2011年6月アーカイブ
かなりの商品力がある。既にネット上では盛んに取引が行われている次亜塩素酸消毒液で薬品を一切使っていないので安全だという。設計がシンプルで次亜塩素酸を電気分解しただけのもので充分な除菌能力があるようだ。大手のメーカーが開発したものなら直ぐに医薬部外品などになるのだろうがベンチャーのものなので「抗ウィルス効果検証試験実施製品」などと分りにくい表示がされている。早い話が実力は全ての菌の不活性化でノロウイルスもOKのようだ。これは興味あり
▲原材料が薬品を使わないので安価、安全、らしい
サラダは好きだ。野菜サラダは大盛で食べれば満腹感もあるから朝から作る。松ちゃんは昔ながらのポテトサラダが好きだがポテトでお腹がきつくなるので私の好みではない。今は新じゃががいっぱいあるので松ちゃんの好きなポテトサラダに初挑戦して見た。GC1好みにレモン汁を入れたら、すっぱい嫌いの松ちゃんには不評だった
▲8人分作ったので明日の朝も食べよう
小笠原諸島がユネスコの世界自然遺産になり続いて平泉の中尊寺が世界文化遺産になった。世界遺産のカテゴリーとは別に政府申請ではなく、個人や自治体でも申請できる世界記憶遺産と言うのがあるらしい。今年は日本から30年前の故人、山本作兵衛の炭鉱画が登録となった。明治から昭和初期にかけての炭鉱の生活実態を水墨と水彩で活写した。とりわけ男女の炭鉱労働者が混浴でする画はあまりに汚くてかわいそう
▲当時のヤマの男は殆ど刺青は彫ってある
ケロケロ、ケロケロ~、実におだやかで心地いい蛙の鳴き声が道を挟んだKさん宅の庭から聞こえる。もう4日ほどたつだろうか午後の7時位から気温の高い日は深夜12時頃まで約2分間隔で鳴き出す。鳴き声からして一匹だけのようだが、この数日は心地いいケロケロを聞きながら寝付く。一匹だから心地いいのかも知れない。
▲夕刻、Kさんの庭を覗いたら浅いカメがあり、そのあたりからケロケロと聞こえる
オーラ素肌美サロン太田店の芝刈りは昨年からスタッフの君ちゃんがヒマな時間を見つけての作業をしてくれたが娘のお産で長期休暇、なので久々に私の作業、その作業、午後から雨が降るというので午前が勝負、強い雨が降る前に無事終了。野外作業道具の置き場所がない太田店はそれらの放置が問題だ。以前からスチール物置を検討しているが決定打が無い。そこで新発見、階下に2畳ほどのスペースがあるのでこれを使おう
▲土足使用と割り切れば使えるスペースだ
初めての食感、つけ面専門店のラーメンでメニューの写真を見ても食べ方も想像できなかった。この店のオヤジが名物オヤジらしくスーパーでも監修製品が売られている。そのイメージで店内に入ったが男臭く清潔感に欠ける店だった。私が食券を買ったのは「まぜ麺」というやつだったが延びた焼きそばを食べているような感じ、でもラーメンの新境地なのか
▲私と同じ苗字の名物オヤジは東京の本部で仕事をしているようだ
夏の風物詩?ヨシズが?風物詩と言うからには似合わなくてはダメだ。今年の夏は例年以上に暑いと言う。それに加え電力不足プラス風物詩。松ちゃんの言い分はこうだ。私は基本的にヨシズは好きじゃない。まず視界が悪い、雨などで出し入れが面倒だ。けっこうボロポロ壊れる。気が進まなから設置派の松ちゃんの注文を先延ばしにしてきたが、ここ数日の暑さでは今日買わないと怒られると思った。
▲よ~くサイズを測って買ったがやっぱり2本は失敗して竹のこぎりでつめた
富澤氏、大澤ご夫妻と4人で三重県支部を出迎えるため、9時の美術館開館時間前に到着、バスから小林佳子支部長は車椅子で下りられた。私たちの用意したお土産をお渡しするや直ぐに三重のお土産を持たされた。12時50分までの美術館滞在時間の中間を私達は美術館側と7月4日の片品ボランティアの件で話を進ませておいた。今日の出迎えは菅野さんの情報あっての事、良かった。
▲11時富弘さんが来館しレク室で三重県の会員さん達と懇話会をした。私たちは後ろの方でそのやり取りを楽しんだ
法事やOKバジの行事で仕事の時間が取れなかった。午前はPCの前で資料集めをした。バジの総会などで18日から来ている仙台の菅野ご夫妻が午後、両親の為の焼香に立ち寄ってくれた。いつも細かな心遣いに感心する。その菅野さん情報で三重県支部の小林支部長さん以下28名が大型バスで富弘美術館へ来ると言う。折角の事だから歓迎の出迎えを決定、さてその準備に一汗かいた。
▲菅野山河お帰りになって陽山舎近くの森さんに1年ぶりでお会いした。心配していた病は克服して元気だった。今年のさんまPはご夫婦で参加と言ってくれた
