2009年3月アーカイブ
若いときに、お年寄りがNHKの懐メロ番組を見ていると、往年の歌手がシワクチャ顔に厚い化粧をして登場するのを、なんとも物悲しい感じで横目で見ていたが今、それが自分の時代に来ている。GC1の高校指定教科書を指定されたシロキヤ書店に買いに行ったときCD、DVDコーナーにあったザ・ピーナッツを2枚買ってしまった。近年ザ・ピーナッツがTV番組に出ることは無いが既に70歳近い事だろう。中学生頃にラジオで聞いた「可愛い花」就職してから聞いた「恋のバカンス」など、ファンではないが、つい懐かしくて手が出てしまった。こんな私も古い人間でござんしょうか。
▲このジャケットを見たらシャボン玉ホリデーのエンディングを思い出しました
この「興味しんしん」には何度か書いたが、今月9日に梯子落下で怪我をした私をスタートに12日間で家族5人にアクシデントが続いた事を真摯に受け止め、私たち夫婦は毎月の墓参を決めた。更に松ちゃんは2年前に亡くなった母の殻塔への散骨を気にしていた。松ちゃん曰く、墓石の正規の位置に散骨されてないので整備したいと言う。子達、3人に定休日の今日、手伝ってもらい、私の作った特性の道具で遺骨の位置修正を済ませた。これも先祖を敬い丁寧に生きる作業だと思う。
▲特に前橋の次男、太田の娘が惜しまず一生懸命作業をしてくれた
還暦を充分に過ぎると葬祭のお付き合いが多くなる。今日の法事は母方の遠縁で、尚かつ父の代理だ。このお宅は年に数回は訪問する旧家だが法事は初めてなので、そのご親戚とも初顔合わせの人も多い。席上、施主は丁寧に一人ひとりを紹介してくれたが、私のように遠縁の更に娘の夫となると薄くなるばかりだ。それでも仏様の縁と言うか、先の紹介が効を成したのか斎食宴では、「なるほど」と言う繋がりに驚くばかりだ。直接の親戚ではなくても友人知人で共通したりで母の縁に感謝する日だった。
▲畏まった席も話してみれば謎が解けたような会話となるから不思議
122号が交差する相生2丁目十字路の拡幅工事が進んでいる。周囲十数軒のお宅が敷地を縮小されたり、移転や建替えが進んでいる。その中でひとつに気になっていたお宅がある。私が中学を卒業してこの地、相生の真新しい工場へ就職した時、私と同じ課に高卒で就職してきた、かわいい事務員人がいた。彼女が現場へ来ると明るくなり、私は必ず声を掛けておしゃべりをした。大したキズでなくても包帯を巻いてもらいに事務所へ行ったり、何かと仕事のじゃまをしにいった。当時私は15、16歳、事務員は19歳ほどの楽しい時代だった。その後彼女は結婚したが、30代で亡くなったと聞いた。
▲私の家からも、勤めていた会社からも直ぐ近くの実家、彼女の育った実家も拡幅工事で取り壊している。
20日ぶりに陽山舎へ行ってみた。室内で電線工事をしていて、約3Mの場所から滑った梯子の上に落下して以来だ。先ず、小屋に入る前に水楢の伐採をした山を歩いてみた。木が少なくなったせいなのか、寂しく感じた。もしかしたら怪我をして以来、恐る恐る来たから、そう感じたのかも知れない。盛り上がった山の部分の北側にカタクリの花が咲いていた。自生したのかと思ったら10年以上も前に母が数株を植えたものらしい。私は知らずに他の草と一緒に草払い機で刈り払てしまっていたが、悪いことをしてしまった。小屋に入ると9日に落下して、下にあったものが散乱した、そのまま現場が残っていた。ガラスの破片などを片付けると床に大きなキズが残っていた。
▲7月に咲く山百合まで、花らしいものは咲かないが、僅かなひと隅がほっと輝いている
