2009年9月アーカイブ

食欲の秋に続き楽しみなのが車である。隔年開催の東京モーターショウは今秋開催されるし、地元にいても11月1日は群大キャンパスで恒例となったクラシックカーフィステバルが行われるのでワクワクする。後者はもっぱらクラシックでノスタルジーな車を見て楽しむが、前者のモーターショウは圧倒的に未来志向が強い。とりわけ今はエコカー全盛でレシプロエンジンに代わるメカニズムが勝負どころだ。ホンダがこのショーで見せるU3-Xはアシモのロボット技術応用した電動歩行器具だが前回はトヨタがモノシートタイプを出展したが、その後市場に出ることはなかった。
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▲USA製のセグウェーも日本じゃ普及しなかったしこの手のタイプは不健康なイメージがつきまとう
陽山舎裏に2年前、富澤氏が桜の原木にナメコ茸の菌を植えてくれたものが今年も秋の贈り物を育んでいる。上部が枯れ始め倒壊の危険があるので伐採した。山桜の原木に殖菌しておいたものが昨年はさんまパーティーのタイミングで沢山でたのでナメコ茸をゲームの景品に使い、好評だった。半分は「天然モノ」だから今年も活用できるとは限らない。開いてしまったものも含め、明日の味噌汁のために小さなビニール袋に詰めた。
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▲半分は「栽培モノ」だが美しいか株を見るとわくわく嬉しくなる
今年の準備は例年より少し遅くなってしまったが、今夜が第10回さんまパーティーの会議の始まりとなった。そして会議場所を初めて陽山舎を使った。これまでの「さんまP会議」はオーラ素肌美サロンの事務所や公民館を使ったが何れも時間とスペースで不都合、市内からやや遠いものの食事を含めて2時間以上かかる企画詰めには気兼ねがなくていい。参加費は昨年どうり一人500円と決め、さんま以下のメニューもそのままにした。一応の会議の後のコーヒータイムでは先日ヘアーズ研究会で振舞ったアップルパイが評判だったので夕方焼いた物を持参した
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▲11人のメンバーで主たる企画、既に野菜の寄付などの話が持ち上がる
GC2とGC3をつれて妙義山の登山を計画しているが孫たちと私の都合が合わずタイミングを逃している。今朝、急に思い立ち、先ずGC2に電話で都合を聞いてみた。すると「パパが熱を出して寝ているからムリ」と言う。下の二人の弟GC4、GC6の面倒を見るようで、双方が心配なので行って見た。3人の子が家の中で一日過ごすのも大変だろうと思い。桐生市の茶臼山へ連れて行った。290mほどの山だが市内の展望はいい、無計画だったのでみかんを4つを持っただけで40分の道のりを歩いてしまった。
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▲小さな山でもGC4とGC6にとっては初体験、とりわけ3歳のGC6はよく歩いたが最後はおんぶになった
やはり、この写真の現場に私がいたらきっと小躍りしたに違いない。前橋の息子から送信されてきた昨日の運動会で、これまではなんとなく運動オンチと思われていた小学2年生のGC3が60m徒競走で1等賞をとったと言う。いや~、錬君も嬉しかったろうな、自信がついただろうな。保育園当時の運動会は何度か見学に行ったが、とてもとてもこんな勇姿を想像できるものじゃなかった。息子は私似て運動能力は低いからお嫁さんのDNAが効を発したか
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▲この勇姿、たのもしいね
