2011年8月アーカイブ
TVを見る時間は少ないと思うが朝食と昼食の時間にNHKの「おひさま」を見ることが多い。朝ドラは午前8時から15分間、午後0時45分から15分間の再放送を繰り返すのが普通、今日のひる時は昨日の朝のものが再放送され、5分後の13時05分に今朝のものを再放送をした。番組表を見てもそうは書いてない。だから再放送の内容がずれていると思った。NHKに問い合わせると昨日の政治番組で時間がずれ込んだのでと説明するがテロップも流れなかった。
▲NHKは更にいいわけにホームページでは説明していると言うが有料放送にしては最悪
昨年は小惑星イトカワの無人探査機ハヤブサが感動的に帰還した事で映画にもなった。ハヤブサは日本の技術だが、さすがのアメリカは34年前にボイジャーという探査機を送り出していると新聞で見た。太陽系で地球より外側の木星、土星、天王星、海王星の情報を伝えてきたそうだ。無人探査機だから100億キロ以上の人が行けない星の情報を取ることが出来る。これで太陽系の星の新たな事実が沢山判明できたようだ。そしてその探査機の原動力に驚いた。太陽から離れてゆくため太陽電池は使えず、プルトニウムの自然破壊熱で発電する原子力電池がエネルギーなのだと言う
▲そして数年後には太陽系を飛び出す初めての人工物になるそうだ
熊本の坂田先生からの手紙に沖縄宜野湾市ある佐喜真美術館の企画展の資料が入っていた。そのリーフレットに興味が沸き添付されてきた資料を隅まで読んだ。現在93歳の浜田知明(ハマダチメイ)は自ら戦争の狂気や極限を体験した。その浜田知明の作品展を以前から願っていた戦場の地、沖縄の佐喜真美術館の館長が坂田先生に懇願して開催にこぎつけた事が分った。
▲佐喜真美術館館長は「本当に悲惨なことは芸術によってしか伝わらない」と結んでいる
家電品の中でもエアコンはトラブルの多い機械だろう。一昨年は落雷で自宅のエアコンを何台も取り替えたがサロンの一台も先の落雷で不具合が出た。経年もあるので取替えになるが、このエアコンの排水ドレンに問題があることが分った。店のエントランス正面の浸透枡に行く排水が大量の雨のときに雨水で蓋をされてしまう状態になる。
▲ブルーシートを張ってテストしてみたら原因が分り、敷石の下をコンクリートにする事にした
早朝体操、MSはこの天候の悪さでも20人以上は来るから大事な事業だと思う。昨日のNHK-TVのためしてガッテンでも体に出来る血栓の予防には程よい運動が必要でベストは心臓に負担が掛からず、ゆっくり走りながら会話が出来るくらいなジョギングが良いと言っていた。正に私たちが実践しているメニューで自信がついた。
▲私も毎朝お世話になる冷水器、最近きれいだと思ったら青柳さんが毎日掃除をしていた。ありがとう
素人でも出来るようになっているのだが、やっぱり出来ると「やった」と思う。これも初挑戦の事でダイニングの照明器具を新品に取り替えた。本来こうゆうモノを取り替えるという習慣がなかったが、築20年以上経つと屋内の機器もあちこちが不具合になるのも当然だ。ダイニングの照明器具は何度新しい蛍光管に交換してもダメだったので寿命と判断、蛍光灯式では最新式のモノを取り付けたが完了してみれば「意外とカンタン」だった
▲今はLEDのものもあるがLEDは波長が健康に良くないような気がするのでやめた
朝日新聞の天声人語を書き取る。う~ん、こりゃあいいかも、と思ったのは天声人語を書き取ると内容の確認、文章の組み立て、読めなかった漢字の確認、など充分に意味がある。ましてや近年はPC頼りの文章書きは漢字の筆順まで不明確になってきた。この方法の啓蒙と専用ノートを売る記事があったので独自に書いてみた。専用ノートでなくてもいいが行間が狭いと辛い、初体験は画数の多い小さな活字をルーペで確認しながら45分掛かった
