2011年5月アーカイブ

太田市の娘宅、家の前の小さな植え込みが乱雑で松ちゃんは気になっていたようだ。畳一枚ほどの花壇に小さな観葉植物が2本伸び放題だった。よくやるね~、と働き者の向こうのお母さんも関心しきり
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▲要は好きなんだね

松ちゃんが見たいとい言うので映画「ブッダ」太田イオンで見た。手塚治虫の漫画をアニメ化したものだが、ストーリーはともかくアニメがお粗末だ。松ちゃんはスタジオジブリの作品は絵も丁寧で好きだが5年ほど前のディズニーの「ウォーリー」が良かったと言っている。「ブッダ」は動画の動きが荒く、背景の人の動きがまったく安っぽい。手塚治虫が生きていたらきっと怒るよ。

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▲シニア料金でペア2000円、これ以上の価値なし

手帳や携帯のスケジュールにはしっかりメモってあるのだが、見たり確認しなければ何もならぬ。GC1孝行のパパからの電話で松ちゃんも今日が孝行の18歳の誕生日と気がついたようだ。私はすっかり夕食の食材などを買ってしまったが太田の娘宅で誕生夕食会をするので行くことになった。しかし、誕生ケーキも注文してないぞと困っていたら、GC2真優ちゃんがお祝いにチーズケーキを作った。良かった~。
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▲この家も基本的に料理はパパ
何も思わぬ人は気付かずに使い過すのだろうか、昨日見た羽田空港到着口のトイレのひとつ、その手洗い流しのデザインに感動した。写真では充分な表現はできないが天板と流しが一枚モノの一体だった。要はたぶん1枚モノの平面な人工大理石のような樹脂をシンクの部分を凹まして“天板”とシンクの一枚ものを作る。正面上部に自動水栓、自動洗剤の口とセンサーが僅かに見える。
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▲これは多分日本製だと思うが日本のインダストリアルデザインであって欲しい
昨日は一日中忙しかった木村館長が式典後、ドライバーを担当し私達をもてなしてくれた。夜の懇親会設営まで大変だったろう。更に私と二次会に出たがとうとう酔いつぶれてしまった。それでも朝は宿まで車で迎えに来て新幹線水俣駅へ送ってくれた。熊本駅で待つ坂田先生と奥様の案内で県立熊本美術館へ、ここは富弘美術館開館後初の県外詩画展の記念の場所でもある。特別企画展の入館人数記録は今でも破られていないそうだ。
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▲入口近くのロダン彫刻で富澤氏と坂田先生
昨夜は坂田先生主催の懇親会に、先生の兄で同じ画家である坂田黎一氏が同席してくれ、少年期の開放磊落な時代の話をしてくれた。今でも子供の時と同じ兄弟愛が持続している事を羨ましく思った。今日は星野富弘美術館開館五周年記念で坂田先生の講演を聴きに来てくれた。坂田先生は自身作の版画20数点を富弘さんはペン画を主体に20点ほど飾った経緯などを楽しく語った。
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▲坂田黎一と 花は囲む会群馬県支部とみどり市教育長のもの
22日に2日間のボランティアを終えて熊本へ出かけるのは結構忙しかった。熊本芦北町の星野富弘美術館の五周年記念、そして坂田先生と富弘さんの二人展出席のため5人で出かけた。INで航空チケットを買ったり総体的なプランと予算も作った。熊本空港では坂田先生とお嬢さんの潤さんが出迎えてくれ、私やOさん、Tさんも坂本善三美術館を強く希望していたので阿蘇のドライブウェーを楽しみながらしっとり落ち着いた美術館に到着した。
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▲今年生誕100年を迎える坂本善三画伯は富澤氏の親友で画家坂田氏の師匠である
2週間前は岩沼市の泥かきボランティアに初参加、今回は昨夜バスで出発の石巻渡波小学校避難所への炊きだしボランティア。夜中に東北道をひた走り石巻専修大学キャンパスでバスを止め仮眠、4時に目を覚ますと無数のテントがあった。個人や小人数でボランティアするためのベースキャンプらしい。30分ほど離れた渡波小学校周辺は悲惨だった。6時から朝食の用意、続いて昼食は800人分の天ぷらうどん、
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▲午前から降り始めた雨のため全食提供ならず200食以上が残ってしまった。このバランス難しい
この写真を見てフツーは電車のボディーにヤマトのコマーシャルと思う。ところが違う、京都を走る路面電車を本気で輸送手段として使い始めたそうだ。専用車両だから一般のお客様は乗れない。まっJRなどでいえば貨物列車に当たる。交通渋滞やCO2削減問題でヤマトは先手を打ってきたって事か。話は別だか先日収録の山陰放送ラジオ、今日が放送日だがどうなったろう。
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▲いいかもね、わたらせ渓谷鉄道なども利用できないだろうか

