味しんしん」から見るというNさんとこれから見てみるというSさんの名刺代わりのツーショット
自分では今後もやることはないだろうが通りかかった庭で盆栽の手入れをしていたので足を止め見入っていた。クルマや飛行機の模型は好きでミニチュアには興味を抱く、その類で盆栽を見るのも好きだ。このおじさんに聞くと盆栽の面白さ難しさ、その奥深さを知った。この方は松の盆栽ばかりだが実生からのものはひとつもないと言う。特に松の盆栽は買ったり譲ったりで何人もの人に受け継がれているもので、この黒松も100年近く経っていて多分私で4~5人目でしょうと言う。そしてどうすれば小さく古木に見えるか、更にどのように葉まで小さくするのかのメカニズムまで説明してくれた。
▲興味を引いたのは台風は塩水を降らすので盆栽の土がアルカリになり葉が赤くなってしまうのだそうだ。「あの台風の雨が?」へえ~、でした。
「米ビッグスリーが340億ドル支援求め再建計画、議会では政府救済支持する声。」本当にどうなっちゃうんだろう。昔からガタガタなクライスラーはともかくGMやフォードが経営危機とは夢にも思わなかった。中学生の頃からカーマニアの私にとってシボレー、ポンティアック、リンカーン、サンダーバードなどはデザインでもメカでも世界をリードしていた。クルマといえば欧州車よりアメ車のほうがずっとハバを利かせていた時代があった事を思うと惨憺たる想いだ。10代の頃はイギリスの小さなスポーツカーも憧れだったがサイドに細いラインのペインティングが施してある「オールズモビルを買えるような大金持ちになりたいな」なんて夢見たもんだ
▲今はありえないだろうと言う事が現実になる世紀末のような時代なのかも
名刺カードは何かと便利、もちろん名刺として使うしポイントカード作りなどにも丁度いい。名刺カードの切り離し方法は2種類あって一般的にはミシン目が入っているので折り曲げて切り離すタイプ、私はこれまでこのタイプを使ってきたが小口がざらついてきれいじゃない。最初からきれいにカットしてあって裏側でホールドしているタイプは小口がきれいだ。このタイプの裏側はホールドするための台紙が貼ってある為、印刷可能面が表より20%ほど少ない。これは今まで作った両面データのものは裏側のプリントスペースを変更しなくてはならない。これで今日の仕事は時間をとられた。
▲裏側だけ注意すれば仕上がりはプロ並の出来栄えになる
食品を自分で買ってみて調理してみて、野菜の価値や味もわかる。たとえば大根を輪切りにしてふろふき大根にするとき新鮮なほうが皮むき等がしやすいし味もいい。娘のところへ行って来た松ちゃんのクルマの後部座席は娘の嫁ぎ先実家製の野菜が満載だった。冬野菜は貴重だからありがたい。
▲とりわけ茹でて保存し始めたブロッコリーの大きさはスーパーに並んでいるものの3倍以上と立派だった
GC1がダッフルコートを買ってという。おお、とうとう我が家にダッフルコートが来るかと言う感じ、と言うのも私は昔からダッフルコートに憧れていた。だがダッフルコートが似合う年代には到底手が出ななかった。結婚してからも何度か買おうと思ったがやはり高かった。私の息子あたりが買うだろうかと期待していたが趣味が違うと見えてとうとう誰も買わなかった。だからGC1が「ダッフルコート」といった時「いいね」とすぐに答えた。いずれにしろまだ中学生だから中級品にしておけといった。
▲市内には充分な品揃えがなくGC1はインターネットで気に入ったものを探し発注した
