yamagishi: 2012年2月アーカイブ
仕事の為の資金を少し動かした。いつでもそうだが融資を受けるときなど額が少し大きいとたいていの金融機関は別の“ソファ”に案内する。それが特別待遇なのだろうが私は苦手である。そこには支店長などが必ず顔を出すからだ。日常顔を合わせている担当者ではないから話は弾まないのが常である。今日は差し出された支店長の名刺をみて「同じ行に以前私の知っている人と同じ性ですね」と言うと「それは私の父です」ときた、私が結婚する以前のことだから古い話しだがグーゼンだね
▲脳の隅にあった古い情報がいきいきと蘇った時だった(画像はイメージ)
Sの老後フィールドが今週はいよいよ本決まりになる。先ずは自生している大量の篠を刈り払い、処分しなければならない。1週間から2週間掛かるだろう。その前に陽山舎へ通じる林道をSに手伝ってもらって整備した。山小屋に通じるダートだから良いのだが、今度私が乗る車の最低地上高がこれまでの車より低いのでギャップアウトの場所が数ヶ所ある。明日の天候崩れの前に半日汗を流した
▲20年以上前に整備のために撒いた砕石は程よい石畳になっている。砕石の足らないところがギャップになる
まだ寒いからスギ花粉は飛散してないようだが、3月の声を聞くと花粉症キャリアはしばらくの期間を不快な思いをしなくてはならないようで気の毒だ。幸い私は花粉症ではないが松ちゃんは軽度のキャリアで薬に頼らず彼女独自の対処法を実践している。母親から「ウルシにかせたら、そのかせた皮膚の膿を油揚げでふき取り食べれば治る」という乱暴とも思える方法を聞いている。松ちゃんはそこからヒントを得たのか数年前からスギ花粉の元、杉の実を天ぷらにして食べている
▲陽山舎の近くの道で“収穫しやすい”杉の実を採った
午後になって雨が止んだので富澤氏と今年の「集い」コースの策定した。先ず富弘美術館へ行ってサポーターさんチームが行っている「鈴の鳴る道」コースを確認した上で目先を変えてみた。それに、先日の会議で聖生館長から話の出た草木地区にあった武尊神社を見てみた。美術館駐車場裏手の山を登りきると、うっそうと枯れ草に囲まれた石の鳥居が現れた。草木ダムが出来て水没した神社を移転したものだが数十年来、手が入ってない様子だった。
▲移転して既に40年以上を経過、当時の世話人などはもういないのだろうか
太田に住む娘のご主人に車のディーラーへ同行してもらう為、下の子供二人を迎えにいった。GC6は保育園、GC4は学童へ迎えに行った。二人の孫がそろうと「浜野屋」に寄ってと言う。お馴染みの駄菓子屋らしい。小2のGC4が「浜野屋のおばちゃん、年寄りだけど良いんだよ、元気で」という。一緒に入ってみるとなるほど色白で小柄なおばちゃんがニコニコしながら迎えてくれた。その後カーディーラーのお店の中でトイレまで案内をしてくれた社員さんを「あの人とても親切で子供の扱いがじょうず」と評価もした
▲子供の目は素直に正しく見てるね~。
「介護保険料通知在中」こんな封書が数日前から我家に届いていたが、誰に来たんだろうと気にもせず放っておいた。松ちゃんが「ほら、こんなんが来てるよ」と俺に差し出す。な、な、なんだよ俺の事か~。そういえば我家で65歳以上の高齢者は見回しても俺以外にいなそうだ。桐生市長寿支援課というところから介護保険者証と納付通知書が来て名実共に高齢者の仲間入が出来たようだ
▲でも次に買う車のドレスアップエアロパーツなんか選ぶ俺ってヘン?