被災

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今週15日はMMCハイキングクラブで茨城県の那珂湊魚市場へ観光を兼ねた復興支援の旅をしてきたが、私と同じ副会長のF氏は宮城県の親族を大震災でいっぺんに7人を喪った。私たちは氏の為に義援金をあらためて集め託したが奥様の心痛が癒えるものではない。今日のMMC総会で向こう3ヶ月の企画を決めるが私は被災地へのボランティアも提案して見た。しかしかなりの重労働との認識あり賛成は得られなかった
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▲冒頭、お礼の挨拶をするF氏
熊本県芦北町に富弘美術館の姉妹館である星野富弘美術館がある。この美術館が今年は5周年、同時に新たな学芸員が迎えられた。まだまだ多感な新卒生原田さんの富弘美術館の隅々を見る目は好奇心に輝いていた。この好奇心が芦北町の星野富弘美術館のこれからを切り開くに違いないと感じた。採用選考に当たったK館長や町長の期待は弾んでいた。
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▲富弘美術館の帰りに寄った“神戸の家”の庭で
お茶会の席で松ちゃんがいきなりモデルをつくりハンドマッサージによる疲労回復術を披露した。これには皆が興味を示した。特に現代のように肉体労働でなくPCなどから来る疲れは顔面マッサージで充分に対応できると力説、一緒にお茶を楽しんだ人はお互いがモデルになり試しあっていた。
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▲眼球の周囲を適切なマッサージをすれば疲れが吹き飛ぶ
今月のハイキングクラブMMCの催行は特に良かった。と言うのはまったくハイキングはせず大震災で経済的にも打撃を受けた那珂湊を中心の旅にしたからだ。日立海浜公園にも遊んだが最大目的は那珂湊魚市場での買い物。震災直後の電話では当座営業は不可能とのことだったが意外と復旧は早かった。当初から決まっていたコースだがMMCとしても中止も考えていた。こんな時こそと会長の島田氏は率先したので市場からも大変喜ばれた。
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▲金は天下の回り物、人、モノが動けば復興は早い、震災後に活況を呈す市場

菩提寺である大善寺先代住職は33回忌を迎える。それに先立って大善寺役員さん達は法然上人800年大遠忌の法要に列席したそうだ。その法要の最中、門主(浄土宗の最高責任者)はいきなり大善寺先代住職の法要もするとして1000人の僧侶による大読経が行われたという。私と松ちゃんでお寺に33回忌のご挨拶に行った折、聞いた感動的な話
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▲現住職も勤勉で尊敬できる方だが、何時もご両親の写真を胸に仕舞っているという(写真は先代住職)
松ちゃんが気に入っているせんべいがある。だけどこの店にしかない、どこのスーパー等を見てもめぐり合えない。この店は私の実家近くの栗原商店で夏にはキメの細かいかき氷を食べに来る。数ヶ月も前からお気に入りのせんべいを注文していたがやっと入荷したと電話がきた。
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▲おばさんは相変わらず電卓など使わず五玉のそろばんをはじいた。いい買い物をした気分になる。
PCのデスクも実際の机上もファイルと紙で溢れている。この数日間は幾つかの行事と仕事が重なり、時間の交通整理が大変だ。今週は泥かきボランティアやチョコッとラジオ出演などもあり気持ちが興奮しているかも知れない。
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▲今年は寒いので机の横の電気ストーブがしまえない、これってトシ?
5月「厨房の男たち」月に一回の料理教室でもはっきり目標を持って時間を確保しておきたい。今日も出席出来たぞ。今回のメニューは私が希望した夏の麺類で「冷麦と天ぷらと稲荷ずし」となった。天ぷらのかき揚げは不得意で天ぷら鍋に具を入れると散らばってしまい、慌てて油の中でかき集める。だからかき揚げにならず、‘かき集め'を食べていた。今日からはかき揚げを揚げるぞ
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▲調理師金子先生も被災地へのボランティアには包丁を持って行きたいと
いよいよ来た山陰放送の電話収録の時、愛媛の森智子さんからバトンタッチされたシニアの扉とかいう番組らしい、その中のコーナーで番組のパーソナリティーと電話で話をするもの。4日前に電話で説明を受けFAXで資料を送ってきた。それを見て話題にする材料をメモに書き出した。富弘さんの事、OKバジの事、大震災の事、妻や先輩の事など午前の2時間でかなりの材料が机上に並んだ。途中で喉が渇いてもイカンと水やお茶も用意して臨んだ11時、パーソナリティーの伊藤ユキ子さんが電話を入れてきた。15分の会話はあっという間に過ぎ、私が準備した材料の三分の一も話せなかった。
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▲最後に伊藤さんは「これを半分程度に編集して放送させていただきます」と言ってきた。じゃあ、7分? 
午前から墓参りの用意と菩提寺先代住職33回忌のお参り準備、25日の熊本行きの手配等で大事な事を忘れていた。今日はGC3錬君の10歳の誕生日で以前に立派な招待状も貰っているのにケーキを予約注文しておかなかった。急ぎスーパーのケーキコーナーへ行くと辛うじて完成品があったのでセーフ!夕刻そのケーキをもって行くとGC3とGC5は大歓迎をしてくれた。錬君は今年4年生になり担任の先生が民間からシフトした先生で考えに幅があり良いのではないかとパパは言っていた。そうゆう先生は私も歓迎だ
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▲ビールもご馳走になり酔って眠いのだが、オセロを強要されこのポーズで対戦した。終わったのは定かではない(ん、誰の撮影?)
大震災の宮城県岩沼市、海岸から2km以上離れた民家2軒の大津波泥かきボランティアをしてきました。桐生市社会福祉協議会が窓口のボランティア組織に友人のSと登録しておいたモノが召集され、44名の男女参加者を乗せバスは被災地へ向い2軒の民家の泥清掃をするため2班に別れ4時間ほどの作業をしました。半数近くが女性であることも驚いたが、中学生や高校生が参加しているのも嬉しかった。私も短い時間を精一杯働いてきたが、若い女性もスコップを振るい、土を満載にした一輪車を押しキビキギと働く姿に清清しさを感じました。家主さんたちに喜ばれたのも嬉しいがバスの44名全員が全力投球したことを誇りとしたい
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▲2班に別れ、先に現場へ下りたちスコップなどを手に手に準備をするB班
何度も何度も同じ左足を痛めて大丈夫だろうか。すっかり痛みくせが着いてしまったのでは無いだろうか、夏休みまでのクラブ活動も終盤で既に高校総体は諦めている。今後は目指すアウトドア関連の専門校への準備が必要で‘山’をやるならアシは最大の道具であり財産なんだぜ。
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▲ギプスがとれ早速リハビリが始まった。半日の病院付き添いになった
のんびりしていた訳ではないが富弘美術館季刊誌の原稿締め切りはアタマから外れていた。午前中に書き上げた。毎年、4月5月は美術館関係の行事が重なる事と孫たちの誕生日も集中している。ましてや今年は大震災関連の事もありアタマの回転が着いて行かない。と思うまもなく山陰放送からラジオ出演依頼の電話、すでに愛媛の森ともさんからは聞いていたが担当者と10分ほど概要を話し合った。次はオーラ素肌美サロンで出荷の作業中に今月でヘアーズを退社のSちゃんが挨拶に来た。
 