観音院の住職ご家族を含めた一行18名の第4回OKバジネパールツアーが今朝出発した。今や日本中に支援者がおり、国際的にも認められつつあるOKバジこと、垣見一雅氏。氏の10年来の念願であった「貧しい村に図書館を」を実現させる為に、私の所属するOKバジを支援する会は、毎年の通常カンパとは別に2年に渡り図書館を作るための資金活動などを展開してきた。観音院が独自に一つの図書館を寄贈するので、結果2つの図書館が出来ることになった。桐生駅南口にはその二つの図書館の開所式に向かうため、それぞれの想いをカバンに詰め込んで出かけた。
▲私の用意したOKSS文庫の看板を携えて、二分の一の見本パネルをバスの中で掲げる出発前の富澤会長
今日の日刊スポーツは表紙外側見開きのでっかいWBC優勝写真で飾られた。スポーツ新聞でもきわめて珍しい事だと思う。殆どスポーツ音痴の私でもWBCは気になったし勝って欲しかった。TVの視聴率も平均30%以上と、私のように普段は野球を見ないような者までが国威を意識したのだと思う。いわば、愛国心だからいい事だ。この不況の中、なかなかいい話はないが私も心から喜べたし、ふだん見ないスポーツ紙の隅々まで見てしまった。そして随分有名選手のイチローや松坂、ダルビッシュのほかにも名前も覚えたぞ小笠原、村田、内川、岩隈。だけどどの球団なのかは知らない。
▲紳士たるプレーは他の国と違ってさすがサムライと感じた。よかったよかった。
10日ぶりの乾杯だろうか。しばらくアクシデントが続いたから、何とかエンディングにしたいと思っていた。GC1の高校入学連絡会も3時過ぎに終わり、そのまま予約の歯科医へ行った。更にそのまま同級生の和菓子屋、日盛堂へ寄った。日盛堂のOは3台目となる自ら選んだDELLの新らしいPCを買った。PCを始めるきっかけが私だったので、一緒にパソコン購入祝いをやろうと乾杯した。何かと悪いことが続いたから私も嬉しい気分になれた。
▲デスクトップの壁紙は愛妻とのツーショットとは気が利いている
定休日だがスケジュールがいっぱいあるので、箇条書きにした。今日やりたいこと、やるべきこと、やらなくては大変な事が8項目ある。箇条書きにしてその順番を付けないとムダがでて消化できないから、私は番号をつける。それでも番狂わせやスポットな用件もあるからスムースに行くもんじゃない。26日に出発するokバジネパール隊が持ち込む図書館のプレートを急遽頼まれ、昨夜原稿を仕上げたが、富弘さんが題字を書いてくれることになり、「箇条書き」を度外視して戴きに行って来た。8件の仕事はそれ以降になったので、松ちゃんとスーパーの弁当を車中で食べる事になった。
▲アクリルに貼り文字も、看板屋さんに無理を言って25日までに仕上げるお願いをしてきた。
5歳の誕生祝いの時に買った自転車が14インチだった。小柄なGC3錬君はそれでも自転車が大きく見え、おぼつかなかった。その14インチの自転車を弟のGC5幸ちゃんが乗りたがり、休みの日など取り合いになると言う。結構なことだ。取り合い、譲り合って兄弟である意味がある。それにしても今のGC3には14インチの自転車は小さすぎる。誕生祝いには少し早いが、いいだろう。そして小学校生になってからGC3、5には会う機会少なくなってしまったので一緒に自転車選びもして見たいと思い、二人をつれて大胡のホームセンター自転車売り場へ行った。
▲GC3は真っ赤な24インチスポーツ車と白いヘルメットを、GC5は鯉のぼりを選んだ
この半月の間に、我が家にはいろんなことが起こり過ぎる。3つ位まで続いたときは、こんな事もあるんだな~。と軽く受け止めていたが、家族全員しかも7件もの非日常なアクシデントが重なるのは、ただ事ではない。折りしも春彼岸、少なくも私はご先祖様への心向けが不足していたかも知れない。それが家族全員にも伝わり、疎かになっていたのだ。これではいけないと松ちゃんに伝え、ご先祖様への気持ちを、毎日のものとしようと話し合った。午後から墓参りをしたが、親類縁者さまへもご挨拶させて頂いた。