高校を卒業までの家庭学習をGC1はアウトドアとアルバイトに活用しているようだ3月中旬にはアウトドア専門校に行くまで他の世界知るためにもアルバイトは有効だ。ただ、想像以上にハードで長時間のアルバイトに疲れたのか少しの愚痴もでる。でもきっと彼の動きの良さに使用者側が当てにしての事だと私は嬉しく思う。これって爺バカだろうか
▲人手不足もあろうが頼られたならアルバイトでも気張って仕事をしろよ
昨秋打ち切りになったTBS-TVの名物番組「水戸黄門」は人気が落ち、なるべくしてなった。特にこの数年の制作は視聴者をナメていた。いくらお茶の間だって大人の学芸会程度の仕上がりでは当然だ。現在の大河ドラマ「平清盛」の時代背景、時代考証はいいと思っていた。そのドラマの時代考証担当者の講演があったので聞いてきた。平安から鎌倉時代は街中に平然と遺体が転がっていたとも、私は大河ドラマの「平清盛」のリアルさは好きだが黄門的ファンには不評のようだ
▲仕事は東大の准教授本郷知久氏
私の愛車オデッセイは今春から新潟でGC1が使う。しばらくは父の乗っていたジャガーXだが、これとて古い。いよいよ考えなくてはならない時期が来たのでジャガーを買い取り専門店で査定してもらった。2軒の専門店に見てもらったがほぼ同じような査定結果が出た。こんなにキレイに乗っていてもこれほどまでに価値が下がるのか。12月に車検を取ったばかりなので、又しばらくは乗ろう
▲写真はイメージです
南三陸ボランティアセンター、受付8時30分を廻ると各地から来たボランティア団体がセンター前に集まる。昨夏、昨秋にこのセンターへ来た時はボランティアを乗せた観光バスがひしめき合っていたが寒さのせいか、大震災の記憶が薄れてきたのか参加者が少なくて困っていると言う。今日も廃棄物の掘り出しと分別作業だが、日中の最高気温が0度、土は固く固まり津波で流され埋もれた残骸は掘り出すのに大変な作業となった。次回は不足している自分の道具をザックに入れてこよう
▲被災地への作業は膨大にあるのに今日の団体バスは3台だけだった。
明日は東日本大震災、ガレキ撤去ボランティアに参加するため、今夜バスで出発する。10回目だが南三陸町なのか陸前高田市なのかまだ分らない。前回の南三陸町はちょうど2ヶ月前だったがヤワなゴム長靴は足底が冷たくて辛かった。来月も2回の参加予定をしているし、もうしばらくボランティアを続ける覚悟。防寒も含め釘やガラス片などから足を守る「踏み抜き防止機能」のある長靴を新調した。明日の被災地の最低気温マイナス9度、最高0度
▲中敷を入れ、靴用ホッカイロを使用する
昨日、前橋の次男の家で見せてもらったGC3の表彰された2枚の絵は、素晴らしかったが松崎さんが手にしている小学生の感謝のメッセージも温かい心がこもっていた。スーパートイレ掃除の指導を受けた子供からのものだが、凍てつく駅のトイレ掃除の後に披露され、参加した私たちは温かい気持ちになった。それに朝からトイレ中に快活な笑い声が絶えない尾崎教育長は笑顔のモチベーションはスゴイ
▲更に羽鳥さんは沢山のポットにお湯を携え、ガチガチに凍った私たちの手を温める救い主でもある。感謝
午後、前橋に用事があり、その帰りに次男の店に寄った。間もなくGC5幸志郎が帰ってくると言うのでお茶を飲みながら待つ事にした。週に一度、近くの公園を使ってクラブでサッカーをしていると言うので送りながら見に行くことにした。公園の芝にお兄さんがゴールを組み立てていた。GC5を含めて5人の低学年の小学生が集まってきた。まだ、サッカーと言うより玉遊びだが期待しよう
▲お兄さん先生のウォーミングUP号令に子供たちは先生にナゾナソなどを仕掛けて予定通りに進まない
TV放送した影響は凄いもんだ。14日のNHK-TV「あさイチ」で塩こうじの紹介をしたので料理がホビーのひとつとなっている私も興味が沸きメモを取った。早速ではないが今日、スーパーに行くと3軒のスーパーでコウジは売り切れで買えなかった。1、2年前にもTV放送のおかげで納豆が売り場から消えた事があったが、こんな場合こそインサイダービジネスをすればいいと思う。
▲ネットを見たら沢山の麹が売っている。スーパーじゃなくネットで買うことにした
午前に、昨日急逝したYさん宅を見舞った。帰ってくると家の方向に煙が立ち上る。モクモク黒い煙が広がって私の後ろからも消防車がけたたましいサイレンを鳴らして過ぎ去っていった。我家に近くなると煙の元は家から遠い事が分ったので一安心。車を離れた場所へ止め煙の方向へ歩いて行くと10台以上のポンプ車が水を送っていた。
▲留守の美容室の住まいで薪ストーブからの失火だろうか薪が積んであるのが見えた
桐生市堀マラソンの出場2回目、私がエントリーした50歳以上5Kコースは10時スタート。1時間前にGC1の運転で送ってもらった時には前出の3kファミリーコース組が出発準備して出かけた。晴天とはいえ公園広場は寒い、MSの荷物置き場を吉田会長と来られなかった横澤さんのご主人が担当してくれた。私の成績結果は25分21秒、34位で昨年よりかなりいい。
▲この写真のシャッターを切ったYさん、数時間後に奥さんが亡くなり、私もショックをうけた
