2011年7月アーカイブ

未明に大きな地震があった。3.11程ではないが長く大きく感じた。でもめったな事では家は壊れないという“自信”もついて揺れに任せて寝ていたが、直ぐに思い直してTVのニュースを見た。津波の危険はないと言うので少し安心してまた寝た
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▲柱時計は3・11もそうだったが今朝もその時刻に止まったままになっていた
久しぶりの北アルプスを控えている。8月1、2の連休でGC1と谷川岳の日帰りを当初計画したが平野氏に呼びかけて一泊の燕岳にした。久々の北アルプスでワクワクするがバックパックを整えたい。使いにくかったカリマー30Lザックを整備して使いやすいように改造した。何回も荷物を入れてみて担いでみて使い勝手とバランスを確認してスタンバイ
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▲最大の改造はお粗末なバックルをNIFCO製に変えたこと
白内障のための事前診察日、白内障の手術が可能か否かを判定する診察で点眼薬で瞳孔を開き、眼底の検査などをする。結果はOKで予定通りこの秋に両眼の手術をする。約2時間ほどの診察の間に瞳孔を開く薬を点眼したので光が眩しくて仕方ない。自分の運転で来院してしまって2kほどの自宅まで帰るのに目を細めて帰った。直ぐに車の運転が必要なので登山に使うミラーサングラスを掛けて運転した。
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▲(本当は点眼薬が切れる3~4時間は運転できないんだよ)
早朝体操モーニングスウィートはこの春で1年を経過した。母体である桐生市体育協会もヘッドも十数年ぶりに変わり5月は大手事務局長もMSに出席してくれた。MSが体協の直接事業である事が経費の面で大事なため、確認の会議を持った。
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▲事務局3名と私たち3名の協議

贈呈

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私が関わる富弘美術館を囲む会群馬県支部が今月4日に実施した「片品村に非難している方を富弘美術館へご招待」。一応の成功と自賛したい。その尊い費用は上記の役員各位の好意を集めたもので、同会の底力を感じた。決算報告の際、残金の使途を協議したら富弘さんの著書を被災地へ贈ろうと決まった。
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▲南相馬市と協力してくれた片品村へ贈呈ラベルを貼ってそれぞれ10冊を贈った

7台のショベルカーがすぐ横の野菜畑に穴を掘り始めた。午前7時半過ぎ、ショベルカーがアームを振り下ろし、大破した先頭車両を砕き始めた。計器が詰まっている運転席も壊した。そして残骸を、廃棄物のように穴の中に押しやってしまった.


何と言う事だろう。中国で23日夜に起きた高速鉄道事故で翌朝には上記の新聞記事のような事をやってしまう中国のノーミソを疑う。一説には何人もの犠牲者の遺体が発見されないまま埋めてしまったとの報道も、今日は国内の批判もあり急遽掘り出すニュースがあったが、はっきり言って恐ろしい隣国です。

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▲失敗を隠すにもあまりに幼稚でばかばかしい

午後の早い時間からオーラ素肌美サロンの庭の手入れを、松ちゃんと一緒に頼まれていたが全て準備不足だった。中型のトリマーを積み込んで来たが長いコードの元が断線らしく作業が中断、本体を開くと部品が足りずホームセンターへ急ぎ修理するが、あっという間に2時間以上が経過してしまう。それに大型のトリマーの方が作業効率も良かったはずだ。陽が落ちるまでの作業になり、帰りは太田の娘宅へ寄って手作りのうどんを貰って帰る事にした。
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▲手作りうどんの職人はどうやら調理台に上っている二人らしい、こちらも準備不足かも