▲書いてみると今まで随分いい加減な文字を書いていた事も確認できた
谷川岳のロープウェーがこんなにカッコよく変った事を知らなかった。GC1と谷川岳天神尾根コースを計画したが、この数日の雨なので中止にしようかと言ったら「雨の中でも歩いてみたい」と言う。そうか、それなら気合を入れて行くか。8時のロープウェー開業時間前には到着したが、その周辺の変りようにビックリした。先ず青空駐車だったモノが今は駐車棟に入りそこからエレベータでロープウェー登場口まで上がる。着けば冬は天神平スキー場、今は登山口
▲とにかく大きくてキレイなゴンドラは二本のロープに伝わり静かで安定した走行で天下一品
十数年ぶりのホルモン焼です。私も松ちゃんも元来モツ系は好きではないのでこの手の食堂に入ることはなかった。孫のGC1は以前に親とよく食べていたようで詳しくて好きなようだ。そのGC1が以前からホルモン食堂に行きたいと言っていたのでヘアーズスタッフ中村君おすすめの大間々双葉食堂に初めていった。いかにも大衆食堂でその雰囲も懐かしい味のうちだ
▲しかし、大衆食堂と言っても決してリーズナブルな料金ではなかった
オーラ素肌美サロンもうひとつの問題がBGM、天井にビルトインした4個のスピーカーから流すBGMはサロンオープンから月額約2000円のスカイパーフェクトを使っていた。使うチャンネルは数チャンネルのみなので2年前に止めてミニコンポCDを使った。これもCDの入れ替えなどが面倒だと言うので私も以前使った事のあるMP3にした。MP3に詳しい孫のGC1とサロンのスピーカーチューナに適合するかテストして見た。
▲うまく適合するのでipodナノを購入、この小さな箱にサロンで使う作業用BGMなどを入れて流す
オーラ素肌美サロンはスタジオじゃあないから仕方ないが、どうしてもお客様のきれいな写真が撮りたい。写真に詳しい人ならコンパクトカメラを駆使して少しはいい結果を出せると思うが、殆どの場合サロンスタッフが撮る事になっている。確かに女性のお客様は男に撮られたくないだろう。それでは少しでも良い物が撮れるようにカメラをフジからまたカシオエクシリムにした。ZR-10は処理とハイスピードな画像が撮れるので選んだ
▲後続機ZR-100が出たのでお買い得だった
昨日の被災地ボランティアは休憩時間が待ち遠しいほど辛かった。おまけに帰路では道路が大渋滞で帰宅して食事をしたのは11時を過ぎていた。あと何度行けば何とかなるのか分らないが、支援作業も何時かは終わり復興する。現地での作業は長袖が原則、昨日着た長ポロシャツの他に長シャツが必要だ。着やすく作業性のいいシャツはその使用頻度から襟が擦り切れていた
▲次の被災地支援のための準備にマイミシンで修繕しておく
岩沼市南浜中央病院は震災直後に職員や患者が屋上に5日間避難し大きなSOSの文字がTVニュースでも印象的だった。一階が完全に水没した病院内のガレキを桐生市の高校が中心となってかき出した。かき出したそのガレキを約8種類に分別するのが今日のボランティア作業、気温36度、湿度72%の過酷な環境の中を30分の作業、10分の休憩を繰り返した。体が余りにヒートするのでバケツの水に頭を突っ込んだ。
▲濃い海水の匂いと薬物などが混ざった異様なにおいが更に体力を消耗させる
我家のご先祖様を一番最後に送り出す事にして実家の墓参りをした。実家前の観音院、門前商いのかき氷を境内のベンチで食べた。あまりのきめ細かさで移動中に溶けてしまいそうな気温、