GC1の高校入学までに手続きを済ませておくものや、24日までに揃えておく物などが沢山ある。怠りのないよう、早めに済ませたい。教科書は23日の発売と決まっているので、その他の指定の学生服、スポーツ店で運動着、靴屋で上履きや雨具など、それぞれの指定店を回って購入を済ませた。とりわけスクールウエアのショップは多くの中学生、高校生の親子連れでごった返していた。そこで見た。ある親子がまた同じスポーツ店で顔を合わせた。次に行った靴屋でも、また同じ親子とはちあわせして可笑しくなってしまった。その隣の店は同級生のKちゃんのコーヒーショップなので買い物疲れにうまいウインナーコーヒーを飲んできた。
▲6ヶ所ある試着室は満員で係員が親切に採寸してアドバイスしていた。
実は我が家は、2週間に渡ってスペシャルウイークだった。①9日に私が梯子から落下、②14日にGC1が左足捻挫、③16日松ちゃんが風でダウン、④16日午後GC2がインフルエンザで我が家へ緊急避難⑤17日長男店長が入庫時に自分の車とスタッフの車をコスル⑥19日父が玄関で転んだ。以上、11間に6件ものアクシデントがあった事になる。何かのタタリか
▲それでもWBCのキューバ戦は5-0で勝った
スペシャルデイで親元を離れての2泊3日のインフルエンザ療養をしているGC2真優ちゃん、体温が乱高下して39度OBの時は食欲もなにも無く、ただグッタリしている。少し体温が下がった時に何でも食べられるものを食べさせる。今、「どんなものなら食べられそう?」と聞くと殆ど果物、イチゴとりんごで何とか体力の維持を図った。布団の中に長時間居ても疲れたようで、体温の下がった気分のいい時に私の机でお絵かきを始めた。
何十年もの間、この桐生市立商業校等学校の構内へ入る機会がなかったが今日、初めてGC1の入学手続きのため入った。この写真の背後は高架道路で桐生大橋に繋がっているから、殆ど毎日のように車で通っている訳だ。左ワキ見をすれば、この光景が見えるはずだが高い防音壁に遮られ別世界を作り出している。モーニングスイートの会場となっている陸上競技場に隣接しているから、私も免停の時など、自転車で競技場まで10分足らずで通ったこともある。北風の強い大橋橋上を除けば、きわめて楽な通学コース。それだけに安心し切って朝、なかなか起床しないGC1の行動が問題になりそうだ。
▲勉強も全力疾走だがバドでの推薦もあるのだから捻挫なんかしてられないぞ
弱り目にたたり目とか、泣きっ面に蜂とか、八方ふさがりな言葉はあるが正に今日はそれだった。先ず、私が1週間前の梯子落下打撲で、ほぼ普通の生活は出来るが左肩が特に不調で車の運転もままならない。そこへ来て14日は孫のGC1が左足捻挫でバドの練習は1ヶ月ほど休止。更に、昨日MMCのバスハイクで所沢航空記念公園へ一緒に行った松ちゃんも完全に風邪でダウン。昨日出かけに喉が痛いと言っていたが、こんなにひどくなるとは思わなかった。松ちゃんとGC1の食事などの世話をしてGC1と整骨院へ治療送迎、そこへ娘が研修で留守の太田の家から孫のGC2真優ちゃんがインフルエンザでSOS、娘が東京から帰る18日まで預かることにしたが、怪我人である私が、もう一人の怪我人と二人の風邪患者をみるというスペシャルデイとなった。
▲とに角、食べて元気にならなくてはダメ、食欲のない真優ちゃんにやっと聞き出して食べられそうなものを買ってきた。