草刈を手伝ってくれると言っていたから経験があるのかと思ったら、経験があるのは自分の家の庭の「草むしり」だったようだ。それでも中学時代の同級生
Eは昨日の電話で「いいよ何でも手伝うよ」と気持ちよく言ってくれたので誘って、10月のさんまパーティーの準備のための陽山舎草刈りをした。エンジン草払い機の操作は初めてのようで1時間もしたら彼のシャツには大きな汗のシミが出来ていた。作業中はエンジンの騒音で会話も出来ないが、昼食は小屋の中でたっぷり時間をとって中学時代やその青春の懐かしい話をいつまでもした。
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▲450人の同級生で9年間の義務教育の間、彼と接点が合うのは中学1年生の1年間だけだった
ホームセンターでためしにスターターコイルを引いたらとても軽かった。ラーニー製草払い機。同サイズエンジンに軽い掛かりのハッピースターターというリコイル付きで使い勝手が良さそう。
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やはり今気になるニュースのひとつが八ツ場ダムの中止か否かの問題だ。確かに民主党は政権公約にこのダムの中止を挙げていたのだろうが現地住民とかなりこじれてしまったようだ。私も出来ればダムのない方がいいと思うが今一番考えてやらなければならないのは当初は反対していた住民の皆さんで、長い話し合いの折に妥協したのだろう。ここが一番難しい。
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途中まで進んでしまったが美しい自然の風景を取り戻してほしい
ガルバという建材名を聞いたのは太田の娘宅を十数年前に立てるとき、建材候補のひとつに挙がって初めて知った。最近の若い世代の新築に良く使われる。何のことはない最新のトタン板なのだが、かなりの優れもののようだ。平板としてではなく波板か角板で素材そのままでも銀色できれいだ。正確にはガルバリウム鋼鈑と言うが、ガルバは鋼鈑にアルミと亜鉛の合金合メッキを施してあることが耐久性を3~6倍も伸ばしている。実は1ミリ以上の鉄鈑では重いがガルバの波板なら0.27ミリで充分耐える。この優位性をかってドラム缶製のバーベキューコンロの炭置き板に使ってみた。
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▲ガルバリウム鋼鈑で全ての外壁を覆うユニークな建物
仏壇のある茶の間は暫く使っていない。先々代の正之助おじいちゃんが健在の時は、おじいちゃんを中心に皆がこのコタツに集まっていた。仏壇のある茶の間は食堂から離れている事、立ち座りが面倒な事で椅子中心の生活になって今や食堂が茶の間の機能を果たしている。しかし彼岸で焼香のお客様の接待はここがぴったりだ。今年の冬はコタツにもぐろう。
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 歳を重ねると考えも変るもんだ。今年父が亡くなった事もあるが我家の墓地は玉石を入れ花立をステンレスと陶器の2種に取替え、線香受けも改造と随分と整理した。今日は彼岸で私の実家の墓参りをした折に清掃道具一式を持ち墓参した。仏様は何も要求しないから仏壇でも墓地でも私たち子孫が清潔に整然とする義務がある。なんて最近考えるようになった。
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▲松ちゃん黒玉石をバケツに戻し水洗いしてから敷き詰めなおした。