先週は陽山舎の掃除など手入れに3日間掛かった。まずフィールドは全て畑の如くイノシシに耕されボコボコで草払いが大変だった。小屋もカビだらけでとても快適に宿泊できる状態ではなかったので、半日ストーブを焚き熱消毒をした。昨年同時期は蛍がいっぱい見られたので昨夜は期待したが気温と湿度がマッチしなかったのか源氏ボタルは出現しなかった。それに平野氏のアクシデントに皆、気の毒がっていた。
▲島田氏が持ち込んでくれた朝食を済ませ、お茶で記念撮影
母の七回忌と父の三回忌をかねて昼時を挟んで法要を済ませた。時間進行や細かな接待に心を配った。途中まで「いいぞ」と思っていたら、本堂供養のあとの墓参りで墓参客に用意した火のついた線香をまとめて落としてしまった。拾い集めたが殆どの火が消えてしまった。プリオパレスの法要会食は滞りなく終了して着替え、OKバジ達との野外夕食会のためポカリ、陽山舎へ、ここでまたアクシデント、宇都宮から法事に出てくれた平野氏は野外夕食会にも来てくれたが陽山舎の駐車場で新車を自爆、すっかり気がしおれてお帰りになった。
▲野外での準備は均氏と永沼氏、僅かな時間にナント8品目の手料理を出してくれた。カロリーOVで食べられなかった。連れて行った孫のGC3、GC5も食欲より冒険欲
ネパールの寒村でOKバジに同行の桜井ひろ子さんは「バジ、今日は水があるので顔や頭も洗っていいそうですよ」手のひらに一杯だけの水でバジは「僕の今日の労働対価はこれで充分」と言ったそうだ。18回目のOkバジを支援する会年次総会と報告会でバジの後の桜井さんの弁、日本に帰国している時も都会での移動時にネパールで困っている人たちの顔を思い浮かべ電車運賃を節約するという。この優しさが小さな支援でも愛情がこもっておりネパール国民に大きく支持される理由だ
▲報告会冒頭にTV放映VTRを見てもらった
進路問題、進学、専門校、奨学金、就職情報、自動車運転免許書などGC1の保護者として気になる問題ばかりなので今日の保護者会は2年ぶりに出ることにした。1年生の時の保護者会は後で内容のプリントを貰えばそれで済んだが来春に卒業を控えたGC1最後の大事な保護者会でもある。進学デしっかり守る事と、キャパをやや緩めて子供たちに対応する方法など重要な話だった。
▲この三年間、学年保護者会には市民文化会館のシルクホールを使う
太田の親戚の葬儀で感じた。セレモニーホールは一時の結婚式場ラッシュの如く華麗になってゆく。確かに快適だし、心から親族を送り出したいのなら清潔な環境の中で送るのが最後の親孝行と言うものと感じる。儀父母と50年を共にしたS子さんのご主人の坂本さんは挨拶も優しくとても立派だった。それにしても桐生市と太田市の葬儀の仕来たりの違いの大きさに今更ながら驚く、交通や情報を共有しても古い仕来たりはそのまま継承するのは大事なことかも
▲久々に松ちゃんの従姉妹のYちゃん、待ち時間に最近体験した振り込め詐欺の手口を披露してくれた
東武相老駅構内が整備されてから既に2ヶ月以上が経過しているが、初めて見た。古い木造駅舎は表にスレートを貼っただけの改修だが、未舗装だった駅前パーキング部分が小さいながら本格的な駅の様子になった。あまりに時代おくれの感があった駅だが、これならお客様を送迎しても恥ずかしくない。と言う事は、実際みすぼらしく恥ずかしかった
▲東武りょうもう号の存続自体が危ぶまれているのだから皆で東京行に使おう
4回目の復興ボランティア、大型バスの42名の半数が前橋、高崎、伊勢崎、渋川などの桐生市民外で桐生ボランティアは県内での知名度があるようだ。今日の泥かきは岩沼市で80才代の老夫婦の養鶏農家だった。海岸から2Kmほどのこの地の津波は2mくらいで家の倒壊は少ない。しかし古い家は使えそうもない。実働4時間の成果は大きかったが、この農家の元の姿にはほど遠い。休憩時間に隣のご夫婦が震災大津波直後の写真をも持ってきて、その時の恐怖を語ってくれた。
▲老夫婦のタンスが空かないのでバールでこじ開けた。袖を通していない新品のシャツが何枚もあったが全て使える状態ではなかった
早朝体操、モーニングスウィートの年に一度の記念文集が出来た。昨年、発起人のY先生から引継ぎ、独自に再スタートしてから1年が経過した。数年前から比べると参加者は少ないが、何処もこの手のサークルは新しい人が入ってこないものだ。この記念誌もY先生からの継承でMS26周年記念文集となっている。ページを開くと巻頭にY先生の言葉が寄せられていた。Y先生は怪我をされ、それでも車椅子で診察を続けていらっしゃると言う話を聞いたが、心配だ