▲いるだけで楽しくなる観音院の境内
毎年お盆の15日は菩提寺大善寺住職が来訪いてくれ仏壇で供養をしてくれる。これは長年、大善寺と関わってきた父の功績で現住職もその想いで来ると言う。父亡き後も変らない供養をいて頂ける事はあり難い。若いがさすがの現住職だと思う。親戚に焼香に訪れたり、来ていただいたりであっと云う間の3日間、明日でお盆も終わり午後にはご先祖達はお帰りになるが慌しくて落ち着けただろうか
▲こうして集まる子孫を見ることもご先祖様の楽しみでしょう
オーラ素肌美サロンは12日~17日まで休業です。しかし、すでに私たち夫婦がこの家の“長”ともなると「夏休みだから遊びにゆこう」などと言っていられなくなった。お盆は帰ってらっしゃるご先祖様に親戚などが会いに来るので家を空けられない。今までこのような事は親がやってくれていた。今更ながら感謝だ。だから休日の昨日も今日も親戚巡り、新盆見舞、そして迎え入れの準備で明け暮れた。
▲キズだらけのドアを補修、掃除、ドアノブにCRCを吹き付けて調整
孫たちとの赤城山から帰ってきて暫くあのバンガローの事を考えていた。私たちが泊まった日には私たち以外に誰もいない、多くのキャンパーは自前のテントで大沼畔のサイトに集っていた。時代はバンガローよりオシャレなテントなのか、確かにバンガローはかび臭いし見ようによってはミジメぽさもない訳ではない。この施設の使い方や環境をリメイクして売り出せないだろうか。もっと清潔でオシャレで合理的で、更に大自然風にしたら、、、
▲趣きのある管理棟兼住居、祖父が大正時代に日本で最初のバンガロー経営を創めたという
昨日はお化け坂の他にローラー滑り台、大沼のボートと体力を使い果たした。と思ったがそれでは終わらなかった。バンガロー泊まりは食事等の支度も一切しなくてはならないのだ。寝具の用意をしたら孫たちはすでに沢山の花火を持って外で待っている。夜は真っ暗闇の中で天の川を見せるのを楽しみにしていたが天候がイマイチでついでに満月だった
▲なんといっても野外の食事は楽しい
今回の夏休み中、孫達と赤城山内で遊ぶ事に決定してから現地のサービスは情報が少なかった。ローラー滑り台やバンガローやテントキャンプ場の情報を詳しく知りたかったが仕方なく数日前に下見をした。前橋市宮城地内の上り坂を空き缶が登る“お化け坂”を見てから国内最大級380mのローラー滑り台で遊んだ。プールのアルバイトをしてるGC1以下、中一から5歳までの5人を束ねて2日間のイベントが始まった
▲滑り降りるのはいいが戻りの登りは2度でやめた、孫たちはその後何度も繰り返し楽しんだ
GC1にとって初めての労働、アルバイト。夏休みが始まって間もなく彼は市民プールの監視員のアルバイトについた。同じアルバイトなら商売っ気のある場所を選べと言ったのだが高校生としての憧れもあったのだろう。学校へ持ってゆく弁当とは違い、毎日プールアルバ用のオニギリを作るのは私の仕事だ
▲見る見る間に全身真っ黒になった
現在は倉庫状態になっているヘアーズのスタッフ寮へ私の母の遺品が箪笥などともに置いてある。寮に機材の在庫を見に行って母の写真コンテナを見た。子供のときから何度となく見てきた数冊のアルバムの他に見たことのない発掘モノの写真が何枚も出てきた。母なき今はその写真の説明を受けようもないが、数少ない父の写真で尋常小学校卒業の小さなアルバムがあった。桐生北尋常小学校第一学級(1組)高橋國次とあった。
▲生きていれば97歳、父が12歳の時のアルバム