連日このニュースが気になっていたが、やっぱりダメだったのが残念。クレヨンしんちゃんの原作者臼井義人さんが荒船山で遭難し遺体で発見され、ヘリで収容された。クレヨンしんちゃんは十数年前に漫画アクションと言う大人の週刊誌で連載が始まった。私がヘアーズを経営していた時の待合室の置き本で当初からユニークで面白い漫画だったのでファンだったし、その後の単行本も数冊買った事がある。婦人団体から悪書のレッテルを貼られ、その後は子供向けにの純真路線に切り替わったようだ。荒船山は私の好きな山のひとつで滑落したと思われる艫岩(ともいわ)には足を投げ出して弁当を食べたこともある。臼井さんはどんなに体を乗り出して写真を撮っていたのだろう。

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▲漫画アクションではエロ的な部分もあったので面白かった。

自宅用洗濯機が寿命のようです。と言ってもほんの一部の不具合で、あるコースを使用すると水が止まらなくなってしまうというもの。修理の依頼をしたら修理担当から電話での故障内容説明やりとり、製造から11年経過しているので部品がないと言う。11年も使ってはいないが買った時点でかなり旧型だったのだろうか松ちゃんも気に入って使っていたのに残念。仕方なく買い替えるが松ちゃんの第一希望は今流行のエコ節水タイプはゆすぎが甘くてイヤだというので、たっぷり水を使うタイプを選ぶと圧倒的に機種は少なくなる。それでも東芝の9kgの大型タイプが見つかり注文してきた。
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▲私の家から近くには大型家電店が3軒しのぎを削っているが、ここでは先発で店舗はやや小さいK店が何でも安いようだ
今月23日まで桐生市明治館で開催されているネパール写真展、この3月にOKバジを支援する会の第4次訪問団が撮影したOKバジの活動するネパール奥地の興味深い写真展だ。開催中は出展者が中心になって会場係りを務めるが、訪問団に参加しなかった私も今日の半日だけ会場係りを手伝わせてもらった。意気揚々と9時から待っていたが10時までは一人も来なかった。その後は無料チケットを配布した効果があって10時からは飽きないほどに来館者があり、精一杯説明させてもらった。OKバジの事を知らない方がほとんどで広報のいい機会になった。
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▲10時まではバルコニーで持参のコーヒーを飲みながら待機(一人寂しくセルフタイマー撮影)
一年に1、2度しか行くことのない孫の保育園でいつも関心するのは私がGC5幸志郎のおじいちゃんである事を殆どの保母さんが分っている事。そして誰々ちゃんは何組であるかも全て承知している。若いって言うのはそれほど記憶力がいいのだろうか、そんな当たり前の事で感心してるようだから今日の敬老会に呼ばれたのだろうか、二宮保育園の敬老会に招待されたのは4回目、ナント最初は私が58歳だった。いまじゃすっかり年寄り気分。(^_^)v
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▲GC5も随分成長した。私のことを「マスター」と呼びながら周囲に他の子や保護者がいるとちゃんと「おじいちゃん」と小さな声で(説明)を付け加えた