同志

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6回目の震災ボランティア参加。6回目の今日がこれまでで一番危険で過酷な作業だったように思う。津波で農家の田畑に押し寄せたガレキと壊れたビニールハウスの解体、農道の電柱撤去などワイヤーカッターなどの特殊な工具が無ければ進まない現場でありゴム長靴の限界を知った。もう少し情報があれば安全靴程度の身支度を出来たのだが。今日も中高校生が積極的に参加したがみどり市の尾崎教育長も参加していた
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▲被災のお宅では美味しいトマト、トウモロコシなどを振舞ってくれた(同志の記念撮影))
白内障がぐっと身近な病気になった。老眼で眼鏡をかけるのは顔面全体が疲れるようで好きになれない。老眼コンタクトも試したが芳しくない、最新技術の老眼レーシックが良いだろうと資料を集めた。18日には兄が白内障の手術をしたことを知った。この1週間は眼鏡をかけなくて済む「目」の事ばかり考えていた。いずれにしても白内障の手術は受けなくてはならないので市内の桐生クリニックでの診察を受けた。
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▲手術日も決まった。白内障以後の眼鏡ナシのために米国のCK技術があることも分った
先日の甥の結婚披露宴で兄が「白内障」の手術をしたと言った時、私は薄ら笑ってしまった。そして今日私は老眼レーシック治療をするために都内のクリニックに行った。今日は様々な検査だけだが早速「白内障」と診断された。老眼レーシックをするためには先ず白内障を解決しておかなくてはならないそうだ。幾つかの選択肢を提示されその後の検査に臨んだが私まで白内障とは驚いた
 
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▲こうやって段々老人になるのだろうか、まっ、いいか。
夕食のローテーションでスパゲッティーを候補に挙げた。GC1は「だったら冷製スパを食べたい」と言うので作って見せてと頼んだ。GC1は私の料理の先生でもある。材料を用意してやって今日の厨房は彼に任せた。量は少し多かったがトマト味の冷たいスパゲッティーはうまかった
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▲おまけに冷製かぼちゃスープも並んだ
太田の親戚の法事で献杯の親戚の方がこんな話をした。「今日の仏様と私の父は兄妹ですが、父は途中まで“天涯孤独”と思っていたそうです。両親が5人の子を残して亡くなってしまったため、それぞれバラバラに貰われて行きました。あまりに幼くて何の記憶も無いまま養子として育ち、真の身内は無い物と諦めていたそうです。成人して親の名前を頼りに探した内の一人が今日の仏様だそうです。会えたときの心強さ何ものにも代え難い“身内がいる”という自信だったそうです。」
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▲世の中に天涯孤独なんて人は居ないんだ、全て仏様の子。
世は正にエコ時代。ヨシズを張らずにエアコンなどつければ非難必至だろう。ヨシズは風情はあるがみすぼらしく見えるのと風であおられて倒れるのでイヤだ。松ちゃんの強い要望で設置をしたがやはり僅かな風で倒れてしまう。仕方ないので10センチのコースレッドを打ち込み上端を針金でしばった。これで下はウエイトを付けて置けば少々の台風でも大丈夫
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▲モルタル部はコンクリート振動ドリルで下穴を開けての作業だった
私の子達は一応全て結婚した(離婚中もあるが)そして弟の子らも今日の維典が正式に結婚した事で片付いた訳だ。私の家はGC1と長男の4人家族、弟の家は完全に夫婦二人だけになってしまった。残るは川口市に住む兄で一男一女がいるが何れも独り身で、その気がないと嘆いている。既に兄貴も70歳に近いから元気なうちに孫の一人も見たいだろう。
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▲猛暑の中の結婚式ははじめてでチャペルへの移動は暑かった
7月4日の「片品村へ避難している方を富弘美術館へご招待」は囲む会の会員さんの他にも沢山の方たちの協力があった事があらためて分ったし、一人ひとりの想いもあった。先の企画の決算報告、反省、感想などの議題で進めた今日の会議はお迎えした非難の方たちとの4日の交流会、泣きながら見た津波のTV映像など感想を聞くと一人ひとりの想いを今回のイベントに込めたようだ。イベントはお迎えした方たちの為でもあり、提供出来た私たち囲む会のかけがえの無い勉強会でもあった。
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▲出席した全員が参加した気持ちを言葉にした