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▲3,4,5日と3日間、2年ぶりに揚がった我家の国旗。事あるごとに国旗をあげよう!
富弘美術館のあるみどり市東町に老舗のうどん屋玉木屋さんがある。格子の障子と大きな提灯で時代を思わせる雰囲気たっぷりの店だが、昨年から一粒の麦メンバーの金子氏が焼きまんじゅうの屋台を出している。土日だけの営業だが日光や富弘美術館へ向かう122号線沿いなので好評なようだ。4日は金子氏が主催で同店舗敷地の竹林の中でオカリナと二胡のコンサートを開催すると聞いていたがサロンスタッフの病欠や春ボランティアの雑務で時間が取れなかった
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▲竹林の中に素朴なベンチを置きアットホームな会場が出来ていた
春のハエのように出てくる暴走族のバイク集団の騒音に囲まれながら、爽やかな富弘美術館へ着いた。今日のボランティアを一緒にする宇都宮の平野さんご夫婦はすでに着いていて活動を始めていた。美術館周辺が整備されるのとは裏腹に年々来館者数の減少が気になる。大震災、不景気、小子化と要因があるが、入館者の桁がちがう10年前は夢のようだった。しかし、美術館として作品と対面して楽しむには現在ほどの入館者数が本来適正だと感じる。
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▲平野さんご夫妻のお友達が来館で記念ショット
10年前の今頃はいつも北アルプスの春山へ行っていた。心を入れ替えた訳じゃないが年齢か、昨年も松ちゃんと同じ館林のつつじヶ丘公園に来た。普段連れ出してやれない負目もあるが、歳とともにこうゆう時間が必要な気がする。昨年は公園の橋の下でサキソフォンを演奏する場面にあったので今年も期待して橋下へ行ってみたが祝日ではないせいか居なかった。
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▲ツツジの林の中を歩くと、乾いた土で埃だらけになるのでもっぱらアスファルトの外周歩き

十歳

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昨日は真優ちゃん13歳の誕生日だったが今日は前橋のGC3が「9日はぼくの誕生日だらきてください」と‘しょうたいじょう’をもってきた。生まれたばかりの錬太郎はこのオーラ素肌美サロンの休憩室に置いたサークルで乳児期を過したが、あれから10年、今後の10年を思うと錬君はハタチ、ワシは~。
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▲水泳でプールの塩素刺激で皮膚をやられて松ちゃんから手当てを受ける10歳児
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