▲1ページに勇気・友情・有終の美とあった
モーニングスィートの出席の責任を感じている。だから“月に一回は出席する”と決めたスーパートイレ掃除がクリアできない事がある。今日は2ヶ月ぶりなので早めに行ったら既に羽鳥さんが来ていた。二人で始めるとまもなく松崎さんや春以降、毎週出席の尾崎さんも来た。尾崎さんには先月の芦北町星野富弘美術館への祝い花のお礼を述べておいた。それにしてもみどり市の要職にありながら早朝からのボランティアに参加するとはさすが
▲便器清掃後に壁の落書きを消す尾崎教育長さん
いよいよ今年は中学時代の同窓会が3年ぶりに開催される。4回目で桐生市立東中を卒業してナント半世紀にもなる。会長Oの招集で今回初の5人の幹事役員会を同級生のコーヒーショップモリムラで開いた。全部の資料をOが用意してきた。中でも50年前の「東中新聞の復刻版」を参加者に配布できる事は、そのホンモノをOが50年間チャント保管してあることに皆おどろいた。
▲サービスいっぱいの企画にきっと参加者は喜ぶよ
いや~、助かる。もう庭の芝を刈らなくっちゃならないと気をもんでいたがヘアーズのスタッフ中村君、天沼君が空いた時間を自主的に「芝を刈りましょか」と言ってくれた。この暑い中を自分達のトレーニングの時間まで割いての事だから本当に有難い。本来、ヘアーズのスタッフなのだから店に関わる事や周辺の手入れまでなら“管轄”だが、店の裏に当たる自宅の庭までも考えてくれる気の利くスタッフに感謝
▲その後今月からニューフェイスで入ったA君も手伝っていた
泥かきボランティアに一緒に行ったSは家のエコ対策にヘチマのグリーンカーテンを設置する。ベースフレームは仮設用の単管を使うという。しかし、あのニッケルメッキのままでは、と私はグリーンや迷彩のペイントを薦めたが結局無骨な無塗装で組んでしまった。歯科医の帰りに同級生の日盛堂に寄った。40年も前に8mmカメラで撮影したフィルムをDVDに保存しなおしたと言うので見せてもらった。カメラ固定で何度も画面を重ねたタイトルやフェードイン、フェードアウトなど時代ながら凝っていた。言いたい事はDIYやホビーは誰かが「へえ~」と言うものを作ること
▲Oは書き換えたDVDで懐かしい画面を楽しませてくれた
昨日、多賀城市の泥かきボランティアをSは私に「今日は楽してたろう」と言ったが、つい“ウン”と言ってしまった。まっ、息入をれるタイミングの仕事をしたが重い土嚢の積み上げはそれなりに効いた。今日は体力回復日と考えていたがオーラ素肌美サロン太田店の生垣をそろえて欲しいと松ちゃんから、、、今日を断る訳にも行かず2日連続の肉体労働をした。疲れた。
▲野外作業好きの松ちゃんは私の終了後も黙々と働く
宮城県多賀城市の大震災泥かきボランティアに参加、早朝の出発だが矢張り遠い。3日前までは大型バスに22人の参加予定しかなく、人数不足で不安だったが今朝の結果は実に47名、そしていつものように重労働の泥かきなのに三分の一が女性であることに驚く。側溝を埋める津波の泥が排水を困難にしているのだ。土嚢袋に入れ市役所の回収する歩道に出すのが今回の私の役目、住民の人のアイディア?で“少し歩道が使いにくい位に積み上げるのがコツ」を教わり積み方に工夫をした。
▲全て気合の入った女性ばかりだから重労働なのに実に良く働く
ヘアーズやオーラ素肌美サロンにいつも、いい写真パネルを貸してくれるアマチュアカメラマン桐山氏。その氏と他4名でこれまでの写真クラブとは市民文化会館で別に5人展を開催している。主に「山」が好きメンバーだが新たな5人展の経緯は
▲市役所の裏から見る文化会館の圧倒的存在感
不謹慎なポーズだが許して欲しい。GC2真優ちゃんとその従兄弟ハルちゃんが曾おばあちゃんと3ショット、二人にとって曾祖父の葬儀であるが、めったに会えない幼馴染。旅たつのは理にかなった順序で懐かしい人々を引き合わせるのは仏様の最後の仕事かも知れない。合掌
▲静かな葬儀の中でおばあちゃんの優しい存在は皆が評価していた
小雨の中を午後から富弘さん宅へ出かけた。アポはとってあるので富澤氏、大澤さんと3人で先週の「芦北町・星野富弘美術館訪問」の報告がてら、お土産を渡してきた。昨日は芦北の美術館へ電話して企画展の入館状況を聞いた結果を通常日と明らかに違う感心の深い来館者が多いと聞いた。その事を伝えたら富弘さんはホッとした様子だった。「坂田先生のような高潔な方の作品を私の作品と並べてもらえるなんて」と極めて謙虚
▲今日、部屋に飾ってあった大きな石楠花の花が庭にも元気に咲いていた