このあと同じ会議室でモーニングスィートの会議も続けて行った

富弘さんの家に行く時、朝ちゃん農園の横を通った。朝ちゃんが青いツナギ服で作業をしていた。帰りに朝ちゃん農園へ久しぶりに寄ってみたら3人のお客さんがいた。朝ちゃんの同級生や同じ菜園趣味の人だった。同級生の二人は定年後の“仕事”がなくて体を持て余しているようだが何れも趣味がパチンコと言うからアシを洗うのは大変だ。こうして菜園を開けば人は集まり人の和は楽しい
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▲手製の休憩所もできストーブも設置されていた
GC2の緊急治療。今日の私はこのためにオーラ素肌美サロン太田店へ来たのではないが雑倉庫改装中にヘルプの電話、中学の部活動であるバスケットで手の指を捻挫した。もう少しで作業は終了したのだが一旦中止して新田接骨院へ連れて行ったが待合室に座るなり私は疲れで直ぐに眠ってしまったようだ
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▲待合室の冷房なし、診察室も節電中

健気であり、ふびんである。石巻・大川小学校で犠牲になった我が子を探すために震災直後から自らスコップを振るう母、6月には重機のオペレーターの資格もとり、警察と捜索を続ける。「捜索の打ち切りだけはしないで」と涙ながらに訴える母親に「当然」と支援したい

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▲7月12日 朝日新聞から

65歳で亡くなると言うのはやっぱり早すぎる。三日前に聞いた旧知の友の死は少なからずショックだ。OJは中学時代の車好きの相棒でウンチクを語り合い、情報を交換し、プラモデルの殆どない時代にペーパークラフトでマイカー製作を競った仲だった。1000円を握って初めて東京晴海の東京モーターショウを見に行ったのも中学時代の彼とだった。寄寓にも十数年前から山を始めたと言うのも話題が二つになって嬉しかった。近くに居たからいつでもと考えていたのだろうか、この数年会わなかった事を悔やむ。 (6月22日没)
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▲彼に注文しておいたペーパークラフトのMGAを彼は忘れていなかったと言う(写真は高校時代のトライアンフTR4)
岩沼市の泥かきボランティア、この一週間の疲れが取れないままの出動。やっぱり宮城県は遠い、正座46席のバスの補助席まで満杯の参加者は半数以上が桐生市民以外だった。相変わらず若い女性パワーの凄さを感じた。今日は宮城でも気温33度。炎天下の野外肉体作業は想像以上にキツイ、側溝に流れ込んだ土砂を蓋を開けて掘り出すが、やりたい作業範囲の半分程度を終えた頃に夕立でブレイクアウト。
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▲岩沼市の泥かきはほぼ終了したそうだ次回は石巻か南三陸
前橋の善衆会病院へGC1を送り、そのままR17でオーラ素肌美サロン太田店へ機器の搬入、新田町のJ本田で買い物、治療の終わっているはずのGC1を迎えにまた前橋へ、昼食を挟んで今度は高崎のICI石井スポーツへ、ここでは少し時間が出来る予定でGC1と一緒に山岳用品を見る予定だったが予定が早まり太田市内の中学校でバスケットの練習試合をしているGC2の車送迎、たえず時計を見ながらの運転150km
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▲疲れた。朝に夕食用のカレーを作っておいて良かった
日盛堂でOと同級生の話をしていてショックだった。O・Jが数日前に亡くなった事を新聞の慶弔欄で見たという。O・Jは中学2年の時の友人で同じ車の趣味で同じ時間を過した。とりわけプラモデルの無い時代、白ボール紙を使ってのペーパークラフトでの出来を競った。フロントグラスに使う透明のプラがあれば分け合った。リーフスプリングは不要の下敷きを使った。フィニッシュはパテをぬりマメラッカーで塗装した。彼はそれ以降も丹念にトラックなどを製作していた。数年前、私は彼にMG-Aを注文しておいた
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▲彼の作品は自己展示だけ、私以外誰も見ることはなかった
本来ヘアーズのスタッフとしてのワークだけでいい訳だが、現在のスタッフ3人は僅かな余時間も一生懸命動いている。自宅の庭の手入れまでしてもらっては申し訳ないし、特に夏のこの時期大変な作業だが臆せず手伝ってくれる。しかし、この事はきっと若いスタッフには1日の時間をどのように活用するかなどの勉強になっている。実際、仕事が出来て、店内が清潔であることは当然だが店の建屋と周辺の管理も経営者の能力となる
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▲無駄な動きが無く短時間で終了した事も能力
世の中とはこのようにして滑らかになるのだと思う。午前の「厨房の男たち」では野菜の刻みやフライ返しを互いに褒めあい健闘を称えあった。だから出来上がったランチを皆で食べるのは特にうまい。午後、歯科医院のかえり街中の交差点で信号停止していると右後から男性が近づいてくる。窓を開けると「あなたの車の給油口が開いてますから閉めますよ」私の後続の黒いスイフトのその青年はそう言って給油口を閉めてくれた。私はありがとう!といって窓から手を振って別れた。何て気持ちのいい親切だろう。
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▲このミラーに映っている車は関係ありません
へっ、1ヶ月? 日よけに瓢箪のグリーンカーテンを作るためにSが棚を作ったのを私は見た。それは10日ほど前かと思っていたが、それから我家の法事や親戚の葬儀、、昨日終わった片品避難の方招待などで私のノーミソは浦島状態だったのだろうか。瓢箪は2m以上の棚の上まで先端がとどいていたので、その成長ぶりに驚いたが1ヶ月程が経過しているとすれば合点がいく。
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▲来月に充分な天井も出来たら、そうめん流しをするという。楽しみだ。
感謝、感謝。先ず好天に恵まれ感謝、大澤さん早朝からバスの送迎感謝、バス会社特別料金に感謝、ジャグを忘れて松ちゃん手配に感謝、朝から富弘美術館のスタッフの体勢に感謝、片品村から参加して下さった83名の方に感謝、朗読会の仲間に感謝、横浜と高崎からの花房合唱団22名に感謝、前橋からの太極拳チーム15名に感謝、オカリナグループに感謝、囲む会の23名のスタッフに感謝、そして施設は定休日なのに使わせてくれたわらべ工房さんに感謝、何もかもが多くの方の優しさで成功した。ありがとう
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▲大勢、150名で記念撮影する前に島田料理長から挨拶(みどり市ダム下 東公園)