明暗

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父がいなくなってから私が地元、桐生タイムス紙の明暗コーナーを確認することにした。明暗コーナーは一両日中に生まれた子と、同じく亡くなられた人の葬儀場所と日時を紹介している。不義理をしてはならないから父が必ず目
を通していた。このコーナーは知り合いの方などが亡くなっていないかを確認するのに便利で、7月に父の跡、私は2件を発見し、そのひとつが今日だった。KさんのYちゃん22歳で亡くなった。もともと持病はあるものの余りに短い人生にKさんの挨拶と言葉は涙の中にあった。
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▲若い人の葬儀は特に辛い
2万から3万円を出せば大型バーベキューコンロを買えるが、それじゃあ悔しい。いずれにしてもアウトドアの用品だから高級ではないほうが好ましいと思う。それに以前から自分で作ってみたかった。私の山小屋陽山舎で毎年秋に行う「さんまパーティー」も今年は10回目、喪中ではあるが10年目の節目なので敢行する。そんな思いもあってドラム缶で作ってみた。ドラム缶を縦に割り、スチール角パイプで脚を組んだ。後で分ったが太田市のJ本田ならアルミの角パイプが買えたし塗装もせずに済んだのに。しかし現行のコンクリート製コンロの1.5倍の炉面積だからサンマ焼きもはかどるぞ。
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▲ドラム缶製なので同時に2台完成
孫のGC1は夕べから頭が痛いといって不快だったようで夕食の外食先でも早く帰ろうと促していた。案の定、今朝は起きて来ない。既に弁当は作って準備完了だが松ちゃんが起こしに行くと「風邪らしい」と恐ろしいことを言う。現にGC1の学校では2名の新型インフルエンザの生徒が出てしまいGC1にも充分注意をせよと言っておいたが「かんけ~ないよ」と他人事。それ見た事か、早めに病院で検査をして来いと出す。幸いにも結果は陰性でOK!作ってしまった弁当はオウチ弁当でどうぞ。
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▲ラッキーなのかどうなのか今回の卵は全てが黄身2個の豪華版(殻が4個に黄身8個)
早いもので父の2回目の月命日が来た。今年の十五夜はいつだろうと調べたら10月3日、4日が満月となるとあった。2ヶ月とは満月、新月が2回繰り返したと言うことですっかり秋になった。先週松ちゃんと墓参りに行った時、2ヶ所ある一方の花立が使いにくいのでパイプを埋けて使い勝手を良くした。同じく線香炉も水はけが悪いのでコンクリートドリルで穴を開け金網を張った。これでお彼岸準備完了
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▲ご先祖様もきっと喜ぶでしょう
先週の土曜日から桐生明治館で開催されているOKSSの会主催ネパール訪問写真展は盛況だ。今回の訪問メンバーの作品が主だがそのメンバーがチケットを配布したと言う事もあるが会長の報道機関へのアプローチも貢献しただろう。地元紙桐生タイムスにも大きく取り上げられ、頂いた上毛新聞にも効果的な記事として掲載されていた。同じ明治館で2時から稲田志保子さんの定例電子ピアノ演奏が喫茶室で行われたが、松ちゃんもサロンを抜け出し写真展を見に来たので途中だが写真展を案内した
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▲黙って見るというより質問したくなる写真展、23日まで
走行距離59km、廃棄総量630kg=19646円。これは5日から進めてきたヘアーズ寮の小屋裏に何年も仕舞込んだままの生活用品を廃棄した総費用で、1トン積みトラックをレンタカーで借り、桐生清掃センターへ満載で2回運びその廃棄料金とレンタトラック代。廃棄する衣類や雑貨もしみじみ見れば歴史があり懐かしくて時間が経つのを忘れる。思い返して「イヤイヤいつまで保存して置いても仕方ない」と言い聞かせ決断する。それにしても殆どのモノが使おうとすれば使えるものばかり、モノが溢れる中、形や色が古いなどの理由で使わない罰当たりの時代
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▲トラックに積んだ大量のモノを清掃センターの投棄口に放り込むときは罪悪感を感じる
孫自慢になるがもともと頭のいい子かもしれない。そう感じるのは昨年の誕生祝いの写真や出来事を思い出しても大きな変化は見られないからだ。と言って成長してないな~と言うのとは違う。文字の練習帳を手本に「ますたー」と書いて見せてくれた。優しさが小柄な身体に詰まっているというタイプで保育園の中でも人気があるようだがそれは親の感想、本人はまったく意に介さないところがまたいい。
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▲昨年の保育園での敬老会では爺さんをそっちのけで女の子と手をつないでいたが今年はどうかな
長年の所帯であればモノが増えるのは当たり前だが、私を含め物持ちものが多くて定期的に処分しないと家がパンクする。先日から進めている寮の小屋裏大掃除は小型トラックを借りて処分しなくてはならない程の衣類や寝具、家電品が詰め込まれていた。20年前に自宅を新築した際に、とりあえず使わないものを仕舞込んだのだが、その時点では捨てられないものだ。特に衣類はそれぞれに思い出があり、広げれば一気にタイムスリップする。とって置けばいつかまた懐かしさに会えるがここは思い切って捨てないと何時になっても片付かない。
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▲思わぬ写真が出てきたりするから捗らず、今日の作業は夜10時まで及んだ