所沢市にこんな素晴らしい公園があるのを知らなかった。所属するハイキングクラブMMCは高齢化で、ハードなハイキングコースは敬遠されがちなので最近は平坦な見学場所や、花見的スケジュールが多い。3ヶ月に一度企画立案されるが、丁度私が会議を欠席した時に決定した企画だった。ヒコーキ好きでもある私には、願ってもない企画で参加者の多くがご夫人で、むしろ興味が沸かないだろうと心配になった。案の定、私一人のための企画のようなもので一緒に行った松ちゃんを放っておいて実機展示館から離れなかった。いつものように帰りのバスの中で一人ひとりに今日の旅の感想を語ってもらうが、殆どの人が金属のカタマリのようなヒコーキには飽きてしまったようだ。
▲展示館の隅で「水を使った気圧の実験ショーをやっていた。これは感動、楽しめた。夢中で見ていて写真を撮る時は終了だった。
GC1の志望高校パスの祝いにPCを買ってやる約束になっていた。予算などを考えるとやはり、DEELがリーズナブルに済みそうだ。最近のDEELの購入サイトはチャットウインドが開き、注文の仕方や、スペックの質問などを案内しますよ。と言ってくる。確かに電話だと発音の違いで間違いが起きやすい。文字で話すから正確に伝わり、効率的だ。ただ、注文ページを変更してからチャットをやり直すとチャットの相手が代わってしまい。今日、私がチャットを利用して注文したケースは営業担当者の成績にならなかったようだ。
▲それでも最後までその営業担当者はチャットで私の希望を案内してくれた。
終日、熊本県芦北町星野富弘美術館の館長らと行動した一日だった。富弘美術館の姉妹館として5年前に開館した芦北町の星野富弘美術館は毎年、木村館長と監理指導の坂田氏そして芦北町町長が富弘美術館の視察と富弘さん宅へ挨拶に見える。毎回同行させてもらうが、今回は1月に再選された芦北町町長が風邪のため来られなかった。これは富弘さんとの面会で双方の大事をとっての事のようだ。富弘美術館では特別展「空に」が開催されており、同行者らと鑑賞してきた。夜は囲む会で歓迎会と二次会で3次会まで付き合ってくれた松ちゃんと家路に着いたのは0時だった。
▲桐生到着後すぐに姉妹美術館関係のみどり市を表敬訪問
年々、涙腺が緩んでくるのは私だけじゃないだろう。GC1の義務教育は今日で終了し保護者としての一つの責任が果たせたと言う想いである。これからの高校生活のほうが更に大変なのかもしれないが一区切りである。保護者会や授業参観などで通いなれた相中だから卒業式を見てみたかったが、母親である娘が出席してきた。写真や話の様子で雰囲気は分るが、一人ひとりがそれぞれ感動したことだろう。私も先日の保護者会で武正先生、小林先生、星野先生と学年毎の担任の先生に挨拶は済ませてきたが、いずれも立派でいい先生に恵まれGC1も幸福な中学生活を過ごせたわけだ。あらためて、相生中学の皆様ありがとうございました。
▲娘の撮った写真、各教室で卒業証書が手渡されたようだ
正式には何ていうんだろう。台車、キャリーカー、手押し車の何れかだろうね。オーラ化粧品の商品搬入などにはこの道具にお世話になる事が多い。買い換えた理由は、後にあるものは古いが先日、運送屋さんが商品を倉庫に運ぶのに使い、キャスターのホイールが壊れた。キャスターだけを交換すれば済むと思ったが専用部品で汎用は合わなかった。また、合ったとしても4個を取り替えると新しい台車を買ったほうが安いという現代の理不尽にぶつかる。物は大切に使いたいと思うが不可能が多い、ならば簡単に壊れない丈夫なものを選ばないと環境破壊につながる。なんちゃって。
▲さすが上級品はキャスターの質も段違いで静か、荷台も堅牢で丁寧な作りになっていた。