6人いる孫のうちGC1を除いた。5人を夏休みの間にアウトドアを体験させたい。当初は昨年同様に自分の山小屋陽山舎への泊まりと思っていたが夏は必ずしも快適な場所ではない、それより赤城山へテントでキャンプして天の川でも見せたい。そこで赤城大沼畔のキャンプ場を下見したが平坦地が少なく道路が近すぎて良くない。大沼周辺を見て回ったらバンガローのあるのに気がついた。しゃれて可愛いコテージがいくつもあり寝るのに快適だろう。
▲三代目というバンガロー・ビレッジ森の家のご主人の丁寧な説明を聞いてきた
▲三代目というバンガロー・ビレッジ森の家のご主人の丁寧な説明を聞いてきた
サンパチェンス、なかなか見ごたえのある花だ。我家は家の中に多くの花を飾る事はないが寒くない時期の庭には赤い花が欲しい。イングリッシュガーデンのようなモサモサしたのは好みではないが幾鉢かのプランターがいいと思っている。ホームセンターで見たこのサンパチェンスはボリュームがいいしオレンジ色の夏らしさが気に入った。
▲来年の春に第一候補の苗
桐生市の名誉市民、元W杯日本代表選手 松田直樹さんが亡くなった。私はスポーツ音痴でサッカーの事も分らないが数年前に松田選手の実姉の紹介でご夫婦でオーラ素肌美サロンへお出でになった。お姉さんは長くオーラ素肌美サロンのお客様で松田選手の奥様にサロンを紹介したもの、初めて見るサッカー選手の大きさに反して静かで謙虚な態度が好感的だった。そういえば奥様がサロンでお手入れをしている間「俺もしてもらおうかな」と言い出し、私が彼のフェイスマッサージをした事を思い出した。ご冥福をお祈りする。合掌
▲今でもサロンに松ちゃんと松田選手のツーショットが飾ってある
あの雛鳥はどうしたろう。
先週、ヘアーズ店舗の周りを掃除していたスタッフはアメリカ花水木の枯れてしまった部分の枯葉を落としていた。その時小鳥の雛が二羽落ちたそうだ。巣らしいものが見当たらず何度か枝に戻したが、そのうちの一羽が近くに来ていた親鳥の方へ飛んでいった。この雛もあと1日ほどで飛び立てる力があったのかも知れない。数時間後に見に行ったら姿はなかったから飛びたてたのかも ▲後で分ったが葉が重なるところに小さな巣があった
先週、ヘアーズ店舗の周りを掃除していたスタッフはアメリカ花水木の枯れてしまった部分の枯葉を落としていた。その時小鳥の雛が二羽落ちたそうだ。巣らしいものが見当たらず何度か枝に戻したが、そのうちの一羽が近くに来ていた親鳥の方へ飛んでいった。この雛もあと1日ほどで飛び立てる力があったのかも知れない。数時間後に見に行ったら姿はなかったから飛びたてたのかも ▲後で分ったが葉が重なるところに小さな巣があった
燕岳の山頂は昨日踏んだので今日は展望だけを楽しんで下山するが、あいにく雲が多くて表銀座方面は見ることが出来なかった。昨夜は燕山荘のオーナー赤沼氏が食堂でホルンの演奏とお話をしたが楽しかった。その中で筋肉疲労による痙攣は梅干を食べる事と言った。家に帰ってきて夕食後、畳にゴロリしたら大腿部の筋肉が疲労による痙攣を起こした。やっとの思いで立ち上がりキッチンへ行き梅干をひとつ口に入れたら、2~3分であの激痛がす~っと消えた
▲徹底的に掃除などのサービスが行き届いている国内屈指の★★★★★山小屋
宇都宮の平野さんご夫妻とGC1の4人で昨夜出発し、信越道東部湯の丸高原SAで仮眠し7時前に燕岳登山口の中房温泉に到着。快晴ではないがまずまずの天気、気になるのは4月に半月板の手術をしたGC1の膝が絶えられるかだ。登りリードを忠子婦人が執ってくれたのが良かったのかも知れない、遅くも無く地図ペースで登頂できた。
▲ほぼ中間地点の合戦小屋(標高2300m)のスカイは夏の燕岳登山の名物、うまい!