病院

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今年3月に訪れた太田市にある県立がんセンターも大きく立派な建物だったが今日、初めて入ってみる前橋の群大付属病院本館も圧倒される。先ず、写真のように入り口を入るとホテルのロビーか空港のロビーかと見まがうばかりだ。以前から時々心臓の不調を訴えていた松ちゃんが先月、掛かりつけのSクリニックに群大病院から来ていた医師の紹介で検査することになって来院した。私は付き添っていったが、その待たされ事、待たされる事。たぶん県内に数台しか無いような最新のMRI撮影に準備を含めて40分くらいだが自宅を出たのは午後12時半、終わって帰宅したのは6時を過ぎていた。
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▲待たされた時間を昨日の疲れからか殆ど私は居眠りをしていたようだ
自宅敷地の東側に5部屋設定の寮がある。今は寮生は皆無で空き家状態、いくつかの部屋を商品の倉庫としている。平屋の寮の小屋裏は24坪分がそのまま収納スペースとなっているが、そこに収納されたもの半分以上は10年以上ねたままになっている。殆どが不要なので朝から処分作業を始めた。午後は仙台の菅野さんが観光ツアーを使って富弘美術館へ来るというので菅野さんとは暫くぶりなので島田氏と出かけた。菅野さんご夫妻は年に数回、富弘美術館へ「長期滞在」する熱烈ファンで観光バスで来るのはめずらしい。私も先日の内覧会では作品をゆっくり見ることが出来なかったので鑑賞にも丁度良かった。
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▲記念写真の定位置、多くの人がここで記念写真を撮ってゆく
先週、火曜日に富弘美術館で富弘さんの新たに出版された「新編・風の旅」原画展内覧会があった。出版元の学習研究社の関係者たちも参加してセレモニーがあったが、その中で富弘さんは新編とは言うがまったく別物の本だという想いで仕上げたと言っています。話の中で興味深かったのは9年間の闘病生活後初めての絵の展覧会で全ての絵が売れてしまったことで「これで生きて行けるかも知れない」と感じたそうです。それから直ぐに展覧会を開いてくれた久保田さんと相談しさっさと退院の準備をしてしまったと言う初めて聞く話でした
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▲人は人によって活かされている。そんな内容の挨拶だった。
今年3月に私の所属するOKバジを支援する会の仲間十数名がOKバジの活動するネパール奥地へ4回目の訪問団を結成して行って来たが明日、6日から23日までの約3週間にわたってその時の写真展を桐生市明治館で開催する。大澤さんご夫妻がリーダーとなって100枚以上の写真フレームをブロックに分け展示準備した。私も3回目の5年前に行った事があるのでどの風景を見ても懐かしいし、バジが活動するネパール奥地の子供たちの輝きは見る人の心を放ってはおかないだろう。
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▲約2時間ほどで展示を完了した
1分ごとに美人が現れ時刻を知らせてくれる「美人時計」があると言うので訪れたサイト、確かに楽しい企画でいいと思うが「美人」の基準をどこにおいているのだろう。イヤ、この写真の娘が美人なんかじゃない、なんて言わないよ、しかし若い人の多くは「可愛い」とは思うが「美人」とは別物だと思う。そもそもこのサイトの企画が都内の美術家たちの関係となると首を傾げたくなる。たしかに美人の基準は時代や国によっても感じ方は違うこともある。それに最近はモノに対してもカワイイ~なんて言う時代だからどうでもいいのだろうけど
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▲今や「美人」は死語だと思うけど、若い人はみなカワイイ

機屋

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母は数ヶ月ごとにお世話になっている施設が変るが、今はK地区の病棟にいる。その病棟の近くのお宅でこの時期になると栗を売り出す。初めて買ったのは3年前。道路沿いに並べてあった栗に値段と箱が置いてある無人販売だった。甘く美味い栗だったので季節になると母が別の施設に移った時でもわざわざ買いに行ったが今日は午後時間がとれたので見舞いに行った折にお宅へ寄ってみた。昨日初めて収穫できたようで分けてもらった。もともとは大きな機屋さんで出来た反物を保管する蔵が二つもあっる立派な屋敷だ。
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▲大きな建物が何棟もあるが「今は空気しか入ってねえよ」と昔の栄華を語ってくれた
はるばる広島のしまなみ街道のある因島から富弘美術館の企画展初日に期待を込めて来た人、樫本さん。熱烈な富弘さんファンで昨夏の四国徳島で詩画展のおりにお会いした広島県支部の方。期待を込めてとは「企画展初日なら富弘さんが美術館に来るかも」との想いである。ずばり的中した。初日と言うこともあったが今日は新しく編集し直した「風の旅」出版記念の原画内覧会だった。近郊の支部には知らせがあったが遠方へは案内がなかった。樫本さんは運がいいと言うか強い想いか、幸いにも内覧会の挨拶に来館した富弘さんとも談話ができた。
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▲私たちも1年ぶりの再会をカフェルームで祝った