富弘美術館を囲む会の春の恒例行事、「集い」を今年も4月29日に行うが、場所は足尾町の松木沢渓谷と決まった。富弘さんが学生時代に好んで登攀した場所で、車で入る事を足尾町から許可してもらった。この行事を富弘美術館の管轄であるみどり市と私の住む桐生市へ広報してもらうため出かけた。みどり市はもちろん富弘美術館の事だから全面的に協力してくれ次号広報へ載る事になったが、桐生市は直接、協賛または共催の後ろ盾がないと掲載できないと言う。元、収入役のT氏の名を出そうかと思ったが、それもカッコ悪いと思い、広報課の廊下を隔ててある「記者クラブ」へ寄り、新聞各社へお願いしてきた。
▲桐生市役所の彼岸桜か川津桜か、満開で怪我の痛みをホッと忘れる美しさだった
この手すりは10年前に母の為につけた。家を作る時は皆、元気だったからバリアフリーや手すりなど考えもしなかった。むしろ、そんな物を付けるとカッコ悪いと思っていたから。母が手すりが欲しいと言うのでデザイン優先でつけたものだから母にとって決して使い易くはなかったかも知れない。昨日の全身打撲の怪我で今日は更に体が重く、左腕は殆ど上がらない。整骨院で治療を始めたが、骨の異常は殆どないので捻挫と打撲のテンコ盛りとなった。先生は「これだけで済んだのは日ごろの運動だと思うよ」と言ってくれた。そして「とに角安静です」と。
▲10年前に取り付けた玄関への手すりがこんなにありがたいとは、、、
まったく不覚をとった。顔面強打、両手首打撲と切り傷、右ひじ打撲、両膝、両スネ打撲、足の指2本内出血とざっと数えても11箇所の怪我。朝から小林さんと陽山舎の伐採後始末作業をやっていた。3時からは小屋内の電灯工事を自前でやった。小屋は全吹き抜けなので2段スライド梯子でないと届かない。要は梯子を壁に掛ける角度の問題と梯子の足の固定だ。これを怠った。3mの位置に立つと梯子の頭が滑り、はずれた。その高さからアルミの梯子の上に腹ばい状態で落下。腕時計の腕が鼻に当たり顔に直の外傷はないが鼻から血が吹き出た。しばらく動けず、とりあえず鼻血だけは止め、起き上がった。それでなくても50肩で左肩は大変なのに全身打撲で万事休す。
▲滑った梯子の足元は照明ガラスグローブなどが散乱、床にも大きなキズが残った。でも、こんな程度で済んで不幸中の幸い。
食べたことのある人、手を挙げて。とやると今の若い人(40才以下)は殆ど食べたことがないようだ。飽食の時代も久しく豪華でうまいが当たり前のバチあたりな日本の食生活を憂いでいる。我が家のキッチンマスターを自認して3年目になるが食材を残さない事、料理を食べきるだけ作ることを心掛けているから、いつも冷蔵庫の中はスカスカで使いやすい。そしていつも用意しておくのが「きな粉」。砂糖を少し混ぜてご飯に振りかけてポロポロ状態で食べると香ばしくて美味しい。我が家では私しか食べないプレミアムメニュー
▲他の家族の料理を作らない時など、自分だけで簡単に済ます食事に便利
桐山さんは見るからに育ちの良さを感じる。元々は日本弁管(現べネックス)の桐生工場長まで勤めた方で、その後もしばらく役員として残っていた。現職の時から温厚な人柄は多分部下に怒った事はないだろう。それは当時の他の社員さんの話からも伝わってきた。リタイア後は趣味の写真に入り込み、特にブナの撮影ポイントのいい場所があれば愛車を蹴ってどこまでも行く。
▲四季折々にヘアーズ、オーラ素肌美サロンの2店舗に吸い込まれそうな風景写真を飾ってくれる
先週、母は投薬の誤飲をされ一時緊急入院した。2日ほどの入院でほぼ回復し施設マンションに帰ってきた。言葉は発してくれないが私が次男のマサオであることはしっかり分かっているようで心強かった。