山荘ポカリを持つTHさん。小屋があるベースの土地以外に広い斜面を持っているが根っこが露出して倒木危険の山桜がある。父親のTさんはキノコ栽培が好きで私も以前、椎茸とナメコを植えてもらった。ナメコ茸には桜の木が必要で春のコマ植にマッチングしたようだ。ただ、斜面の木はチエンソーで切る足場が悪くてやや危険もある。案の定最初はチエンソーを挟んでしまい四苦八苦していた
▲この伐採現場の上は広く平らな面があり夜景が見えた
エンジンエラー表示とリコールでディーラーに入っているJ車の代車にプジョー307という車を渡された。比較的コンパクトな車で我家では軽以外に使った事のないタイプ、小さくもパワフルでレスポンスもよく、珍しさもあってGC1や息子はこぞって乗り回している。私も日常使うのはトヨタビッツや日産マーチ、そしてP307くらいの車が使いやすくていいかも
▲インテリア装備は国産を凌ぐほど気の効く内容におどろいた
Sに手伝ってもらって3ヶ月かけて作った陽山舎床下物置。そこへ通じる“回廊”砂利を敷き、モルタルの粉を撒き素作りの風の舗装にした。セメントやモルタルを水で練るとコンクリートになってしまうので、強度は出ないが粉のまま使った。最近園芸コーナーにある“固まる土”風をねらいました。
▲ただ、陽山舎の気温は桐生市内より5度ほど低いのでしんぱい
もう一回車検を受けて乗る事にしたジャガー、昨年末に車検を受けたときにヘッドランプの光軸が合わないので数ヵ月後にアッセンブリーで交換するようです。と言われた。直後にジャガーリコールの封書を受け、見るとヘッドランプの光軸の事だった。明日は修理に入れてエンジンコンピュータ異常も一緒に点検する予定。エンコンは壊れていると数十万掛かるがヘッドランプはリコールで無料
▲この金のかかる車、今後乗るべきか出すべきか
見てる。ズラッと並んで見てる。月初めの休日に決めてある2寺の墓参で、私の実父母がいる寺へ行く道を市内のコロンバス通りを選んだ。帰りに松ちゃんが気がついた。「みんなでこっちを見てるよ」なるほど、ひとつの交差点の一角の民家の庭に手入れされたヒバの坊や達が様々な表情で交差点を見守っているようにも見える。
▲これなら交通事故も無いだろう
スイスで行われたローザンヌ国際バレエコンクールで日本の高校二年生菅井円加さんが一位となった。日本人として誇りだし嬉しいが17歳で良くぞ国際舞台で力を発揮してくれた。菅井さんだけでなく様々な分野で若者が頂点を目指して頑張っているのはすごい事だ。私が17歳の時はどうだったろう。このように挑戦する対象が見つからなかったし、大それた事を考え付くレベルでもなかった。だから、挑戦する若者はスゴイな~
▲いつでも挑戦できるが良い成果を出せるのは“若さ”だ
昨年は健康サンダルを室内スリッパに使ったために、足裏が炎症を起こした事はこのブログでも書いた。私のスリッパ好みはさっぱり系、出きればネットで出来ているようなものがいい。しかし市販品は暑苦しい作りの物ばかりなので、足の裏に空気が通る健康サンダルを選んだわけ。以前サラン製のスリッパがあってよかったのに今は市販されていない。それに極めて近いものを見つけた。
▲ハニカム状のネットが二重になり足の裏を空気が通る、これは私にとって1級品
善は急げの如く、今回の話はいいのだから早く進めた方がいい。Sの物色していたアウトドアフィールドは陽山舎とは別の区画だが直線で東に100mほどのところだ。前橋の不動産業者と現場で落ち合うと言うので同行させてもらった。感じの良い不動産屋さん、キャパもぴったりS好みだから数日中に彼は契約するだろう。
▲夫婦で楽しむには充分以上の広さ、念願の農作業も可能だ
節分の時期はいつも寒い、父がこの大善寺の総代をしていた時は連日の準備で疲れ、よく風邪をひいていた。その頃は母も一緒に手伝いに出かけていて同じ婦人隊や世話人さんへたい焼きなどの差し入れをしていたようだ。今の役員さんの中ではそのような事をする人は無く、二人を懐かしがってくれる人が多い。両親がきっとこの境内のどこかで見ているようで私も出かけた。
▲午前の豆まき、アトラクションに恒例の中国雑技が見事な演技を
Sが見つけていたアウトドアフィールドがここ。昨年から陽山舎周辺の売り地を物色していたが別荘地、宅地、農地を除いて里山使いできる場所は少ない。昨日、この土地と出会ったらしく今日は同行して見学させてもらった。陽山舎から1キロ以内、取り付け道路よし、周辺環境よし、広さも価格もよし、更に関東平野の夜景も望めそう。
▲シノを刈り払えばきっといい里山風景になる
松ちゃんが二階の衣類収納スペースが足らないというので、私のスペースを見直した。すると何年も空けずの衣装ケースが二つ、一つは空だったが一方には裏地がボアの温かいジャケットが出てきた。ボタンが取れてしまったのでそのままになっていたよう。改めてみればカッコイイし温かそうなので直す事にした。ボタン取り付け位置の修繕とボタン取り付けでよみがえったジャケット、この2月はコレで過そう。
▲不足のボタンはボタン大臣の松ちゃんのボタン入れから見つけた