私が関与している富弘美術館を囲む会での企画、「原発事故で片品村へ避難している方を富弘美術館へご招待」はいよいよ明日となった。4月8日の囲む会役員総会でSさんの発言がきっかけでスタートしてから約3ヶ月、片品村を訪問し情報を集め、会の中で寄付を募って資金つくりをして何度かの会議を重ね、避難している方のうち85名をご招待する事になった。コーラス企画の手配、朗読会の準備、昼食会の献立や作業分担、更に「一粒の麦」の応援も得て用意万端。最終チェックの資料つくりと現地みどり市東公園へ島田氏と什器などの搬入も済ませた。明日よ晴天に。

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▲明日、迎えのバスに乗る大澤氏と私の資料と配布物が出来た
昨日、富弘美術館で原田泰治さんとの企画展開催の内覧会があった。終了すると同じレクチャー室でカフェの新メニュー試食会も行われた。5種類の味のクッキーでカタチは何れも丸だったのでアンケートに「もう少し甘さを抑えて、味付けによって形を変えたら」と書いた。でもコーヒーにピッタシ合ってとってもうまかった
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▲私は3枚で止めたが甘さを抑えれば5~6枚いける
7年前の今日、私は始めてこの陸上競技場にきて諸先輩たちが既にやっていた早朝体操に参加した。想いは7年前の6月30日新田町のホームセンターJ本田内で森永牛乳がやっていた「あなたの骨密度はかります」キャンペーンだった。登山などで健康には自信のあった私は計測したは骨密度数値の低さに奈落の底に突き落とされた感じがした。その翌日が7年前の今日だった。
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▲今年からは毎月1日に亀山氏が出席者数などを報告発表する
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