【財団法人吉川英治国民文化振興会による2009年度「吉川英治賞」が、下記のとおり決定いたしましたので、お知らせいたします。第43回 吉川英治文化賞=垣見 一雅 氏・ネパールに居住し、住民から寄せられる様々な問題と向き合い、生活の自立を支援。】
凄いことになった。今日の日中にOKバジを支援する会の会長である富澤氏と会っていた。その時「不確定情報だが、垣見さんが吉川英治・文化賞に該当しているらしい」と話していた。深夜、松崎さんの「マイブログ」で決定したことの書き込みがあったので、講談社のサイトを見ると垣見さんの名が文化賞の中に堂々とありました。今月末に当、OKバジを支援する会は19名でバジの支援する現地を訪れる計画でドリマラ村ヘの図書館完成と重ねての喜びとなった。 ▲スナップは昨年11月は社会貢献財団からOkバジを支援する会が受賞の為に帰国した時のバジ
凄いことになった。今日の日中にOKバジを支援する会の会長である富澤氏と会っていた。その時「不確定情報だが、垣見さんが吉川英治・文化賞に該当しているらしい」と話していた。深夜、松崎さんの「マイブログ」で決定したことの書き込みがあったので、講談社のサイトを見ると垣見さんの名が文化賞の中に堂々とありました。今月末に当、OKバジを支援する会は19名でバジの支援する現地を訪れる計画でドリマラ村ヘの図書館完成と重ねての喜びとなった。 ▲スナップは昨年11月は社会貢献財団からOkバジを支援する会が受賞の為に帰国した時のバジ
写真は男の料理教室「厨房の男たち」で作った今日の野菜カレー、(トッピングは私の作業じゃない)まだまだ料理はビギナーだが、カレーは自信が付いてきた。だが、最近孫のGC1の評価があまり良くない。確かに最初の頃はルウを複数使ったり、他のソースも加えた。GC1の舌はかなり正確で、その差を分かるようだ。それじゃあ次のカレーの時はじっくり考えようと思っていた。今日の料理教室はGOODだった。一切の肉を使わず野菜だけで何とコクのあるカレーが出来るんだろう。
▲作り方はシンプルだった。今夜はピザとカレーの2品を復習のつもりで作った。
実質2ヶ月以上の長きに渡っての休みだった。モーニングスイートがやっと始まった。22年の輝かしい歴史があるのに、この冬は参加者が唖然とするような長期の休み組んでしまった。私たちは自主的に運動不足を回避するために、同じ時刻に新川公園に集まり、同じメニューをこなしてきた。長期に休む理由が「寒いから」だが今日の寒さは雪が降るほど寒いのだ。まっ、始まったからいいか。やはり公園より本格的運動場のほうが気持ちがいいに決まってる。
▲当座、火、木曜日の週2回だけ、これもしょっぱい。一度休んでしまうと参加者もまばら
世の中こうでなくてはいけない。女性の美に対する積極的な欲望はとても好ましいことで、全ての活力になると思う。昨年立ち上げたオーラ素肌美サロン太田新田店もやっと軌道に乗り始めたし、不況下のいまこそ男が元気をなくしてはならないが女性ももちろんである。そのほかに美しさに手を拱いてはいけない。オーラ素肌美サロンに新マシンを導入するにあたって2店のスタッフ全員が研修を受け、新マシンの威力を体験し、3月10日から新メニューに加える。
▲大阪のメーカーから熱心に社長自らが出向いて研修をした
2月17日に交通国庫税を納めたが昨年も1件あるので3度目はごめんこうむりたい。還暦を過ぎてスピード違反も恥ずかしいし、安全運手の模範にならなければならないが、時と場所によっては「流れ」と言うものがある。加齢と共に運転技能は劣ってくる。事実、後方確認不足で何度かぶつけた事もあるから充分気をつけるがあの「ネズミ捕り」的国庫税徴収には腹が立つので防御策として高性能レーダー感知器を取り付けた。
▲商店など余計な赤外線などはキャッチせず、多機能。
